十九章・知らない人からお誘いです
私が幼少期を過ごしたのは城のような建物でした。それはどこに建っていたのかもよく分からないし、いつから私がいたのかも分かりませんでした。
ただ、私が孤児で、それも厄介な事情のある子供として扱われていることと、歩いて行けないこともないくらいの場所に崖があり、もっと歩けば海があることは知っていました。
赤い屋根の白いお城。それだけなら可愛いですが、訳ありの子供だけを集めた孤児院だったので、中はそんなに可愛らしいこともありませんでした。
孤児院城の城主はアンナ院長、子供達は生まれたてから十五歳まで。十六歳で資金を与えられて独り立ちするまで、里親が見つからなければ城の中で礼儀作法から社会に出るための知識を学びます。
私、シャルロットは物心ついたときにはシャルロットーーシャルーーと呼ばれ、アンナ院長の側で生きていました。周りから漏れ聞こえてくる噂話によると、私は「えこひいき」されているようで、院長の「お気に入り」だそうです。
私を疎ましく想う人間は城にいる教師から子供まで様々。友人など一人もできませんでした。
ですがある日、アンナ院長は私に一人の少年と、一人の少女を紹介してくださいました。彼らも「お気に入り」だそうで、「新入り」のくせにと、よくやっかみの視線を浴びていました。ですが二人は私なんかとは比べ物にもならないくらいに心が強く、どんな風に思われようが、自分の意思を尊重しました。
「彼」曰く、
『相手を尊重して自分を駄目にする必要はない』
で、「彼女」曰く、
『大事なのは私がどうしたいか、よ』。
私は彼らのことが好きでした。周りの視線と言葉に怯え、庇護してくれる人間の下で安穏な日々を送る自分が嫌いだったので、私を引っ張ってくれる彼と彼女が羨ましく、憧れでありました。だから、二人と友人でいたことは私の誇りなのです。
私と彼らは共に歌が歌えませんでした。それを世間では「音痴」と称するらしく、周りの調和を乱しかねないという理由で音楽の授業は三人だけで行いました。三人だけの落ち着ける時間は楽しく、私はたくさん歌を歌いました。
二人は私の歌を好きだと言ってくれましたが、先生は授業以外で歌ってはいけないと何度も何度も釘を刺してくるので、少し悔しく、また、寂しくもありました。だって、大好きな友人が好きだと言ってくれるものを否定されたような気分になるからです。
それでも私は素直に従い、授業以外は歌いませんでしたし、自由時間は三人で絵を描いたり遊んだり、普通の子供らしく過ごしました。
ある日、孤児院の全員で海へ遊びに行ったことがありました。「特別扱い」されていた私達三人は、アンナ院長と共に皆から離れた場所で遊びました。砂でお城を作ったり、貝殻を見つけて集めたり。もちろん、海で泳いだり。
海で泳ぐのは楽しかったのですが、二人は頑なに海に入ることを拒みました。アンナ院長も反対しているようでしたが、あからさまに落ち込む私を見て仕方ない、と海に入ったのです。
海遊びは楽しかったです。けれど、波にのまれて私は溺れてしまいました。そのせいで次の日までずっと寝ていたらしく、目覚めたときには、心配をかけるなと二人に怒られました。
二人の養子入りが決まったのは、それからあまり経たないある日でした。
泣いてすがる私を二人は慰め、困ったような顔でお別れを言いました。その後、三人で歌い、もう一度会おうと約束しました。
それからの私は抜け殻も同然でした。生きる気力を無くし、部屋に籠もり、二人を里親に引き渡した院長を激しく恨みました。今思えば馬鹿らしい子供の癇癪でしたが、あのときの私はとても悲しかったのでしょう。
どこにぶつければ解決するのか分からない苦しい感情を抱えて一年。ついに私は生きる意味さえ分からなくなりました。あんなに大好きだった歌さえ忘れ、食事も取らず、ただただ崖に向かいました。その都度連れ戻されましたが、私は考えていたのです。
死んでしまおう。
と。
死のうと考えるくせに痛いのには恐怖を感じました。だから海に溶けあうように消えたいと思い、海を望む崖から飛び降りようと思っていたのです。
本当は、夜に静かに人生の幕を降ろしたいと思っていましたが、消灯の確認の際に連れ戻されることは実証済みだったので、朝、早起きして崖に向かいました。
まだ少し星が煌めく空の下、私は身を投げようと思いーー
ルドさんに出会いました。
「そんなこともありましたね…」
呟きながら私は買い物籠を持ち直します。今はお昼。昼食の材料を用意していなかったので買い出しに来ているのですが、しんみりと回想してしまいました。
名前すら思い出せない友人のために死のうと考えていた自分に苦笑し、歩き出します。
市場は昼夜問わずに大賑わいです。目当ての店に辿り着き、値切り、欲しい物を確実に入手しなくてはならない、凄まじい戦場なのです。
とは言っても私は様々な店の人と交流があるので、皆さん、常連の私にはおまけもくれるし、よく値切ってくれます。
「すみません。このレタスと…」
お昼の分だけではなく、明日の分も買っておかないといけません。持てるギリギリの数を注文しました。
「シャル、毎度あり」
青果店の若旦那、ルイスくんは人好きのする笑顔で商品を手渡してくれます。
「今日もたくさん買ってくれてありがとう」
「いえいえ。いつもお世話になっていますし」
「お世話になってるのはこっちだよ。オレからのおまけ! はい、林檎とオレンジ!」
お、ここのおまけはいつも良品質ですが、今日のはとくに良いんじゃないですかね。私はありがたく受け取ると、お礼を言って帰りました。
石畳の町を歩き、路地裏にある我が喫茶店へ向かいます。
「っうわ!」
私は石畳にけっつまずき、林檎を落としてしまいます。
「見事にやっちゃいましたね…」
小さく呟き、林檎を拾って、次々と袋の中へ。
「あれ? 一個足りなーー」
「はい」
す、と林檎を差し出す手は真っ白で、私はびっくりしました。屈んだまま顔を上げると、白いワンピースと長い金髪を風にたなびかせた女性が、儚い表情でこちらを見つめていました。
「どうぞ」
淡く微笑む女性から林檎を受取、私は袋に入れました。
「全部、ある?」
その声はしっかりと私の耳に届きました。美しい声でした。するりと染みこむような、不思議な音色でした。
「拾ってくださって、ありがとうございます」
「じゃあ、お礼に私とお茶をしてくれないかしら?」
「え…」
人が行き交う道の真ん中で、私と女性だけが、時間が止まっているかのように立ち尽くしていました。
困惑しきっていましたが、私の目ははっきりと捕らえていました。
首を傾げた彼女の首元で銀色のネックレスが、ちゃらりと動く、その瞬間を。
次話で、動くはず! きっと!
またはその次で!




