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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第甦話
67/70

067

 当たった瞬間弾ける雷撃──これも自作の魔法としては成功の部類としていいだろう。


 自分はその光景を前に、そんな評価を下した。


 貫通力を高めた雷の矢に、爆発力に長けた雷の爆弾を仕込んだこの魔法──弾ける瞬間に爆音が鳴り響くのはどうにかしたいところだが、それはまぁ仕組み上仕方がないと割り切るしかない。密室や狭い空間で使うような真似さえしなければ、そこまでの被害にはならないだろう。


 そうだ。自分は反省したのだ。あの太陽擬きはそうポンポン使うような魔法ではない。封印するとまでは言わないが、必要に駆られれば躊躇すべきでもないのだろうが、しかしそうでもなければ控えるべきではある。


 教頭を爆殺し、自分はそれを学んだ──人を一人爆殺しなければそんなことも学べないのかと、思わなくもないのだが。


 太陽から伸ばした紅炎に関しては、あの殺戮人形──今はアイリスだが──の様な再生力の高い相手には有用だったので使わざるを得なかったのだが……あれがギリギリ運用出来る最低ラインだ。


 アレもアレでややアレだが、しかし破壊力は抑える事も可能なのだし。


 そんなわけで、コムファーニャは見事、木っ端微塵に弾け飛んだ。折角なら毛皮を回収してもいいかなと思ったのだが、人が追われている状況だし、クロユリの口ぶりからして、別段貴重な素材というわけではないのだろうと判断したので、今回は魔法の試し撃ちがてら、盛大に吹き飛んでもらった。割と言及を憚られるような惨い最期だったが、凶暴な顔をしていたので、あまり可哀想という感じはしない。


 やはり見た目というのは大事だな。可愛らしさなんかが無いと同情も出来ないのだから。


「お見事です」クロユリはパチパチと拍手をしながら言った。「私達の憩いの時間を邪魔した者には相応しい末路だったかと」


「あんまり邪魔されたって感じでもないけど……」


 こっちに近づいて来る気配もなかったわけだから、介入しようと思わなければそうすることも出来たのだが。


 さて、ここからどうしたものか。思えば、あの魔物を何の確認も無しに爆散させたのは少しやり過ぎだったかもしれないなどと、今更ながらにそんな考えが脳裏を過った──あの魔物は野生の魔物というわけではなく、あの人が森かどこかに隠れて飼っているペットのような魔物で、あれも追われていたのではなく追いかけっこをして遊んでいただけの可能性だってあるではないか、というような考えが。


 流石にそんなこともないとは思いたいが、しかしもし万が一そうだったとしたならば、そんな相手が突然爆死させられる光景というのは、なかなかに惨いものがある。


 そうでなければいいが──と、そんな風に丘の下を眺め、その人影が動くのを見ていたのだが、その人はこちらに気が付くと、全速力で丘を駆け上がってきた。


「馬鹿! あんなデカい音立てたら大変なことになるじゃないか!」


 その人は叫びつつ、接近してくる。後ろで物音がして、クロユリが横に来た。


「あの人間、今主様に向かって馬鹿って言いました?」


「そういう意味の馬鹿じゃないと思うよ」


「……それにしても、アレは……? 遠くからではよく見えませんでしたが……痴女ですか?」


 クロユリは顔を顰めると、どこからか槍を取り出した。どうやっているのかと思ったが、なるほど、ゲートの先に武器を置いておくことで、いつでもそこから取り出せるようにしているということか。


「どうだろう……」


 駆け上がってくるその女性は、ローブこそ羽織っていたものの、前の開いたその下は、ほとんど下着しか着ていないような状態だった。こんな場所なので、まさか誰かに見せるためのその格好ではないと思うのだが、どういうセンスなのだろう。


 リオのカーニバルの様な催し物に参加した帰りだったりするのか。それにしては地味なような気もするが。


「はぁ……はぁ……」


 丘を全速力で駆け上がってきたその人は、息を切らし、呼吸を整える──格好も相まって、傍から見ると完全に変質者のそれであった。そんな彼女に、クロユリは槍の穂先を突き付けている。少しでも妙な動きをしたら刺す、とでも言わんばかりの形相である。


「大丈夫ですか? 色々と」


「へ……? ……あぁ、まぁ、うん、大丈夫だ。大丈夫なんだけど、大丈夫じゃないと……言うか……ふぅ。助けてくれたことには勿論全身全霊で感謝したいのだが、しかし助け方に問題があったために次なる問題が発生しそうだから、その旨を伝えに来たんだよ、私は」


 その人は少しばかり距離を置いて、そこからやや大きめの声でそう言った。


「助け方に問題……? あなた、主様が助けてくださったことに碌に感謝もせず、あろうことか文句を付けるんですか? 主様、この変態は私が始末を付けますのでお任せください」


「付けなくていい付けなくていい」前に出ようとしたクロユリを手で制する。「……それより、次なる問題……というのは?」


「……あぁ」そこでようやく呼吸を整えられたのか、一度生唾を飲み込むようにしてから続けた。「さっきとんでもなく大きな音を鳴り響かせただろう? あの魔法自体はまっこと見事なものだったが、あれで地中深くに潜っている魔物が動き出す可能性がある。こんな場所で何をしていたのかは……食事をしていたのかい? 随分と肝の据わった子供だな……。まぁ、何にせよ、早くここから離れたほうがいい」


「だとすれば、忠告としては零点ね。もう遅いもの」


 と、クロユリ。その視線の先には、土埃を上げながら迫り来る魔物らしき生物の群れが。


「おお。これは悪いね。誰が悪いという話をすれば私が一番悪いんだろうけど」


「その自覚があるならアレの対処はあなたがすればいいんじゃないの?」


 クロユリは攻撃的な目線をその人に向け、チクチクと刺していく。


「重ねて申し訳ない限りだが、私があの数を相手取るのは難しい。少数相手ならそれなりにやるんだが、基本的に調査と研究しか出来ないんだ、私は」


「とことんみっともない……。主様、仕方がないのでアレは私が片付けます」


「出来そう?」


「えぇ。主様のお手を煩わせるまでもありません」


 そう言ってクロユリは数歩前に出ると、手に持っていた槍を逆さにし、勢いよく地面に突き刺した。


「──屠殺要塞」


 魔物達の進行方向を塞ぐように土が隆起し始め、そして群れ全体を囲うように、土の壁が造られていく。魔物がその中に閉じ込められると、蓋が閉じられ、中が見えなくなった。


 そして数秒後。


「……はい。終わりです」


 大きな箱が地面に飲み込まれるようにして消えていくと、クロユリは振り返り、そう告げた。


 本人はアレを屠殺要塞と名付けている様だが、自分は過去にも同じ魔法を見せてもらったことがある。あの手の、群れで行動する魔物をいかに効率的に殲滅するかを考えた結果がアレなのだとか──屠殺というよりは鏖殺なような気もするが。


 アレの内部では、四方八方から鋭い棘が囚われた獲物を刺し貫く、さながらアイアンメイデンのようなことが起こっているらしい。まぁ、実際に中を見たことはないので知らないのだけれど。


 そして、皆殺しにした後は死体ごと地面に飲み込ませて片付けまで済ます事が出来ると。なるほど確かに効率的で、何より自分の手を汚さずに済むという利点はある──が、魔物の死体から何かを得ることは出来ないため、そういった際には適さない魔法でもある。とことん殲滅向きの魔法だ。


「少年の方だけかと思っていたが、お嬢ちゃんの方もやるもんだね。つい見惚れてしまったよ。それでさっきのアレは何だい? 中で圧死させるみたいな手法をとっているのかい?」


「体験してみる? 遠慮は不要だけど」


「遠慮しておこう。そのまま殺されそうな気がする。私はまだ死ぬわけにはいかないんだよ。待たせてしまっている人もいるわけだし」


 その返事に、クロユリの方から舌打ちが聞こえた。割合大きめの、相手に聞かせるための舌打ちが。


「で、何でコムファーニャに追われてたんですか? 話では、あの魔物は攻撃されないとああはならないらしいですが」


 気になり、尋ねた。


「うん。まぁ、それについて言うのであれば、私が悪いという事になるのだろうね。ただ、それでも何とか言い訳をしてみるのだとすれば、私が忘れてしまっていたというのが大きい」


「忘れた? 魔物の性質を? よくそれでアレらの生息域に近付いたわね。ただの変態かと思っていたけど、自殺願望でもあるの? もしそうなら折角だし体験してみれば?」


「いや、忘れていたのはコムファーニャの性質じゃあない。どちらかと言えば自分自身の体質だ。あと自殺願望はない」


「体質……」


「私の身体は常に魔力を消費し続け、その消費した魔力を熱に変換し続けるという、何の意味があるのかよく分からないことが行われているのだが、そんな私の呪いにも似た体質を、しばらく人と関わっていなかったせいですっかり失念してしまっていてね。道中に寝ているコムファーニャがいたからつい撫でてしまったんだよ」


「撫でた……魔物を?」


「撫でるくらいなら別に怒らないんだよ、コムファーニャ。だけど私はその体質のせいで、頭の先から足の爪先まで酷い高熱を発している状態でね──まぁ、寝ているところを額に焼きごてか何かを押し当てられたようなものと思ってくれれば、コムファーニャがどうして怒ったのかは分かるだろう」


 完全に被害者だったのか。あの魔物。


 しかし、彼女の話を聞いて、ようやくこれまで色々と疑問だった部分というのが解消した。


 まず彼女の装い。極限まで肌を露出させている彼女だが、その原因は自身の体質にあったということのようだった。全身が常に尋常ならざる熱を帯びているから、それを少しでも冷ますため、服らしい服を着ないようにしている──と言うか、着ることが出来ないのだろう。羽織ったローブもかなり薄手のもののようだし。


 そして、今もそうなのだが、こちらとあちらの微妙に離れた距離感。普通に会話をするなら例えはじめましての相手であってももう少し近付くものだと思うのだが、これも彼女の体質が原因らしい。暑苦しいから離れろとか、過去にそういうことを言われたりもしたのかもしれない。だとすれば悲しい過去である。


「夏はともかく、冬場でさえ誰も寄ってはくれないんだから、こんなものは呪いでしかないよね。まぁ、この呪いのおかげか、魔力量だけなら凄まじいものもあるのだし、悪いことばかりと言うわけでもないんだけど……正直割に合わない」


 ただの痴女ではなく、呪われた痴女でしたか──と、クロユリ。


「好き好んでこんな格好をしているわけじゃあないよ。どこに行っても顔を顰められるし、変態だなんだと謂れなき誹りを受けることも多い」


「謂れなきではないでしょうに」


「まぁいいんだ。人は与えられた環境で、与えられた境遇で、その中で最善の未来を掴むために藻掻く生き物だからね」


 そうですか──と、生返事をした。


「……と。呑気にお喋りしている場合じゃないか。身の危険は一先ず去ったわけだから、早いところ王都に戻らなくては」


「王都に行く途中だったんですか?」


「あぁ。街道なんかを使った方がよかったんだろうが、しかし先にも言ったように、私は人を待たせている。だから森や平原をノンストップで一直線に突っ切ろうとしていたんだよ、私は」


「その癖して魔物を撫でて襲われてるんだから世話ないわね」


「全く以てその通りであって、耳が痛いよ、私は」


 彼女はやれやれと、肩を竦めた。


「まぁそんな訳だから、私はここらでお暇させてもらうよ。本来であれば私を窮地から救ってくれた若人にお礼の一つや二つするのが正しい大人の振る舞いなのだろうけど、しかし今はそんな余裕もないので、それらのお礼は別の機会があればその時にさせてもらいたい。しばらくは王都にいるつもりだから、運が良ければまた会うこともあるだろうしね」


「生憎私達は王都の衛兵の世話になる予定はないから、もう会うことはなさそうね」


 彼女が捕まることを前提に、クロユリは嘲るように言った。


 しかしそんな挑発や嘲笑も意に介さず、


「私は各地での調査や魔法の研究を生業にしている女でね。名をロゼッタという」


 と、少しばかり聞き覚えのあるような、しかしどこで聞いたのだったかがよく思い出せないような、そんな自己紹介をして、彼女は上ってきた丘を、ローブをはためかせながら駆け下りて行った。なんともまぁ突風のような人だった。


「とんだ邪魔が入りましたね」


「まぁいいんじゃない? 愉快でさ」


「愉快なだけならいいのですが」


 愉快なだけ、ということはなかったが。


 しかしロゼッタとかいう名前のあの人は去ったので、自分達は元居たカーペットの上に戻ることにした。そこでは、終ぞまるで話に入って来ることの無かったスズランが一人、じっと景色を眺めながら、持ってきていたお茶を飲んでいた。自分もクロユリと共にそれに参加すると、菓子を広げたりしながら、食後を過ごすことに。


 この菓子についてはクロユリが例の百貨店で売ってるものをそのまま持ってきた。しかし、始めからそのつもりであったというわけではない。サンドイッチ同様、自分で作った物を持ってくるつもりでいたのだ。ただ、こんなことを言っても言い訳でしかないのだが、昨日は昨日で色々あったので、生地を作って焼いたりだとかの作業を完全に失念していたのだ。そのことに気が付いたのが今朝なので、流石にそこから生地を混ぜて休めて捏ねて成形して焼いていたのでは間に合わないと、作ることを諦めて戸棚にあった物を拝借してきた。


 昨日は昨日で、折角アイリスに料理をさせてみるというようなことをしていたのだから、それも一緒にさせてやればよかったのに、どうして忘れていたのか。材料自体はしまってあるはずだから、帰ったらさせてみるのもいいかもしれない。サクラは少々アイリスに対して──と言うよりは、アイリスに対する自身の態度を決めかねて、それが己の内で不協和を起こしているようでもあったが、色々させてもみれば、歩み寄るための手掛かりも見つけられるだろう。


 無理に歩み寄らせる必要があるとも思ってはいないが。


「そういえば」


 と。


 持ってきた菓子がそれなりに減り始めたあたりで、自分は思い出したように口を開き、今更ながらに今日のこのピクニックにおける本題とも言うべき事柄に言及をした。


「遅くなったけど、本当に色々ありがとね」


「……? あぁ、先日の……ですか?」


「うん。宿を手配してもらったのもそうだし、その他諸々についても」


「アレくらい大したこともないので、そう言われると困ってしまいます。王都を乗っ取る程度の事であれば即日対応させていただきますので、これからも力添え出来る場面があれば適宜お声掛けください」


 王都を乗っ取れるのか。そんなことを頼む予定もないが。しかし考えようによっては、王都の乗っ取りは現在進行形で行われているのではなかろうか。


 現在の王都は我が実家でもあるリンカーネル商会と、クロユリ達の経営するハナゾノ商会が出資をし、大規模な工事がそこかしこで行われている状態。そして先にも言った通り、その中では区画整理なども行われていて、どこか乱雑さを感じられたような場所は軒並み整然とした街並みへと変貌を遂げている──複雑に入り組んだ細い路地は一掃され、メインストリートと、そこから枝分かれした複数の路地を進めば、全ての場所へアクセス出来るようになっていっているのだ。完成はまだ先なのだろうが、既に完成図がどのようなものになるのかは示されている。


 そうやって自分達の住みやすい街に変えていくと言うこれらの行為は、善いか悪いかは別の問題としても、乗っ取りに近しい行為であると言えなくもないのではないだろうか。


 まぁとは言え。住みやすい場所である事に越したことはないので、乗っ取りというよりは、何だろうか、改革とでも言うのか。物は言いようだな。


「王都の復興は順調なの?」


「はい。南西区は既に完了の兆しが見えており、隣接する南東区も概ね順調、中央は土地の権利関係で調整を進めている段階ですが、王家が協力的な事もあり、問題はございません。北側に関しましては、南の目処が立ってから、計画を前に押し進めていく所存です」


 クロユリが言い、スズランが頷いた。


「王家が協力的? そうなの?」


「はい。区画整理における権利関係の調整やそれに伴ういくつかの法案の決議や整備が、驚くほどスムーズなものでして。凡そ、私達に王都の復興を押し付けるための振る舞いなのでしょうけど……唯々諾々と動いてくれるので少し楽しいです」


「そ、そうなんだ……」


 今この瞬間、限られた範囲内の話でしかないが、イーディスティン王国の権力はクロユリが握っているようなものらしい。


「動かすのが面倒なのはどちらかと言うとヒスイの方ですね。あっちは初めから味方のはずなのに、全然思い通りに動いてくれなくて」


 そう言うクロユリと、その横で神妙な顔をして、唸るように頷くスズラン。


「ヒスイは……まぁ、結構な自由人だからね」


 皆それぞれ違った形の自由人ではあるのだろうが。しかしそれでも、協調性の有無で大きく違って見えるのである。


 まぁ、実際違うのだから違って見えるのは当然か。


「……まぁ、色々と悩まされる部分もありはしますが、それでも一応は順調です」


「そっか」


 出来ることがあったら言ってね──とは、流石に言わなかった。出来ることがあるとは思えないからだ、単純に。無論、何かアイデアを出すくらいのことなら出来ないこともないのかもしれないが、自分が出せるような案などクロユリが考え付かないはずもないのだし、途中から口だけ挟みにくるなど邪魔でしかないだろう。


 しかしいたのだよな、会社などには、そういう人間も。当時はその目的がよく理解出来なかったため、聞くだけ聞いて全部無視するというようなことを繰り返していたわけだが。


「……ふぅ」


 茶を飲み、一息つく。


 よく晴れた日差しのせいか、満腹になったせいか、恐らく両方なのだろうが、段々と眠くなってきた。


 コップを片すと、そのままカーペットの上に十字に寝そべる。


 見上げた空は青く青く、空っぽだった。


「主様? どうなされました?」


「ちょっと寝ようかと思って」


「そうでしたか。では、周囲の警戒は私が──」


「大丈夫だよ。寝ながらでも魔物は追い払えるし」


「そうなのですか?」


「うん。二人も少し寝転がってみたら? 結構気分いいよ、これ」


 クロユリとスズランは顔を見合わせた。


 そして小さく笑うと、二人はモゾモゾと動き出し、自分の両サイドに、川の字になるように寝転んだ──腕に二人の頭が乗せられる。


 自分はそのままゆっくりと、瞼を閉じた。


 △▼△▼△▼△


「さぁてさて……ようやく着いた。……あれ? こんな街並みだったかな」


 ロゼッタは王都に這入ると、辺りを見回しながら、小さく呟く。


「まぁいいか。王城はそのままあるみたいだし、問題はない。にしても、毎回毎回、どうして詰所に連れて行かれるのか……」


 ロゼッタはぼやいた──彼女はつい先程、王都への出入りを管理する衛兵らから解放され、詰所を出たところだった。


 詰所に連れて行かれることになった原因は明白で、近頃、より一層王都への出入りが厳しくなったことにより、ローブなどの全身を覆う服を着込んでの通り抜けが不可能になったのだが──ロゼッタはそれを知らず、魔物の糸で編まれた特殊なローブを着たまま荷物検査を受けることになり、そこで一度ローブを脱ぐよう言われ、大人しく従い──その結果、彼女は連行された。


 一応は身分ある立場の人間でもあるので、それが判明すればすぐに解放されたわけだが。


「もういっそ、手配書みたいな感じでもいいから、私の顔と事情を周知させてもらうか……」


 流石にそれは羞恥心が勝ると、ロゼッタは首を横に振った。


「止めておこう。どうせ名乗ればすぐに解放されるのだし。とは言え、前はローブを着たままでも顔さえ見せていればよかったのに……何かあったのだろうか?」


 しばらくぶりなので、彼女は自身が不在だった間の王都の事情をまだ知らない。これから一度王城へ向かい、そのあたりは把握するつもりでいるが。


「適当に顔を見せて事情を把握して……あぁ、一回家に必要なものを取りに行かないとダメか。だとすると、学園の方に行けるのは……いや、そもそも今日は授業もないのだっけ」


 ブツブツと独り言ちながら、彼女は王都の街を歩いていく。


「ふむ。授業が無いのなら……寮の辺りに行けば会えたりするのだろうか。折角急いで戻ってきたのだから早いところ接触しておきたいのだけれど……──エレイン・リンカーネル。……リンカーネルというと……どこかで聞いたことのあるような気もするけど、何だったかな」


 まぁいい──そう言って、ロゼッタはそれをどこで耳にしたのかについて考えるのを止めた。


 単に手紙に記されていた文字を見て、勝手にそれを以前どこかで見たことがあると誤認しているだけなのだろうから、と。


 手紙──送られてきたそれに、エレイン・リンカーネルというその名はあった。


「フラウドの奴が私に噓を吐くとも思えないし、学園に行けば会えるというのは確かなはずなのだけれど。本当にちゃんといるのだろうね……。これでいなかったら私は本当に何をしているのかといったところだが……」


 しかし、とロゼッタは首を横に振る。


「何にせよ、寮に行くのはやめておいた方がいいだろうな。それが賢明だ。どうせまた痴女だ変態だと叫ばれて連行されるのがオチなのだから。全く、つくづく厄介な体質だ──災厄な呪いだ」


 ロゼッタの身を数十年以上蝕み続ける炎熱の呪い──彼女はこれを解消することに人生を捧げていると言ってもいい。そんな彼女は調査と研究を重ねる中で、既存の知識や技術ではこれをどうすることも出来ないということを察してしまった──故に、今はこの世にある未知を片っ端から既知としていき、その中から自身の呪いをどうにかする手段を見つけ出そうと動いている。


 なので未だ分からないことの多い人間の持つ精霊魔法についても、彼女の調査、究明の対象なのである。


「だというのに……私を一体何だと思っているんだ。あっちへ行けこっちへ行けと……色々と支援してもらってるから文句も言いにくいが、もう辞めようかな、『癒術師』」


 ロゼッタは足を止め、首を上に向けた──目の前には王城が天高く聳え立っている。


「まぁ、とは言え、そのお陰で出会いもあったわけだし、今日という日が無駄だったということも無いだろう」呟きつつ、視線を前に向けた。「人の縁とはどこでどう育まれるか分かったものではない──これを今日の学びとしておこうか」


 そして足を踏み出して──


「何者だ貴様!」


「……そろそろ、私専用の入り口とか作っておいてくれないものかな」


 やれやれと、ロゼッタは肩を竦めたのだった。


 △▼△▼△▼△


「起きる」


 腕の感覚が無い──ということには、何故か起きてからしか気が付くことが出来ない。それまでは何も感じていなかったはずの腕が、目を覚ました瞬間から、繋がっているはずなのに動かすことの出来ない、ただ重たい物体へと変化するのである。


 痺れた。橈骨神経麻痺というのだったか。


 どれくらいの時間寝ていたのかは分からないが、しばらく二人の頭を支え続けていたのだから、腕が痺れるのも当然だった。左右に首を動かすと、二人はまだ寝ていた。起こさないようにと腕をゆっくりと引き抜いて行きながら起き上がる。そして二人の頭を掌の上に乗せると、座り込んだ状態のまま、軽く辺りを見回した。


「五匹か」


 何の数かと問われれば、眠っている間に始末した魔物の数である。


 大昔。いや、大昔という程でもないが、確かサクラに初めてあった頃だったか、


 あの窪地の辺りでキャンプが出来たりしないか──


 でも寝ている間に魔物に襲われそうだ──


 とかなんとか考えて、


 寝ている間に魔物の気配を感知できるようにできればいいのか──


 でもそれでは寝ているとは言えないのではないか──


 というような結論に至ったことがあるのだが、確かそうだった様な気がするのだが、それを本格的に身に着けたのがこれである。しかし、まだ完璧に習得できたとは言い難い部分があるので、万が一に備えた迎撃態勢を取っているのだが、その所為か、周囲がワラキア公国の様になってしまっている。まるで平和なピクニックには相応しくない凄惨な光景である──若干陽が落ちているのも相まって、なかなかにおどろおどろしい。


 なので魔物を四方八方から囲むようにして串刺しにしていた岩の槍を消すと、先程クロユリがやっていたように、魔物の遺骸を地面に飲み込ませた。多分いい感じに肥料になってくれることだろう。


「ん……んん……」


 と、やっている内にクロユリが目を覚まし、起き上がった。


「おはよう。よく寝てたね」


「恥ずかしいところを……」クロユリは起き上がった。「すみません、思いの外、疲れが溜まっていたみたいです」


「仕事で……か」


「えぇ。忙しいのはそれはそれで楽しくもあって好きではあるのですが、それによる疲れは、楽しいという感情だけで打ち消せるようなものではありませんね」


 クロユリはあくびを抑え、そう言った。


 ちゃんと睡眠は取って欲しいのだが。


 だが仕事がその原因だと言われると、どうにも。クロユリが手を止めた途端に動かなくなる案件もあるのだろうし。まぁ、それでもこうして休みを取れるくらいの余裕はある──と、そう思いたいが。


「じきに暗くなるでしょうし、そろそろ帰った方がよさそうですね──」クロユリは少し回り込むようにしてスズランに近付き、横たわるスズランの体を揺らした。「……スズラン、そろそろ起きて」


 スズランが起きると、三人で片付けをして、それから一度王都の百貨店、その最上階まで戻ると、二人に別れを告げて、屋敷へと帰ることにした──その前に一度学園の、寮の方に寄っておこうかと思ったのだが、特に急ぐほどの用事もなかったので、そちらは明日に回すことにして──そんな風に。


 屋敷付近の森にゲートを開き、やや湿った地面を踏みつけた。


 空を見上げれば、どうやらこちらは曇りらしい──今にも泣きだしそうな空だった。


 降り出さぬうちにと、玄関口の方へと歩いて行き。


 そして屋敷に這入──ろうとして、


「リュカリュカ……」


 やに悲壮な表情を浮かべたアイリスをドアの横に見つけると、自分が不在の間に何かが起こったのだろうということを、否が応でも推察させられたのだった。

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