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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第甦話
66/70

066

 というわけで、その日は、王都から少し離れた平原に、クロユリとスズランを連れてやって来ていた──何が「というわけ」なのかは不明だが。


 ただまぁ、省かずに経緯を説明するのだとすれば、自分は先日から度々クロユリとスズランの二人には世話になっていたわけで、そして自分がそれに対する礼を一切出来ていなかったというのもその通りなわけで、それを自覚してしまったがために何かしなければと考えた自分は、クロユリから以前デートをしようだとかなんとか言われていたことを思い出し、二人に会いに行って約束を取り付け、アイリスの事だとかで色々とありつつも、その日、朝から弁当を作ると、二人に会いに行き、王都から少し離れた場所にある平原にまでやってきていたのだった。


 場所について、初めは王都内にしようかと思っていたのだが、と言うか順当に考えればそうなるのだが、しかし王都は前世の東京のような場所ではないため、その辺に遊べるような場所があるわけでもなければ、ちょっとした休憩の為に利用出来るカフェがあるわけでもない。その上、大分進んでいるとはいえ、王都はまだまだ復興中──場所によっては一度古い建物を全て取り壊しての区画整理を行っていたりもするので、正直二人を連れて回るのに適した場所だとは言えなかった。なのでそこからは少し離れてピクニックにでもしようということで、王都外の平原を選んだのだ。


 王都内がダメならそこから出てピクニックに行こうという風にしか考えが回らない自分が少しばかり嫌になったりもするが、そもそも自分は生まれ故郷であるところのアルフォード子爵領のあの町と、そこから少し距離を置いたところにあった別の町、そしてアルフォード子爵領から王都までの道中にあったいくつかの村落と、あの王都しか知らないのである。初めから選択肢というものがそう多くないのだ。


 無論、知らないからと言って世界がそこで閉じているというわけでもないのだから、行こうと思えば別の場所だとか、あるいは別の国だとかにも行けたのかもしれないが、流石に昨日の今日ではそれも無理な話だった──瞬間移動の魔法も、移動先の座標を自分が把握していなければ使用が出来ないため、どんな場所にせよ、予め下見や下調べをしに向かわなければならないのだ。なので帰りは一瞬にしても、行きはどうしても時間が掛かってしまうのである。


 まぁしかし、こうして選択肢などと言う概念が自分の中にあるということ自体は、ある種成長していると言えなくもないのだろう。多分。


 何にせよ、今後はこういうことにならないよう、暇を見つけたら別の国だとかに遠征してみるというのも悪くないかもしれない。と言うか、移動先はどんどん増やしておかないと、瞬間移動の魔法をせっかく作った意味もなくなってしまうのか。これはそもそもいざという時にいつでも逃げられるようにするための魔法なのだから、移動出来る範囲が見知った場所だけでは困る。


 もう少しすれば学園に入って初の長期休暇になることだし、それをフルに使って、というわけにもいかないだろうが、少しばかり遠出をしてみるのもいいかもしれない。出入国に関しても、あまりガッチリ管理しているというわけではないだろうし、すり抜ける方法もあるだろう──無論、それは子供が一人で国境を超えるということが難しかった場合の話であって、そうでもなさそうなら普通に通り抜けるつもりでいるのだが。


 そんなことを思案していた自分だったが、地面に埋まっていた石ころに躓き転びそうになると、間抜けな声を出しながら、思考することを中断させられた。


「大丈夫ですか?」


 と、クロユリ。その横ではスズランが、心配してくれているのか、ただただ普段通りにしているだけなのか、判別の付かない表情を浮かべていた。


「うん、大丈夫。足元見ないと駄目だね」


 丘を登っている最中なので、地面は緩やかとは言え傾斜になっている。


 考え事をする際に歩くのは自分の癖のようなものだが、歩いている最中に考え事をするのはよくないな。考え事をする際にその辺を歩きまわるとは言っても、そちらはあくまでも自分が初めに立っていた場所からその周辺を少し徘徊していると言うだけで、それ自体に危険はない──かつてそうして歩き回った末に一人のエルフの少女を見つけたのがこの自分なわけだが、それは例外として──しかし歩いている最中に考え事をしてしまうというのは、その歩いている場所によっては大怪我なんかに繋がりかねない。


 考え事をするために歩き回っていたはずが、歩き始めたら考え事をしてしまうようになっているというのは、何というか、パブロフの犬めいているというか。だが、そういえば昔──昔と言っても前世の話だが、お風呂場でシャワーなんかを浴びながら排尿するのが癖になっている人は、歳を取ったりした際、床屋で髪を洗うためにシャワーをされたりした際に、反射的に漏らしてしまったりするようなことがあるという話を聞いたことがある。尤も、自分は年老いる前に死んだので、その辺がどうなのかと言ったところを自分の経験としては知らないのだが──まぁ、そうなのだろうと思う。


「何か考え事でも?」


「まぁ、そうだね。その内他国にも手を伸ばしたいなぁとか、そんなこと」


「……はい。準備は進めておりますので、ご安心を」


「準備……」


 準備とはどういうことだろう。自分が覚えていないだけで、これまでにも似たようなことを話していて、それを聞いたクロユリが旅行の準備なんかをしてくれていたと、そういうことなのだろうか。何でもかんでも間に受けないでいいのに──と思っても、良かれとやってくれていることを否定したくはないのだよなぁ。


 なので自分は、「だったら、教国の辺りに行ってみたいかな。まだ先になるだろうけどね」と、そう言った。


 教国とは、王国の南にある半島を収めるローメンドゥーラ公国という国家の事である。この辺の歴史についてはかなり複雑に事情が絡み合っていたので、正直適当に流していた部分もあるのだが、ザックリと述べてしまうのであれば、過去、この国の王族であった公爵が宗教勢力と結びつき、聖地を保護するという目的で実質的に独立し作り上げた国家──ということになるのだろう。とは言え、その件でこの国と対立したりということはなく、港湾国家であるということも相まって、人や物の行き来は盛んらしい。


 宗教の中心、貿易の中心、文化の中心──そして何より、公国では漁業が行われているのだとか。


 海の魚や魔物が食べられているらしい──鮮度の問題があるので、あまりそれらが王国の中央にまで回ってくることはないのだが。しかし王国でも南の、公国に近いような場所では同じように食べられているのだろう。


「教国……ですか……。『教会』の総本山とも言える場所ですが……」


「まぁ……らしいね」


 話でしかないが、大きな聖堂が建てられていると聞いている。王都にも少しばかり立派なのがあるが、比じゃないらしい。まぁ、別に行ったところで面白くは無いのだろうが、圧巻くらいはされるかもしれない。


「とは言え、行きたいのはそっちと言うより、港の方かな。ここは抑えておきたい」


「なるほど……まずは港を……。王国も海に面した領土はいくつか存在していますが、そちらへは?」


「そっちは……まぁ、一応行ってみたくもあるけど、どうせ行くならまずは王国以外がいいかな。他国の風土なんかも興味はあるしね」


 そしてそこで一つ思い出して、「そう言えば」と言った。


「クロユリとスズランは行ったことないの? 教国とか。前に南国から持って来たとか言うお茶を飲ませてくれたことがあったと思うんだけど……」


「あぁ、それですか。そちらは南とは言いましても、教国の方ではなく、どちらかと言えばエルシュールル王国よりの場所になりますので。教国へはまだです」


「そうなんだ……」


 貿易の中心だと言われているのに、不思議なものである。まぁしかし、どちらかと言えばそういう場所にはうちの父親の方が向かっていたりするのかもしれない。リンカーネル商会とハナゾノ商会とで同じことをしたって仕方がないのだから。


 それに、そういう場所は既にレッドオーシャン化しているのだろうから、敢えてそこを避け、そこにない物に商機を見出すというのも、それはそれで戦略の一つか。ヒスイあたりに日々新しい物を作らせては売り捌いているのも、そういう面があるのだろうし。


「我々が乗り込むのはもう少し先……手筈が整ってからになるのではと考えています。それだけ、手強く厄介な地でもありますから」


 クロユリは言う。その横で、スズランが頷いた。


 手強い……と言うと、やはり海千山千の商人が集まる場所なだけあるということだろうか。考えても見れば、クロユリやスズランは何だかんだ言って、商人としては経験の乏しい部分がある。いつからやっているのかは知らないが、たった数年ということになるのだし。


 それであれだけ手広くやっているのだから才能はあるのだろうが、教国ともなれば才能を持ち、経験を存分に積んだ商人がうじゃうじゃとしていたりするのだろう──であれば、警戒するのも当然か。


「まぁ、そうかもね。でも別に、下調べというか、そういうのは関係無しに訪ってみるっていう分には、問題も無いんじゃないの?」


「それはそうでもあるのですが……今のところはそれ含め、先送りにしている状態です」


 まぁ、わざわざそこに行かずともうまくやれているというのであれば、意味もなく足を運んだりもしない──そういうことなのだろう。


「ですが、彼の地には聖女がいる──という話は聞いております」


「聖女? 教会の聖女……みたいな?」


「『教会』とどれだけ関係があるのかは調査中ですが、恐らくは」


 教会と関係がない聖女というのも何というかよく分からないが。


 大体、聖人聖女は宗教の側が認定するものではないのか。でもまぁ、民衆が勝手にそう呼んでいるだけの可能性もあるのか。


 しかし。


 それにしても、聖女か。聖人や聖女と言う存在は基本的に、死後その認定、列聖が行われるものだと考えていたのだが、この世界では違うのだろうか。生きている間は尊者止まりで、聖者として扱うためにはその者が神の隣にあることを証明しなければならないとかなんとか……そんなようなことを聞いたことがあるのだが。とは言え、宗教自体がそもそも別なのだから、その辺はまぁ違っていても不思議ではない。呼び方が違うだけで、死後は別の扱いをされていたりするのかもしれないし。


 超聖人とか。極聖女とか。流石に冗談だが。


 ただ、まだ死んでいない人間を聖なる者として祭り上げてしまうのは些か危険ではないのだろうか、とも思う──それは狙われたりする恐れがあるとかいう話ではなく、どちらかと言うと、その聖者が認定されて以降に悪事に手を染めてしまうという可能性の話として。


 宗教的な権威のお墨付きを特定の人間に与えるという関係上、その人間にはこれ以上何を積み上げることもない過去の人間でいてもらった方が何かと都合がいいように思えてしまうのは、ただ自分がひねくれているからと言うだけなのだろうか──その人が未来も善人でいられる保証などないと思うのは、だからなのだろうか。


 そうでもないと思うのだが。


「何でも、人を癒すことの出来る存在なのだとか」


「へぇ。癒す……ねぇ。僕がやってたのと同じ感じなのかな」


 言いつつ、聖女と呼ばれているのは、もしかするとそのあたりが大きいのかなと、内心納得した。


 今や当たり前のように使っている治癒の魔法だが、他にも同じようにしてこれを編み出した人間がいたのか──いや、いるあるいはいたのだとすればもう少し広まっていないとおかしいのだから、やり方としては違っているのだろうか。


 これは言うまでもないのかもしれないが、自分がこの魔法の存在を世に広めるようなことはない。目の前に大怪我をした人間がいれば治療するし、知り合いが病気になればそれを治すことに躊躇はないが──この魔法は明らかに社会にとって、世界にとって有害でしかないのだ。


 確かに、この魔法の存在が広まれば、怪我や病気が原因で命を落とす人間は減るだろうし、魔物なんかとの戦いでもさぞかし有用だろう──だが、これに頼り切った社会がどうなるかなど、考えるまでもなく明らかである。


 医学は発達しないし、今ある薬学だって放棄されかねない。魔法一つで病気も怪我も恐るるに足らずと言う空気感が醸成されれば、どうしたって人はそう動く。魔法で事足りることをわざわざ学ぼうとするだろうか。


 無論、いるだろう──魔法一つでどうにかなる世の中でも、医学や薬学を学ぶ人間はいるのだろう。だが、それには一体どれだけの数が見込めるというのか──そういった人々の学びは後世に残るのか。


 そしてそうやって医学薬学が衰退し、淘汰され、消え去った後、その魔法が失われたらどうなる。ただでさえ個人の感覚で行使されている部分の多い魔法だ。それが失われないなどという保証はどこにもない。


 ならば、例え患部を丸ごとぶった切るような野蛮な医学であっても、それが遥か未来でちゃんとした医療として形成される可能性を秘めているのであれば、その芽は摘むべきではないのだ。


 まぁ、教えたところでそう簡単に使えるとも思えないので、これらの危惧はただ自分が考えすぎなだけの可能性もあるのだが──しかしサクラ以下屋敷の面々がぽんぽん習得していくため、流石にマズいのではと考えたのが何年か前の話である。


「主様に比べれば気休め程度のものなのではないでしょうか。人体の欠損まで癒してしまうのは、この世界に主人様だけでしょうし。それに何より、心までは癒せません」


 クロユリは言った──言い切った。


 流石にそこまで断言してしまうのもどうかとは思う。


「……同じような発想をする人間も、どこかに一人くらいはいるんじゃないのかな……」


 言いつつ、しかしそれもそれであるのだろうか、と考える。


 自分と同じような発想をする人間というと、それはどちらかというとこの世界の現地の人間ではなく、自分と同じような境遇の人間の方が可能性としては高いわけなのだが、自分以外にも転生を果たして新しい人生を送っている人間はいるのだろうか──というようなことを考えてしまうと、どうにも否定的にならざるを得ない。


 勿論確証はないわけだが、根拠と呼べるものは碌にありはしないわけだが、それでも何となくそう思う。


「もしそんな人間がいたとしても、主様は主様だけです。それに、私を拾ったのが主様で良かったと思います。例え同じような発想の持ち主であったとしても、私を救ったのが主様以外の人間だったらと思うと、正直ゾッとしますから」


 そう言うクロユリの横で、スズランが首を縦に振っていた。


 そういうものなのだろうか。誰が誰でも同じような気がするが。


「──と。この辺が頂上になるのかな」


 立ち止まり、周囲を見回す。吹く風は下に向かって流れていき、平原の緑を揺らす。


 因みにだが、王都から離れたこんな場所なので、平原に生えている何だかよく分からない草は初め、かなり伸びきっている状態だった。それが辺り一面見渡しやすく歩きやすい平原へと様変わりしているのは、偏に自分の仕業である。これでも幼少期は庭の草という草を魔法の練習と称して根こそぎ刈っていたのだ、範囲が庭からだだっ広い平原に変わった程度では、やることは変わらない。


「心地良いですね。……この辺にしますか?」


「そう……だね」首を回し、魔物の姿などがあったりしないか確認する。「ここにしようか」


 そして懐からブルーシート──は無いので、薄めのカーペットの裏にツルツルとした魔物の皮を鞣した物を貼り付けたそれっぽいを物を取り出した。皮の方を下にすれば、例え土や草が付いたとしても、払い落とすのは簡単と言うわけだ。


 それを敷くと、四隅の穴に土の魔法で作り出した杭を差し込んだ。今回は三人だが、元々それなりの人数を想定して作った物なので、広げるとそれなりに大きい。そうして準備が済むと、そのカーペットの上で昼食を摂ることに。


 こんな場所なので、個人的にはおにぎりなんかを持って来てみたかったのだが、しかし肝心の米がないので仕方なく、今朝作ったサンドイッチを持ってきた──サンドイッチとは言っても、食パンを切って具を挟んだものではなく、バゲットを使ったものなのだが。けれど、箱に詰めてみるとどことなくリッチな感じがするので、これはこれでいい。質のいいハムだとかベーコンだとかを拝借して挟んでいるので、そのお陰でもあるのかもしれない。


 水筒も用意。二人にサンドイッチを手に取るよう促すと、自分も一つ手に取った。細い串を刺しているので、崩れたり、中身が飛び出たりということはない。


「味は問題ないと思うけど……どうだろう」


 一齧り。バゲットを越えると、葉野菜がシャクシャクと音を立てる。肉の塩っ気があり、卵の甘みがあり、ソースの酸味がそれらを包む。オーソドックスな物だが、なかなかいける。


 ただ、少し反省点があるとすれば──これは別に今回に関しては関係のない話でもあるのだが──これらを仕込む際に食べる事になるであろう場所についてのことを一切考えていなかったということだろうか。


 人の味覚というのは面倒な物で、同じ物を食べても、周囲の環境によってはまるで別の味のように感じたりするのである。周囲の環境というのは何も海辺であるだとかお祭り会場であるだとかではなく、気温や湿度、あるいは標高などによる気圧の変化といったものの違いだ。


 海の家で食べるラーメンやお祭りの屋台のしょぼい焼きそばが美味く感じるのは単に気分的な問題でしか無いが、人はその場の気温や気圧などによって味の感じ方が異なってくるのだ。


 普段はそんなことも意識しないが、こうして外に出る前提で作るのなら、実際どうするかは別としても、気に留めるくらいはしておくべきだった。


「問題ないどころか完璧です。もし問題があるのだとすればそれは主様の料理ではなく私の味覚の方だと思いますのでご安心ください」


「それもそれで安心は出来ないけど……。今回は大丈夫だと思うけど、もし今後「あれ?」って思うことがあったら言ってね。僕以外にも」


 その場合、自分の味覚に問題が生じている可能性が高い──適宜味見をしているので、そこで味付けの異変を感知出来なかったということになるのだから。もしそうなっていたとして、一番怖いのはそれに気が付くことが出来ない状態が続くことだ。まぁ、気が付けたとして、この世界ではどうすればいいのか、なんてことがまるで分らないのだから、結局意味はないのかもしれないが──そうならないことを願うしかないのか。


 さっきの話に出て来た聖女とか言う存在なら、それもどうにか出来たりするのだろうか。


 大聖堂にはあまり興味もないが、しかし聖女、こちらには興味が出てきた。会えそうなら会いに行ってみるのもいいかもしれない。まぁ、聖女と言うくらいなので、そう簡単に会えるとも思えないが、それでも姿を見ることくらいは出来たりもするだろう。


「そんなに気になるのですか?」


「そんなにって程でもないとは思うけど……」


「もしお望みであれば、人員を送り込んで拉致させることも可能ですが」


「望まないからやめてね」


「よろしいのですか? 少し痛めつけてやれば神の奇跡──」クロユリはそこでフッと嗤った。「──とやらも、見せてくれるかもしれませんよ?」


「いいよ、そんな物騒なことは。見たきゃ勝手に見に行くだけだからさ」


「そうですか……ではその際は、是非お供させてください」


「うん。まぁ、行くかどうかも分からないけどね」


 それにしても、この子達が時折見せるこういう物騒な一面というのは何なのだろう。本気で言っているのか、冗談で言っているのか、判別がつかない時があったりする──クロユリは冗談も真面目事も同じような口調で言うものだから、その所為もあるのだろうが──一体どこからそんな影響を受けているのだろうか。まさか自分ではないと思いたいのだが──あぁ、でもそうか。今はどうか知らないが、以前は盗賊狩りなんかをやっていたわけだし、その辺から影響を受けたか、そうでなくとも、そういった活動の所為で価値基準が少々歪んでしまったなどしている可能性は、無きにしも非ずか。


 しかしまぁ、この子達も年齢としてはバラつきこそあれ、概ね十二歳から十四歳位といったところ──正確な年齢が分からないのが数人いるが──なので、順当にいけばそろそろ、アレを発症し始める頃合いでもある。


 不治の病ともいう、アレ──そう、中二病を。


 この世界にもあるのだろうか──あるだろうな。それは人間の心理的なものなのであって、例えば天然痘の様なウイルス性の病気ではないのだから、前世と全く同じではなくとも似たような種族としての人間が存在する以上、それらもまた自然に発現するものに違いない。


 しかし、もしそうだとしても、中二病なる呼ばれ方をしていないことは確実だ。この世界には中学校なるものはないし、そもそもそれを発症し始める十四歳という年齢は、人が成人し始める歳である十五歳のちょうど一つ手前。


 だとすれば何と呼ばれているのだろう。まだ名前などはないのかもしれない。中二病という呼称も、何となくそういう時期があるよねという認識でしかなかったものに、誰かが名前をつけたことで定着しただけに過ぎず、だから十四歳頃を指して中二病などという呼ばれ方をしているわけだが、実際それを発症するのは何もその時期に限った話ではない。もっと早くからそれを発症する人間もいれば、二十歳を過ぎてから拗らせる人間もいる──無論、大体碌な事にならないのは後者である。


 まぁなので、一括りにするに相応しい何か──前世であれば中学二年という共通項──の無いこの世界では、子供が変なことをし始める時期という認識でしかないのかもしれない。


 クロユリ達もそうなのだろうか。ならば適度に介入して、目も当てられないような事態になるのを防ぎつつ、基本は静観の構えでいるのが良いのかもしれない。こういった時期に対する反省などは後年に行えば良いのであって、その最中に抑圧をしてしまうべきではないだろう。


 自分には生憎そういった経験はないが──気が付かぬ内に経ていた可能性は否定出来ないが──だからと言って何も理解が無いわけではない。なので一応は保護者として、どんな形であれ、彼女らの成長を見守ることを心掛けよう。


「クロユリ、スズラン」


「はい?」


「……?」


「僕は君達の味方だからね」


「……。……えぇ、分かっておりますとも」


 クロユリの横で、スズランが小さく頷いた。


 スズランはそういう感じでもなさそうだが──まぁ、彼女の場合はそもそもあまり内面を覗き見る事が出来ないので、腹の中がどうなっているかまでは分からない──もしかすると指先一つで世界を蹂躙するカッコイイ自分を思い描いていたりするのかもしれない。それにしても今日一言も喋らないな。


「……と。それで……アレは……何?」


 と、そこでようやく、自分は視認していながらも、認識していながらも、理解していながらも、しかし敢えて触れずに無視し続けていたそれに、ようやく向き合う事にした。


 少し遠くを指差し、そこ──と言うか、その辺りを駆け回る一人の人間を指し示す。


 どうやら魔物に追われているのか、物凄い速度で駆け回っている。明らか走るのに魔法を使っているのに、何故それで魔物を倒そうという発想にならないのだろうか。あんまり器用ではないのかもしれない。


「魔物に人が追われているみたいですね」クロユリは淡々と、見たままを口にした。「あの魔物の性格からして、恐らくは余計なちょっかいを掛けた結果だと思いますけど」


「あの魔物知ってるの?」


 大きめの犬、と言った感じの見た目をしているが、自分はまだ見たことのない魔物だった。どことなくポメラニアンに見えなくもないような、いや、見えないか。牙が獰猛すぎる。


「はい。コムファーニャという名前でしたかと。普段は温厚ですが、一度攻撃されると地の果てまで追いかけてくると言われています」


「毛……毛皮が……コートの材料に丁度いいんです」


「えぇ。ですが言ってしまえばそれくらいしか使い道はありません。その癖、あの毛が生半可な魔法や魔力を徹底的に弾いてしまう上、その下の皮もやけに硬いので、倒すのが面倒なんです。コハクを送り込む分には関係もないのですけど」


 と、クロユリとスズランが説明してくれた。


「なるほど……それで、攻撃されたから追いかけ回してるのが、アレってことか」


「恐らくは。どうしましょう?」


「どうするって言ったら──」


「折角ですし、三人で賭けでもしますか? 逃げ切るか、追いつかれて食べられるか。勝った方が負けた方に何か頼めるという条件付きで」


「流石にそれで賭けをするのはちょっと……と言うか、ここからあの人が逃げ切りそうな感じしないし……。あの魔物は始末しようか」


 そう言って、自分はその場で立ち上がった。シートの外に置いた靴を適当に履き直すと、少し歩いていく。


 そして狙いを定めると、動き回るそれを追いかけるように、雷を放つ。


 予めクロユリがスズランの耳を塞いでいてくれたので、スズランがひっくり返って失神すると言うような事にはならなかった。


 放たれた雷撃は草原の上を、草を焼き焦がしながら進み続け、コムファーニャを追従──直撃し、そのまま貫き炸裂した。

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