六章・お客様でも迷惑です
ギィンッ!
剣と剣がこすれ合う、不快な音が響きました。
私ことシャルロット・ブランジェが今いるのは実家である喫茶店、「金魚草」。はやりの言い方をすると、金魚草なう? あっていない期がしますが、置いておきましょう。
ルドさんと黒ずくめさんは先程から人様の喫茶店で乱闘しています。戦闘なう。私はと言いますと、完っ全に傍観者です。この立場に文句はありません。ヘタに関わると私がどうなるのかわからないほど高度な戦いが目の前で繰り広げられているのは理解できます。恐ろしいのは、そんなことが隠れ家喫茶店で行われているということですよ。
「お義父さん…」
惰眠を貪っていやがる父親が恋しい。でも、二階に行くには外に出なければならない。出入り口は戦闘中によりふさがれている。なんてことでしょう。私はこの場にいないといけないのですね…。
「デビットさん…!」
今頼りにできるのは、デビットさんだけです。熊のような大柄でどっしりした常連さんの顔を見上げると、ノリの良い笑みでにっこりされます。
「なんとかなるさ!」
速くなんとかしてぇぇぇぇ!! ですよ。なんとかなるじゃなくて、してください! いつやるの? 今でしょ!
神様みたいなお客様にすがるのはどうかと思いますが、変人の巣窟と言っても胸を張れるような喫茶店の秩序を護る術を、生憎私は持ち合わせていません。結局は我が身が可愛いので剣に巻き込まれて無残な姿になった小物の残骸を避けるので制一日です。ひゃっ! ガラスの破片キター。
「っ!」
「…」
飛び退り、一度距離を置く二人。一人は余裕の笑み、一人は無表情。美形で良かったですね、二人とも。何のためにこんなことしてるのかさっぱりですけど、非常識なことを不細工な人がやっていたら非常識感際立ちますから。
「……」
黒ずくめさんはちらりと目を左右に動かし、店内を見ます。
「……ここだと、やりにくい」
戦闘のしやすさを重視してつくられた喫茶店なんてありませんけど? 私が店内をめちゃめちゃにされた恨みで刺々しくコメント(心の中で)したそのときでした。
鋭くて小さい、キィンという音が耳に届きます。
ああ。
私は心の中で呟きます。
私は、この音をどこかで聞いたことがありました。
いつのことかは、覚えていません。けれど、確実に、聞いたことがありました。
黒い記憶の波に飲み込まれそうになったとき、四方八方ーー主にガラスの近くーーですさまじい音がしました。次いで、目に入ったのは、光を受けてキラキラと輝くガラスの欠片でした。
「シャルっ」
プリーズヘルプミー。私がいるの、窓際なんですけど…。
ああ、終わった。私の人生、終わった…いまわの際は…「犯人はルドさん」でいいや、うん。結構迷惑かけられたし。あ、そうだ…誕生日ケーキのオーダー入ってたんですよね。ホールで買ってくれる人が少ないから張り切ってたんですけど。お義父さんなら、上手に作ってくれるはず。
走馬燈が見えた一瞬の後、私は抱きしめられました。いえ、語弊がありますね。庇われました。
「ルド、さん?」
私をガラスから庇ったのは、ルドさんでした。来るの速いですね。
「セーフ?」
にっこりと笑ってルドさんは安否を問います。私、初めてルドさんが騎士に思えました。
「ルドさん、今、お店ってどうなってます?」
私の問いに、ルドさんは少し頬を引きつらせます。けれど、自らの余裕を取り戻すように微笑みました。
「見ない方が良いよ」
…………。
私は、小刻みに震えると、ルドさんの服の袖を少し掴みました。
「い゛っ」
あ、皮も一緒に掴んでしまったみたいです。まあ、些事ですよ。悪気はありませんし。
痛がっているルドさんの腕から私は抜けだし、ゆらり、と立ち上がります。
黒いワンピースと白いエプロンに、青くて綺麗なガラスの破片が付いていました。一歩踏み出すと、じゃり、という音がしました。壊れた物の欠片でしょう。
はは。おかしいですね。すごく怒っているのに、可笑しくてたまらないみたいに笑みがこぼれてきます。それも、満面の笑みが。
「ただじゃすみませんよ?」
お客様は神様ですが、弁償はきっちりしてもらおうと誓った瞬間でした。
音ともに割れるガラス。
ザ・リーウィ○トとは違う原理です。カレス、好きです。




