幕間1・金魚草の夜更け
三人称です。
そして、番外編ではなく、四章の続きです。
喫茶「金魚草」の夜は長い。昼間は人気のない喫茶店だが、夜はバーになり、それぞれの事情を抱えた大人達がちらほら。少なくとも喫茶の営業時間よりは数人多い。
シャルロット・ブランジェは父親がバーをやっていることは承知しているが、遅い時間帯なので夜は仕事をしないで自宅にいる。
「いやぁ、本当に困っちゃったよ」
ふぅ、と憂いのため息をつくマスターはオリヴィエ・ブランジェ。三十路とは思えないほどの若々しさで、いるだけで場の平均年齢が少し若くなるとかならないとか(酔っぱらい談)。
前を開いたシャツとズボンという昼のだらしない格好とは違い、ピシリ、とのりのきいた白いシャツの上に黒いベスト。黒蝶ネクタイと同色のエプロン。バーにいるときの彼は、貴族が舞踏会で清掃に身を包み、優雅に踊っているようにも見える。
「どうしたぁ〜オリヴィエ?」
常連客のデビットが、大きな身体をカウンター席に預けるようにしながら尋ねてくる。
「女か?」
「まさか」
オリヴィエは即答する。するとデビットは「だよな」と一人で笑う。オリヴィエが血の繫がっていない娘のことを大切にしているのは、バーの客なら暗黙の事実であったし、結婚する気がないことも、皆が知ること。
「何があったんだ?」
デビットは、笑うのを止めると真面目な声と顔つきで言う。端から見たら熊に見えないこともない彼だが、情に厚く、親切な人間だ。…大きなお世話だったりもするが。
オリヴィエは磨いていたグラスをことり、と置いて苦笑する。
「今日やってきた黒ずくめの客に暖簾を破壊されたよ」
「何だって!?」
友人の反応を見ながらオリヴィエは大げさだな、と肩をすくめた。
「形ある物いつか壊れる、って言うだろう。でもまあ、僕にとって予想外だったことは確かだ」
オリヴィエは再度ため息をついてから先程とは別のグラスを取り、磨き始める。
「あれがなくなっちゃうと、僕が必死で護ってきたものが崩れちゃうんだよね〜」
カランコロン。
「あぁ、いらっしゃい」
夜の金魚草に、新たな客が、やってきた。




