十四章・今日の結論もいつもらしいです
物心がついた時には、私は城に住んでいました。
真っ赤な屋根の、白い城。孤児だけが集められたそこにはたくさんの子供達がいて、私もそのうちの一人でした。生まれてすぐに親が私を城の前に置き去りにしたそうです。
私は他の子になじめませんでした。もっとも、相手からしたら私の方が異質な存在であったでしょうし、人見知りの警戒心が近づきがたいオーラになっていたのでしょう。まあ、そんな風に集団に溶け込めなかった私は城で行われる授業も参加しなくなり、部屋に籠もるようになりました。
それから数年。オリヴィエ・ブランジェと名乗る人間が訪れ、私は養子縁組を申し込まれました。
これが、私がブランジェの人間になるまで。
孤児だった頃の記憶はあまりありません。何せ、十年前ですからね。けれど、疑問に感じていることはあります。歌えない理由に関連があると思えることです。
一つは、城の授業に歌がなかったこと。もう一つは、八歳くらいまで、私は歌を歌えていたということです。
「そういうわけで、シャルは歌えないんだ」
初めてルドさんに会ったときにこの話をしていたので、私に変わって説明してくれます。
「シャルがどうして自分から言おうとしないのか、っていうのは知らないけど」
「だ、だって皆さん、私が歌竜だってこと前提で話進めちゃうし、歌は素晴らしいとか言うので期待させちゃって申し訳なくて」
「だと思った」
ルドさんだけが動揺せずにそう言いました。
「シャルの歌、俺は聞いたことないけど綺麗だと思う、いつか聴かせてよ。ヘタでもいいから」
「…ありがとうございます。ルドさんの軽口にはいつもいつもイラッとさせられますが、こういうときは嬉しいです」
私はぎこちなく微笑みました。ルドさんは暑苦しくてうざったくていつも苛々させられてそうなると胃の辺りがぐるぐるしますが、こういうときにいつも助け船を出してくれて優しく笑ってくれるところは素晴らしいと思います。私は彼のように誰かに手をさしのべることができないのですごく羨ましくて…憧れます。
こういうことを素直に思うのは癪です(自分のみじめというか駄目な部分をさらけ出す感じがして…)。けれど、昔お義父さんに言われたんです
『人の憧れるところは一つひとつ心の中で数えて、言葉にしようね。そうすれば、自分がどうなりたいか分かるし、その人のことがきっと好きになれるから』
って。
今は若干サディスティックですけど、お義父さんはいいことを言ってくれます。私もそれに従っているから、ルドさんのことも変な人だけど憧れられます。
「とりあえず」
お義父さんが頭をかきながら言いました。
「歌竜としての成長はこれから見ていこうと僕は思っている。シャルは、それでいいかな?」
「はあ」
「まあ、拒否しても仕方ないんだけどね。どうにもできないし」
「でしょうねぇ」
どうにかできたらこんなふうにはなっていないでしょうね。父親に脅されたりとか。
「じゃあ、そういう方向で行こう」
「あのっ!」
私はちょびっと、というように手を挙げました。
「その衣装…お義父さんのは、なんなんですか?」
すると、お義父さんは瞬きを数回。
「ブレントくんに、あやかって、みたいな?」
…………。
「テキトー、ですね…」
「まあ」
気まずい沈黙。でしたが。
「よく分からないが、私はこれからもここに来ていいということか?」
空気の読めない神、オーディンさんが気まずさをぶち破りました。
「う〜ん駄目、じゃないこともないこともない、かなぁ。友神を連れてこないなら迷惑にならないし…まあ、いっか」
「安心しろ。私に友などいない。戦争と死を司っているのに友ができるはずがないだろう。むしろ疎まれているぞ」
何事も無いように行ってますけど、ほろりときちゃいますよ。同性の友人が本当に少ない私でもくるものがありますよ。
「ルドさん、ブレントさん」
私は、いつの間にか両隣にいた二人に声をかけました。
「何?」
「どうしたの?」
二人の声が重なりました。結構仲が良いですよね。
「私は、一旦普通の生活に戻れる、ってことでいいんですかね…?」
恐る恐る呟きました。だって、恐いんですよ。もとの生活に戻れるかどうか、って心配で仕方がないんです。今にも膝から崩れそうなほど乙女ではないですけど、やっぱり普通の生活が好きですから、現実味のない話でも不安になってしまいます。
「大丈夫だよ」
ルドさんが私の頭を優しい手つきで撫でました。それから、人差し指にからめた髪を少し遊ぶと笑います。
「しばらくは、俺があんたの毎日を護るから」
「へ? 護…る……?」
「シャルの幸せを護るのは当然だ」
さりげなくはぐらかされた気がするんですけど!
「…っ、ブレントさ…」
「ルド、離れろよ?」
ブレントさんがやんわりとルドさんの手を私の髪から抜き取り、私を引き寄せました。私、ルドさんのいいなりっぽく見えてたんでしょうか。女性として男性の近くにいるのははしたないのかもしれないですね。気をつけないと、です。
「シャルは、気にしないでいいよ。僕とルドがなんとかするから」
「…のけ者っぽいです、私」
「そ、そんなことないよ! 僕はシャルのことが好きだし、むしろ好きだから故っていうか…!?」
狼狽えさせてしまったようで申し訳ない。でも、本音はそうです。私のことなのに、自分で何もできないというのは嫌です。
「私も、自分で何かしたいです。できることなら…だから、二人には、手伝ってほしい、です。それじゃあ、駄目ですか? 護ってもらってるだけなんてなんか歯痒くて」
するとルドさんはくすくす笑い出しました。私、我が侭すぎたかも…。
「シャルっぽくていい。そういうところが俺は好きだ」
「そうだね。シャル、僕は手伝うよ」
「? よく分からないがここは流れに乗っておくべきか…うぅむ。では、私も!」
なんか入ってきたオーディンさん。
「ありがとうございます」
私は満面の笑みで返します。優しい心には、笑顔を。これもブランジェ家の教えですよ。
「ではーー」
「「「?」」」
「私の〈平凡な〉毎日のために、手伝ってくださいね?」
「…」
「…」
「…」
沈黙きました。
……。
「「「「できるだけ」」」」
今日の、結論です。




