ー 006 いつものワガママをきいただけ
アヌエヌエのワガママに付き合った俺の財布は何とか無事だった。
しかし俺は無事ではないだろう。
もう、一時間ぐらいか?
門限はとうの昔に過ぎている。
俺の人生、今日で終わった。
お先真っ暗。
この満天の星空なんか全て飲み込んでしまう暗闇しか見えねえ。
そう、アヌエヌエが指輪をえらんだまではよかったんだ。
そこから会計もすんなり済んだ。
それなのにあの白髪眉毛が……店員がもたもた何かをしてやがったんだ!
別にラッピングもねえのに何してたんだよ?
見て見ろ。
アヌエヌエの左手の人差し指にはちゃーんと指輪がある。
ゆるゆるだがオレンジ色の指輪がな!
一番小さいのでもあんなゆるゆるだ。
俺の小指の先にすら入らない大きさ。
どことなく店にあった時より輝いていないがちゃんとある。
ああやってそのままはめて帰るからラッピングは一切いらねえと言ったんだ!
なのにあの眉毛、もたもたしやがって!!
あれがなければ余裕で間に合っていたのに……。
もう溜息しか出ねえよ。
「……カイ」
そんな俺の左手側からアヌエヌエが、ぽつりと呟いた。
今は辺りはすっかり暗くなっている。
しかしマカヒキで興奮している輩が、うじゃうじゃいる所まで来ていた。
だからアヌエヌエとはぐれないように俺はしっかりとアヌエヌエの右手を握って歩いている。
しかもアヌエヌエの歩調に合わせゆっくりと歩いている。
するとまた色んな灯りがある所迄来た。
星空は見えにくい。
俺達をどんどん人が追い抜いていく。
みんな楽しそうに追い抜いて行く。
酒も入っているのか?
時々流れて来る風に汗以外にそのにおいも混じっている。
「何だ?」
そこに俺の声も混じった。
「……」
アヌエヌエの声は混ざらない。
ザッざっと二人の足音は混じる。
「……」
「……」
待ってもアヌエヌエの声は混ざらない。
風も吹かない。
二人の足音だけは聞こえる。
全く、アヌエヌエは何が言いたいんだか……。
「……!?」
「あー……しっかり指輪、握っとけよ」
足音は俺のものだけとなった。
それでも俺の歩調は変わらない。
「指輪、落とすなよ。もう買ってやれねえからな」
「……うん」
俺の背に柔らかく吹き付ける風にようやくアヌエヌエの声が混じった。
しかし軽すぎだろ?
背負っているアヌエヌエの重さをほとんど感じねえ。
「……カイ」
「何だ?」
「おこってる?」
「別に」
「……ごめん」
「何で謝るんだよ?」
「……」
今日のアヌエヌエはずっと変だ。
こんなこと今までなかったからどうしたらいいのかわからんがとりあえず普通に話すしかねえ。
もうすぐマカヒキもフィナーレだ。
あちらこちらがさわがしい。
それにあの山車が全部メインステージの方に集まるからそれを見に行く輩が、うじゃうじゃいる。
今更だがアヌエヌエを背負っておいてよかった。
でなきゃこいつらにぶつかられていただろう。
ほっとした俺は一つ息を吐いた。
「カイ、ありがとう」
そこでいきなりアヌエヌエが変なことを言うものだから、ドキッとした俺の足は止まった。
「何でそんなこと言うんだよ?」
「だって……」
また黙るアヌエヌエ。
本当に今日のアヌエヌエは変だ。
そう思ったが俺はまた歩き出した。
ゆっくりアヌエヌエと歩いていた時と同じ速さで歩く。
すると俺の首にまわしているアヌエヌエの手に、きゅっと力が入った。
「……カイ」
俺の後ろ頭に額を押し付けながらアヌエヌエは口を開いた。
そのせいか声がこもっている。
「何だ」
「きいてほしいことがある」
やっぱり今日のアヌエヌエは変だ。
いつもならこんなことは言わねえ。
いつもと違う風が木々をざわめかせた。
俺の胸もざわめく。
嫌な感じだ。
何もかも変だ。
「……ああ」
それでも俺は返事をした。
そう、いつものアヌエヌエのワガママをきいただけさ。
次回 ー 007 来年のマカヒキでな




