八章・急展開ですが、盗み聞きです
お義父さん(とブレント)の出番が増え、出ずっぱりのルドが消えました。
オリヴィエが好きな方は、どうぞ。
どうも、こんにちは。シャルロット・ブランジェです。
つい先日店内乱闘を目撃した直後にばったりと倒れた私は、風を引いていたようで、目覚めるまで二日。流行の風邪らしく喉をやられてすごく困りました。すぐ仕事を使用としたのですが咳をしながら接客をするわけにもいかずに止められ、私は二日休んでいました。これで四日のサボり。休みたくて休んだわけではないですけど、なんか仕事をしてない感が半端じゃない!
こうしてわかりますけど、私、仕事が好きなんですね。
やっと復帰した私は軽やかな足取りで喫茶店へ。ちなみに私のような従業員は厨房へ繫がる裏口から出入りをしています。ああ、足取りが軽いっ! ビバ、健康!
厨房から店内へーー。
「体調は良くなったのか?」
わーお。私は現実から目を背けるべく、リターン。厨房に入って一度深呼吸。さあ、もう一度。
「挙動不審だな。頭でも怪我をしたのか?」
うっわ、やっぱりいるよ! 黒ずくめさん!
「こんにちはぁ、はい…」
うつろな瞳でぎこちなく営業スマイルを浮かべ、おざなりな挨拶をします。
正直、来てほしくなかったです。
「お義父さん…」
「なぁに?」
ブレントさんと談笑していたお義父さんが、優しい笑顔で振り返ってくれます。そう。今日は私の心配をして早起きしてくれたんです。
「あのお客様…」
「ああ、オーディンさんだよ」
いや、そうじゃなくてですね? なんで喫茶店崩壊させた人を受け入れちゃってるんですか…。
「いや、喫茶店、ガラス、割れた、こととか」
色々しどろもどろすぎるぜ、私! 上手くしゃべれない。
「オーディンさんが全部修復してくれたんだよ。いやぁ、本当に助かっちゃった」
お義父さんはにっこりすると、オーダーが入ったとかで厨房に入っていきました。お義父さん、怠け者でものぐさで変人ですけど、とっても料理が上手なんです。甘い物なんて特に凄くて、ケーキはもう、絶品。
「シャル」
ブレントさんに呼ばれました。
「なんでしょうか?」
私は首を傾げます。追加オーダー?
「よかった」
あっという間に手を握られ、私はブレントさんの正面に来ていました。う、うおぅ。ルドさんもですが、無駄にイケメンなので正面にいるとへっぴり腰になってしまいます。おおぅ、見ないで! 眩しい!
「心配してたから」
は、恥ずかしい。ドキドキする。
「お前にも、羞恥心があったんだね…」
ブレントさんがオーダーしたであろう「リョクチャ」を、「オボン」に乗せて持ってきたお義父さんが、傷ついたような表情でそう呟きました。あんた、人を何だと思ってるんですか。
「まあ、ブレントくんは良い奴だし? 婿にするのもいいけどさ」
手をつないだだけで結婚に話がぶっ飛ぶ過保護な父親。社交界デビューしているお嬢様達も親族に結婚をせっつかれているようですが(ブレントさん情報です)、それは庶民も変わらないんですね。本当に、親って過保護ですよね〜。
そういえば、お義父さんにブレントさんの求婚騒動(ルドさんと黒ずくめさんの起こしたことに比べれば些事ですけど)を話していないんですよね。切り出せないし、気まずくなりたくないし。というか、いきなり結婚云々に話が飛ぶのだから、見ていた、とか…?
私が悶々としているうちにお義父さんはリョクチャの入ったカップをテーブルにおいてにっこり。
「僕の前で手をだすなよぉ〜?」二コッ☆
「あ、はい、すみません。本当に、ごめんなさい、はい」
まるで、お義父さんのキラキラ笑顔の裏になにかおぞましい物が隠れているみたいにブレントさんは謝罪します。
? お義父さん、何か変なことしましたかね?
「それより、ルドさんは?」
先程指定席を見たとき、ルドさんはいなかったのです。…なんか、静かで優雅な空間を売りにしているのに騒がしいルドさんがいないと寂しいって、変ですね。
「ルドくんはあっち」
お義父さんが指し示したのは仕切り席の列の一番奥でした。私は恐る恐るその席を覗き込むとーー。
「…!」
ルドさんが、寝ていました。机に突っ伏すかんじで、だらんと寝ています。すやすやという言葉が似合う、穏やかであどけない寝顔ですよ。
こんな隙だらけのルドさん、初めて見ました。いつもはじけてチャラい人です、けれど、所作の一つ一つがおかしいくらい洗練されていて、他者と比べものにならないほど引き締まった緊張感を隠しています。それなのに今日は、隙だらけです。
「お、おと、おとと、おととと!」
お義父さん、と言いたいのですが。
「今日はよく動揺するね、シャルロット」
お義父さんは苦笑しました。
「ずっと通ってくれてたんだ。僕一人じゃ怠ける可能性もあったし給仕とかもやってくれて。しかもお前の看病も手伝ってくれてさ。あ、流石に着替えとか触る系のは丁重にお断りしたよ? ニーナちゃんに頼んだんだ」
ニーナ・アミュアさんは二十半ばの女性です。中流階級の出身で、現在は副業の家庭教師をやりながら本業の小説家業にいそしんでいます。忙しいようで最近は来店の数が少ないですが、私に無料で勉強を教えてくれる良い人です。
「ニーナさん…!」
「え、この流れでルドくんに感謝しないの?」
お義父さんの声が耳に届かないほど、私は感動しました。なんつって。
ルドさんにも、感謝してますよ。
私はルドさんを見下ろしました。……つむじが見えるって、優越感すごいですね。
「ありがとう、ございます」
我ながら素直じゃないな、と思える声でそう礼を言うと、私は寝ているルドさんの髪に手を伸ばしました。
「どうして女子より髪がつやつやなんでしょう。憎いですね」
一本くらい抜いたところで怒られまい。そう思いましたがやめておきました。私だったら寝ている間に髪をむしられるのは、悪夢を見そうで嫌ですもん。
行き場をなくした手は一瞬空中で止まりましたが、やっぱりルドさんの髪に触れていました。そ、っと触れてから、私は手を離しました。普段だったらこいつには絶対触んねぇ、くらいの気持ちなんですが今日は夢の中にいるような心地だったのでついやってしまいました。
「どうしたの、シャルロット? ルドくんいない?」
お義父さんに名前を呼ばれてはっとします。我に帰ると、今更ながらに恥ずかしさがこみ上げてくる…!
「ううん。寝てたよ。えっと…びっくりするくらいーー」
今のことを言う気になれず、誤魔化そうとしたのですが言葉に詰まりました。言い訳の言葉が浮かばないからではありません。すらすら浮かびすぎて、驚いたのです。まるで、前から用意していたみたいに、頭の中にその言葉が浮かんだんです。
「子供っぽかった」
「そんなこと言うなんて。獣は獣のまま、って言うと思ったのに」
お義父さんがくすくす笑ってからかうので、私はぎこちなく笑い返しました。この反応が予測できたから、というのも黙った理由の一つでした。
夕方になるとルドさんはニホンの苦いお茶、「マッチャ」を飲んでから帰って行きました。眠気覚ましには苦い物がいい、だそうです。
それから数時間過ぎて一旦は店じまい。夜更けになればバーが開店します。
「じゃあ、シャルロット。くれぐれも、戸締まりには気をつけるんだよ? このご時世、どこに野獣が潜んでいるか分からないんだから!」
「さすがに町中に野良の動物はいないでしょう?」
なんていう会話をした後に、お義父さんは家を出てしたの金魚草に行きました。
「ふーむ」
私は腕を組み、唸りました。
「これからどうしましょう」
お義父さんは当たり前のように店に向かったのですが、部屋の中が汚すぎて歩けない状況なのです。私が風邪をひいているうちにお義父さんはずぼらな生活を送っていたらしく、部屋は荒れていました。
これ、全部私が片付けるんですか? はは。愚問ですね。
「よしっ」
気合いがあれば、何でもできる!
十五分後。
「全部、レシピ…!」
散らかっていたのはレシピばかりです。日付から察するに、私が休んでいた期間に書き上げた物でしょう。でも、全部似たような感じで、スパイスが雑多に入った物とか辛さを究極まで探究したゲテモノ。喫茶店のメニューにこれを出すのはどうかと思うものだけ。
お義父さんに処分していいか聞かないと駄目ですね。どうせバーも常連さんしかいないんだから、「ちょっと」お義父さんと話すくらいは迷惑にならないでしょう。
階段を駆け下りて、裏口から厨房へ。
「ああ、そうだね、うん」
「だろう? 言ったとおりだ」
お義父さんはデビットさんと話をしているみたいですね。
「おとーー」
私が声を出しかけた、そのときでした。
「シャルロットには、話そうと思うんだ。もう、隠し通せないところまで来ていると思う」
!?
「そんなっ! あの子には普通の生活の方がふさわしい!」
お義父さんの提案を大声で否定するデビットさん。酒の勢いもあるのでしょうけど、激しい感情が垣間見えました。
「いや、でも、ずっと黙っているわけにもいかないし。それに、お上が最近うるさいから」
「くっ。圧力もあるのか…」
「ま、僕は自分が言わないと、って思ったから言うだけなんだけどね。拒否権くらいこっちも持ってるさ」
私は、今、全く違う世界に迷い込んでしまったような錯覚に陥りました。意味が分からなすぎて、理解できません。もしかしたら、理解するのことを本能が拒んでいるのかもしれません。
とにかく動悸が激しくなり、瞬きをすることすら忘れ、耳は二人の会話以外の音を全て遮っていました。
「あの子は、とても大事な存在だ。丁重に扱わないと」
私は、一体なんなのでしょう?
ルド…。
次回から、やっと物語が動く。といいな、と思っています。ルドの影が薄くならないようにしながらブレントとオーディンをガンガン出したいです。オリヴィエもね! です。




