九章・きっとこれは夢ですよ
昨夜、「自分」について考えていた私は厨房で目を覚ましました。
「はっ! 開店時間!?」
起きて開口一番がこれでした。私ってば、職業病さん。てへっ♪ ……ガラじゃないことはやらない方がいいですね。
「おはよー」
「うん。おはーー」
!? 壁にもたれかかった状態の私の正面には、しゃがんでこちらを見ているルドさんがいました。
「お義父さんじゃ…ない?」
「そこか〜」
ルドさんはけらけら笑うと私に紅茶を差し出しました。
「これは?」
「俺が金出すから、奢り」
まさか、ルドさんに奢られる日が来るとは。
「いただきます」
マッチャじゃない分いいですかね。甘い物と一緒だとあれも好きですが、単体は欧州舌の私には合わないんです。
口に含んだ紅茶の香りがすぅ、と身体に染みこみ、眠気が薄れていきます。
「流石、金魚草の茶葉」
「自画自賛?」
「いいえ。お義父さんを褒めているんです」
「ファザコン…」
違いますよ。私は呆れ顔になります。
お義父さんはたった一人の家族だから、大切なんです。儲かってもいないバーをどうやって長年経営しているのか、とか、客がそんなにいないのに海外旅行に行く資金を貯められるのか、とか、そういう話は深くまで問い詰めません。相手も話しませんし。だから、溝を感じてしまうんですけど。
「それより、どうやって入ってきたんですか?」
「オリヴィエに頼んだ。さっき家に戻ってったよ」
お義父さんか…。そう感じたとき、昨日の会話(盗み聞き)がよみがえりました。
『あの子は、とても大切な存在だ。丁重に扱わないと』
丁重に扱わないと、って家族に対する言葉じゃないですよね? こういうとき、相談相手がいないと少し困ります。
「シャルは、どうしてここで寝てたの?」
ルドさんが唐突に呟きました。
「まあ、諸事情の末……」
「悩み事? 俺でよければ相談のるよ」
「……」
私はルドさんをじっと見つめます。
「あ、いや。冗談だからさ」
私の沈黙をどう感じ取ったのか知りませんが、ルドさんは慌てたように踵を返します。お義父さんといいルドさんといい、人を何だと思っているのでしょう。
「ん?」
ルドさんがゆっくり振り返り、自分の上着の裾を見ます。重みを感じたのでしょう。当たり前です、私が掴んでいるのですから。
「ルドさん、口は硬い方ですか?」
「え…まぁ…職業柄…」
騎士(自称だけど)も口が硬くないとできないご時世なんですか。難儀ですね。
「じゃあ、相談します」
「え? 俺でいいの?」
自分で言っておいて何、動揺しているんですか。
「ルドさんくらいどうでもいい相手なら、遠慮無く話せる気がするんです」
私は苦笑しました。人に頼るのは苦手です。自覚しているくせにこんな口調になってしまう自分が、とてもおかしく感じられました。
「昨日の夜のことですよ」
私が話し終わると、ルドさんは腕組みをしました。
「確かに、それを聞いたわけ?」
「はい」
「ふぅん」
それから訪れる、息苦しい沈黙。
「私、お義父さんとちゃんと会話できるか分かりません。っていうか、あの話は私が聞いても良いものだったのでしょうか」
「断言はできないけど…オリヴィエは置いといて、デビットはあんたが聞いていることにも気づいていないだろうし、聞かれて良いと思っていないはずだ」
「何故」
「だって、デビットはあんたの前で怒らないから」
確かに、デビットさんは私が小さい頃から可愛がってくれました。どんなに期限が悪そうなときでも、私の顔を見ると笑顔で対応してくれます。素じゃないのは少し悲しいですが、優しさが感じられて、嬉しいです。
「とりあえず…」
ルドさんは立ち上がりました。
「店、開けたら?」
あ。
店を開いた後、誰も来なくてヒマなので朝食を摂りました。皿洗いをしているときにオーディンさんがやって来て、カウンターに座りました。
「ご注文は?」
ルドさんと一緒にしなければ、この人も善人のはず。そう信じて、私はにっこり接客。
「ブレンドティーを」
オーディンさんはフードを脱ぎ、ついでだし、とでもいうようにローブごと脱ぎました。
「…」
中も黒ずくめでした。どんだけ黒好きなんですか…。
私は厨房に入り、ブレンドティーを用意しました。オーディンさんはこれを気に入っているようなので、嬉しいです。
「お待たせしまーー」
お店には、お義父さんとブレントさんがいました。ですが、裏口も、入口のドアも、空いていません。入口は厨房からだと見えませんが、音で分かるはずなのに。
いや。そうじゃなくて。もっと、変なことがあるんですよ。
「なんで、扮装してるんですか?」
ルドさんは先程まで着崩していた騎士の服をきちんと直し、オーディンさんはローブを身につけ直していました。ブレントさんは、神官の服を身に纏っていました。ローブの上に、同じ生地のケープ。そして両肩にはパリウム。お義父さんは、真っ白な生地に恐ろしく凝った金と銀の刺繍が施されており、雰囲気はブレントさんの物に似ていました。
「これが、僕らの本当の姿だよ」
お義父さんが、いつもと変わらない微笑みで、そういいました。
…………。
「んなっ!」
私のリアクション、これです。
私、夢を見ているのかもしれません。




