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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第暴話
49/70

049

「誰もいない……わよね」


 フューリアは辺りを見回し、そこに人影がないことを確認すると、こそこそ、のそのそ、移動を開始した。


 壁際に張り付くようにして、目線は低く、目的の部屋の前まで近づいていく。


『教頭室』──ドアの上部には確かにそう記されている。


 それを確認すると、彼女は懐から細い金属の棒を取り出し、鍵穴にそれを近づけていく。


 カチャカチャ──と、フューリアは頻りに辺りを気にしながら、鍵をこじ開けんとピッキングを開始した。なるべく音を立てないよう、そして誰にも見られないよう、彼女は心臓をバクバクと打ち鳴らしながら、震えそうになる手で作業を進めていく。


「……はぁ。……ふぅ」


 嘆息し、深呼吸。


 フューリアは一度手を止め、そして作業に戻り、数分が経過。


「……まぁ、無理よね」


 これまで一度だってやったことのないピッキングがぶっつけ本番のこの場で出来るはずもなく、彼女はそこで手を止め、両腕を下ろし、肩を落とした。


「こんなことなら、無理矢理にでも連れて来るべきだったかしら……」


 リュカの事を思い浮かべながら、彼女は呟いた。


 連れてくることは叶わずとも、鍵を開ける方法くらいは訊いておけばよかったと、今更ながらにそんなことを考える。


 色々知っている彼ならば、鍵の開け方くらいは存外知っていそうなものだと、冗談半分、本気半分に思った。


 しかし、いないものはいないし、今更呼びに行くわけにもいかない。


 流石に、終業後に男子寮まで向かい、特定の男子を呼び出すというのは、その相手が誰であれ、王女の行動として問題がある。


 放課後にそのまま出かける程度ならまだしも、一度帰してしまった以上はそれも出来ないのだった。


「とは言え、窓側から這入る……っていうのも、難しいわよね……」


 教頭室があるのは建物の端。部屋には当然窓があるので、そちら側から侵入をするという手はある。しかし教頭室があるのは三階なので、それをしようと思えば手段は精々二つといったところである。


 一つは、一度別の部屋の窓から外に出、壁を伝って教頭室の窓に回り込むという手。


 もう一つは、梯子か何かを持ち出し、地上からダイレクトに教頭室の窓に向かうという手。


 しかし、どちらにせよ目立って仕方が無いし、それに何より、窓の鍵が掛かっていれば這入ることは出来ないという問題がある。


 窓を割るという手もあるが、それならドアを破壊する方が手っ取り早い。


「ちっ……本当にムカつくわね……」


 フューリアはドアノブに手をかけ、苛立ちを表すようにガチャガチャと鳴らした。


 すると。


「あれ……? 開いてる……?」


 ドアに鍵は掛かっていなかったらしい──押すと、抵抗なくドアは開いていく。


 フューリアは中に誰もいないことを確認すると、すぐに部屋に這入り込んだ。そして急いでドアを閉めると、内側から鍵を掛ける。


 これで問題は一つ片付き、一歩前進──しかし納得がいかないのか、フューリアは鍵を掛けるなり、不機嫌そうな顔で、


「開いてるなら開いてるって書いておきなさいよ……! 今の何の時間だったのよ」


 と、宛先の無い文句をぶつくさと呟いた。


 溜息を吐き、そして部屋を見回す。高そうな机、高そうな椅子、高そうなソファーと、教頭の趣味かどうかは分からなかったが、一目で見て高級品だと分かるような調度品が並んでいた。壁際の大きな本棚には、所狭しと本が詰め込まれている。


「隠すとしたらそう簡単に見つかるような場所にはない……わよね」


 フューリアはまず机に近付くと、引出しを開ける。初めに目に入ったのは、よく分からない書類だった。


 一つ一つ読み込んでいる時間もないので、彼女は取り敢えずそれらを一度机の上に出すと、引出しを外し、引出しの底が二重底になっていないか、引出しの裏に何かないか、机の天板、その裏側に何かないかをテキパキと確認していく。引出しは全部で四つあったので、そんな行為をその回数繰り返した。


「無いわね……。ま、そう簡単に見つかるとも思ってないけど……」


 机に何かが隠されている様子もなかったので、机の上に出した書類に軽く目を通していく──しかし数が多いと、一先ずそれを中断し、今度は椅子に目を付けた。座り心地の良さそうな、牛革の椅子。背もたれは取り外せるようになっていたが、中には何もなかった。


「なら……」


 と、フューリアは椅子から離れ、応接用と思われる一対のソファに目を向けた。クッションの部分は取り外せるようになっているはずだと、手を差し込み、持ち上げる。


「何もないじゃない。どこにあるのよ……!」


 フューリアは苛立った様子を隠すこともなく、「次!」と、本棚に顔を向けた。そして近付いて行き、大量の本を前に、立ち止まった。


「……もし本の中に一つだけ隠されてるとかだったら……見つけられるわけないわよね」


 何冊あるのかまで数えたわけではないが、軽く見積もっても百はあるだろう──その間に一枚、栞か何かを挟むようにして隠されていたのだとしたら、これだけの数の本の中から目当ての物を見つけることは困難を極める。


 それに、下の方にあるのは辞典のような分厚い本ばかりで、ページ数も箆棒に多い。


 無論、幾ら時間を掛けてもいいのであればいつかは見つけられるのかもしれないが、時間は限られている上、そもそも本の中にそれがあるかどうかさえこの時点では不明なのだ。


 本を適当に選んで手に取り、パラパラと開いてみる。特に何もない。そして閉じ、本を戻そうとして、考える。


「本の後ろに隠されてるかもしれないわね……多分そうよ」


 フューリアは戻そうとした本を床に投げると、本棚の本を手にとっては適当に開き、振り、何も出てこないと判断しては投げてを繰り返す。


「……本自体が不正の証拠って可能性もあるのよね……いや、流石に考え過ぎかしら」


 やれやれ──と、フューリアは首を横に振り、再び部屋荒らしに戻った。


「でもまぁ、日記みたいなのがあれば少しは中を確認しておくべきかしら。日記……というか、帳簿?」はてと、首を傾げた。「多分帳簿ね。学校の資金を不正に流用してるかもしれないのだし」


 でも──と、独り言つ。


「教頭って帳簿とかつけたりするのかしら。お金の管理をする人間は別にいるはずよね……?」


 本を開き、小口を下にして縦に振り、そして投げ。


「……と言うか、そもそも教頭って何してるのかしら。歩き回る以外の仕事をしてるところを見たことないんだけど」


 言ってから、「いやいや」と、首を横に振った。


「歩き回るのは仕事ではないわよね。もしかして閑職……? でも、扱いに困った人間のお払い箱とも思えないし……」


 作業の手を止めることはなく、彼女はブツブツと、頭に浮かんだ疑問を口にしていた。


 そして、赤い背表紙の本に手を伸ばす。


 しかし、本を取り損ね──フューリアは「ん?」と、目を向ける。


 彼女が取ろうとしていた本は、他の本に比べると、少し小さく、引っ込んでいた。


 だから掴み損ねたのかと、彼女は更に腕を伸ばし、本に手を付ける。


 すると、ガコン──と、沈み込むような感覚があった。


 途端、ズズズと、本棚が音を立て始めた。


「え? ……何?」


 本棚がひとりでに、横へずれていく。フューリアは後退り、距離を取っていた。


 そして、本棚の動きが止まる。


「これは……」


 出現したのは、隠し通路のような物だった。恐る恐る覗き込むと、奥には階段があり、どうやら下へと繋がっているようだった。


「…………」


 そう言えば、と。


 彼女は考える。


 現在フューリアがいるのは校舎の三階、その端にある教頭室だが、間取りを考えた際、そこには少し違和感がある。というのも、その外側の壁が異様に分厚いのだ。他の場所も壁が厚いというのであれば、魔法的な攻撃を受けた際にも簡単には崩れないようにするため、敢えてそういう構造にしているのだ──と考えることも出来たのだろうが、別にそういうわけでもない。では、そこには備品を入れておくための倉庫のような空間でもあるのかと思えば、倉庫は倉庫で別に用意されており、そこに這入るための入り口も存在していなかった。


 怪しい。


 怪しくはある。


 とは言え、これまでフューリアは、それについてそれ以上の興味を持つこともなかったので、特に深く考えることはしてこなかった。建築の際の不手際で出来てしまった無駄な空間でしかないという可能性だってあるし、元あった壁が腐敗したり損傷したりして、それを増築することで補修しただけという可能性もある。なにぶん古い建物ではあるので、どんな理由があっても不思議ではなかったのだ。


 だがこうして、下に続く、見るからに怪しい隠し階段を見つけてしまった。


 自然、足は動く。


 カツ──と、石畳を踏む音がした。


 △▼△▼△▼△


 せっかくサクラが途中まで掃除を済ませてくれていたわけなので、どうせだからと部屋全体を改めて掃除し直すことにし、自分は室内の家具をひっくり返していきながら、三十分ほど掛けて掃除を終わらせた。ひと月も生活していればそれなりに汚れも溜まっているもので、それなりに苦労させられてしまったが、しかしまぁ、終わってみれば気分はよく、今は窓を開けて空気を入れ替えつつ、昼をどうしようかと考えていたというわけだった。


「今から王都に行くのもなぁ……わざわざ行ってまで食べたいようなものもないし……」


 窓の外に顔を出し、吹き抜ける温い風を頬に浴びて、そう呟いた。


 王都の外食は決して不味いとは言わないのだが、普通に食べて満足できるレベルの味ではあるのだが、やはりどうしても、一人で食べに行くほどの価値は感じられない。誰かと一緒であればそれも付き合いの一環として許容出来るが、つまりはその程度でしかない。


「かと言って、今から自分で作るのもなぁ……」


 王都で適当に食材を買い込み、屋敷に戻ってそれを調理してしまうというのもありなのだが、そこまでするのもやや面倒に感じる。


「なら……んん……学食でも行ってみようかな……」


 学生食堂の方へ視線を向けた。


 入学してすぐ王女の計画に巻き込まれたこともあり──別にそれだけが原因というわけでもないのだが──何だかんだで、学食には行ったことが無かった。


 これに関しては王都の飲食店と違い、入学前に確かめに行けるものでもないので、入学してからいつかと考えていたのだが、授業のある日は王女に付き合わされ、休日は朝から晩まで屋敷にいるような生活をしていたので──まぁ、行こうと思えば行けないこともなかったのだが、行こうと思い立って行くような場所でもないだろうと、後回しにしていたのだった。


 サクラが壁に掛けたローブを再び手に取ると、それを羽織り直す。


 財布に金が入っているかを確認すると、それを懐にしまい込む。何があるか分からないので、この際、間違っても盗られやすいポケットには入れてはいけない。


 部屋を出て、廊下を歩いて行き、階段を降り、外に出た。窓から飛び降りてしまってもよかったと、ここまで来てから思った。


 なので再び部屋に戻り、窓からぴょんと飛び降りて部屋を出直した──というようなことをし始めればいよいよアホとしか言いようがないので、自分はその場で右左と首を回し、学生食堂のある方へ視線を向けると、すたすたと歩き始めた。


 寮から目的地の間には、人の姿がチラホラと見られる。


 昼を食べ終えた者、これから食べようと考えている者、特に食事とは関係なく、食堂へと向かう者。


 そして。


「ようリュカ。ここで見かけるのは珍しいな」


「ですね」


 ユージーンとミルコが、ちょうどそこにはいたのだった。彼らは自分を見つけると、片手を上げながら近づいて来た。


 自分と同じ時間に教室からは出ているはずなので、そこから考えるとやや遅い昼食なようにも思えたが、何か用事でも済ませていたのだろうか。


「用事? そんなもんないぜ。……まさかお前、学食初めてなのか?」


 ユージーンは言い、尋ねた。


「そうじゃないですかね? ここしばらく、王女様と一緒にいましたし」


 すると、ミルコがユージーンの方を向き、答えた。


「そういえばそうか……。かぁーっ、羨ましいもんだな」


 喜怒哀楽のどれかよく分からない表情で、ユージーンは言う。


「まぁ、僕達が今ここにいるのは、何かしてたからというわけじゃないんですよ」


「はぁ。人が多かったからずらした……ってこと?」


「それもないとは言わないけどな。でも一番の目的は……」ユージーンは辺りを見回してから、小声で言った。「これくらいの時間になると、余り気味のメニューがちょっと安くなるんだよ」


 別に小声で囁くようなことでもないだろうと思った。


「食費は少しでも節約したいですからね。仕送りだけじゃ、正直自由に出来るお金はほとんどないんですよ」


「な。その点、リュカはその辺の下級貴族より仕送りとか多そうだよな」


「平均が分からないから何とも言えないけど……まぁ、そうかもね」


「はぁ……順風満帆って感じだな。にしては嫉妬したりとかもあんまりないんだけどよ」


 ユージーンは不思議そうな顔をして言った。


「行くとこまで行けばそれもやむなしですね。中途半端に上手くいってるからこそ嫉妬出来るんですよ」


 ミルコのその言葉は、絶対ではないのだろうが、核心を突いているように思えた。


「かもな──まぁいいや、取り敢えず這入ろうぜ。色々教えてやるよ」


 背を向け、ユージーンはついて来いとばかりに歩き始める。それについて行き、食堂に這入ると、先に空いている席を確保。ミルコが席を取っておくと言ったので、自分はユージーンと料理の注文に向かい、彼からシステムなどの説明を受け、注文を済ませた──説明の分の礼も同時に。


 そして渡された料理を計三人分受け取ると、席を確保していたミルコの方へと戻った。


「戻りましたか……って、あれ? 今日はそれだったんですか?」


 ミルコは渡されたものを見て、ユージーンに尋ねた。それだった──というのは、材料があまり気味なために値引きされていたメニューがという意味なのだろう。


 しかし、そうではないと、ユージーンは首を横に振った。


「いや、これはリュカが奢ってくれたんだよ」


「そうなんですか!?」


「色々教えてくれた礼だってよ。別にそういうつもりで教えてやったんじゃないんだけどなぁ〜」


「分かってる。だから払ったんだよ」


 金欠だの何だのと話をしてはいたものの、学食のシステムなどを説明していた時のユージーンは、それをただただ善意で行っていた。だからその善意には何らかで返そうと思えたまでだ。


 しかし、これも言い方を変えれば『自分が彼らに借りを作っておきたくないと考え、その場で即座に礼をし、借りを返した』ということにもなってしまうのだから──勿論そんなつもりで食べたいものを選ばせたわけでもないのだが──この行為は、場合によっては失礼と受け取られかねない。


 まぁ、この程度の貸し借りなら、気にすることもないのかもしれないが。その辺を貴族という生き物がどう捉えているのかについては、そのうち探りを入れておいた方がいいだろうか。


「そうなんですか……いやぁ、ありがとうございます」


「助かるぜ。これは中々余らないからな」


 ユージーンは自分の分のトレイを置くと、席に座りながら言った。


「人気なの?」


「まぁ、どれも美味いんだけどな。これがとりわけ人気なんだよ」


「へぇ……。美味しいんだ」


「そうなんですよ。今年に入ってから色々変わったんでしたっけ?」確認するように、ミルコはユージーンを見た。そしてこちらに視線を戻す。「それもあってか、メニューの質が上がったって、この間先輩達が話してたのを聞きましたよ」


「制服もそんな感じだったよな。そう思うと、ちょうどいいタイミングで入学出来たんだよな、俺達って」


「逆に言えば、今年卒業した人達はなんか残念な感じですよね」


「だな」


 そこで一度会話を切ると、冷めないうちにと食事を始めた。確かに味のレベルは高い。


 そして、食事の途中。


「それで? リュカ。お前はどこまでいったんだ?」


 と、ユージーンはやや小声で尋ねた。ミルコもその言葉に手を止め、目だけを左右に動かしている。


「どこまで? 何が?」


「そりゃお前、王女様との件だよ。分かるだろ?」


「王女? あぁ……どこまでって、そういう……」


「もう一ヶ月も経つわけだし、流石に何か無いとおかしいだろ?」


「ですね。デートは繰り返してたみたいですけど、そ、その先……みたいなのは?」


「……はぁ。無いよ、二人が思うようなことは何も」


 男子でも恋バナとかには興味あるのか──そう思って聞いていたが、これは単に下世話な好奇心だった。


「そんなわけないだろ。あんな仲良さそうにしてたのによ」


「ここだけの秘密にしますから、ね?」


「いや、別に隠してるとかじゃないんだよ」


 改めてそう言った。


 噓だった──根本の部分から大きな隠し事がある。


 あまり下手なことを言うと本当の事に感づかれないとも限らないので、何を聞かれても黙っているしかない。


 二人は「噓だぁ」というような反応を見せていたが、いくら尋ねても思うような答えが返ってこないと、その内掘り返すのを諦めた。


 しかし、あの王女。上手くやっているのだろうか。


 △▼△▼△▼△


 コハクらを呼び戻し、ゲートを閉じたサクラは自室で服を着替えると、既に全員が集まっている会議室へと歩みを進め、扉を開いた。木製の重たい扉がそれに見合った音を立てながら開かれると、部屋の中から微かに聞こえていた話し声が止み、室内にいた全員の視線がサクラを出迎える。サクラはテーブルの方へと音もなく歩いて行きながら、全員の顔を見回し、そこにいることを確認をすると、席に着いた。


 そして一つ息を吐いた後、サクラは桃色の瞳を細めて言った。


「アジサイから聞いているとは思うのだけれど、奴らは今宵動く──」


「ようやく」サンゴは言う。「この時が来たというわけですか」


「えぇ。これまで多少の被害は見逃すほかなかったけれど、これでやっと片付けられるわ。……終わらせてやれる」


 サクラは黒い笑みを浮かべた。


「しかし……サクラ様」クロユリが口を開いた。「我々は王都中に点在する拠点等の破壊、構成員の殲滅が主な任務だとのことでしたが……」


「そうね。私とアジサイは少し別行動をとらせてもらうことになるけど」


 クロユリは頷き、「それで」と言って続けた。


「話は少し変わるのですが、一つよろしいでしょうか」


「いいけど……何?」


「今回の作戦とは……直接の関係は無いのですが、一つ組み込みたいと考えていることがありまして」


「組み込みたい……と言うと?」


 はいと言って、クロユリは王都を示す地図を広げると、赤いペンでいくつかの個所に丸を付けていった。サクラやアジサイ、サンゴらがそれを目で追う。


「簡潔に言えば、今指定したこれらの場所を、どさくさに紛れて更地にしたい……ということです」


 ペンを仕舞いつつ、クロユリはそう言った。


「奴らとは何の関係もない場所を……ということ?」


「私達が商売をする上で邪魔な場所に店や居を構えているので、この際全部片づけて、王都をこちらの都合のいい街に作り替えてしまおうかと考えております」


「それは……まぁ、必要なことだと言うのなら止めはしないわ。ただ、全体指揮はサンゴが執ることになっているから、私の一存では決められないわね」


 サクラはそう言いつつ、サンゴに視線を送る。


「ふむ……。これを見る限り、可能だとは思います。が、しかし……」


「しかし?」


「やや露骨では? 邪魔な場所を潰しておくのは結構ですが、しかしそれでは、ハナゾノ商会と今回の作戦を紐づけられかねません」


「なら──いっそ王都全域を更地にしちゃえばいいんじゃない?」


 ルリがニヤニヤとした顔で言った。


「それは出来ませんよ。破壊してはいけない場所もそれなりにあるのですから。まぁなので、やるとすれば、それ以外にも適当な場所をいくつか破壊し、目的を悟られにくくする……くらいでしょうかね。適当にとは言っても、ある程度計算して散らす必要はあると思いますが」


「それなら出来そうなの?」


「出来ますよ。一部面々の仕事が少し増えるだけで済みます」


「……なら」珍しくヒスイが声を出した。「……折角なら、王都の西……の、この辺……」地図に大きめの丸を描く。「今後そこに作りたいものがあるから……広めの土地を確保しておいてほしい……」


「広めの土地? 用途不明の土地を管理し続けるほどの余裕はないんだけど?」


 クロユリは首を傾げ、訝しげに言う。


「盟主から教わった蒸気機関……これが上手くいけば……鉄道を敷ける……」ヒスイは間を開け、溜息を吐いてから続けた。「敷くのはずっと先になるだろうけど……この際じゃなきゃ、必要な物を作れるだけの敷地、確保出来ない……」


「なるほど……」


 言われて、クロユリは考え込む。


 実際、期間にもよるのだろうが、商会が現状の儲けを維持、あるいはここからさらに商売を展開することが出来るのなら、王都に用途不明の土地を一つ二つ持つことくらいはどうということもないのだ。時期が来るまでは適当に倉庫でも建てて貸し出すなりなんなりすれば利益は生み出せるのだし、それで完全に回収が出来るのかどうかは別としても、今後必要になった際に改めて土地を確保しに動くことと比較すれば、その間に出る損失は──大目に見ることも出来よう。無かったことにはできないにしても、どうせ必要なことではあるのだし、それにそうでなくとも、ハナゾノ商会で取り扱う商品はそのほとんどがヒスイの発明した品。無茶を聞き入れる真似はしないが、無碍には出来ない部分がある。


「……では頼みます」


 クロユリはそれ以外にも計算等済ませると、サンゴに目を遣り、そう言った。


 受け取ったサンゴは、それをそのままコハクとルリの両名に流した。


「了解です。ということですので、コハクとルリはそのおつもりで」


「うん、知ってた。もういいよ。というかどうせ拒否権とか無いんでしょ?」


「普段であれば別に断ってもらってもいいんですがね。このような場合には素直に引き受けていただけると助かります」


「はいはい。じゃ、頑張ろっか!」


 ルリはコハクの方を見て、満面の笑みを浮かべた。これから破壊活動を行おうとする者の浮かべる表情とは思えないほど、晴れ晴れとしていた。


「あぁ……」ルリに曖昧な返事をし、そのままコハクは首を横に向ける。「なぁサクラ。途中で出てくる騎士だとか衛士みたいな連中は殺しても大丈夫なのか?」


「必要とあらば殺してしまって構わないけど……とうして?」


「いや……下手に減らしすぎると王都全体の治安が悪くなりそうだし、他の国に変な気を起こさせかねないんじゃ無いかと思って」


 サクラは絶句した。


 そんなことを考えられるようになっていたのか──と。


 いや、決して馬鹿などではないということは知っていたのだが。


「最近向こうで特定の魔物ばっかり狩ってるから、そうなることも多くてな」


 コハクは呟いた。


 生態系というものに深く関われば関わる程──そういった面について考えさせられることも多くなるのだった。


 森の強者を倒せば、それが誰の仕業であれ、上位者を失ったことで相対的に上位に躍り出た動物や魔物が調子付き始める。言うまでもなく、森の強者が倒れたということは、それをした──つまりは強者を狩る強者が存在するわけで、それを理解している個体は下手に動いたりすることもないのだが、しかし自然の中においてそのような個体は圧倒的に少ない。


 そしてそれは、人間社会においても同じことが言える。


「……サンゴ、どうする?」サクラはサンゴに振った。「私としては騎士団には適度に弱体化してもらう必要があると思っているのだけれど」


 国王を守護する近衛騎士にしろ、王都を守る騎士団にしろ、国を守る国軍にしろ、サクラ達にとって、力を持っていられては不都合な存在である──尤も、『教会』の保有する尖兵らに比べれば、さしたる脅威でもない者共ばかりでもあるのだが。しかし例えそうであったとしても、今後支配を進めていく上で、民衆が頼ることの出来る武力集団の存在は都合が悪い。


「あ、あの……」そこに、スズランが恐る恐るといった様子で手を上げ、口を開いた。「私は……その、反対です……。王都の商会が……その、来る人が多いので、あまり治安が悪化したら……」


「確かにそうね」クロユリが頷き、続きを述べる。「現状、商会は軌道に乗っている最中で、それも客層が固まっていないということもあり、非常に多くの、あらゆる客が日々押し掛けているような状態です。それでも大きなトラブルになどは繋がっていませんが、それは街中を巡回している衛士や、いざとなったら出張ってくるであろう騎士団の存在が非常に大きく──無論、従業員だけでもトラブル程度には対処できますが、しかしトラブルなど、可能ならば起こらない方がいいわけですから、その抑止力の為の騎士団などには、今の時点であまり力を落とされてほしくありません」


「そうですね。私も騎士団などには今後弱体化してもらうつもりでいますが、今回である必要は無いと思います。今はまだ使い道があるわけですし。それに、今回の作戦の影響でしばらくは治安の悪化が予想されるわけですから、その対処を押し付けるという意味でも、無視してしまって構わないかと」


 そう最後にサンゴが言うと、サクラはその視線をコハクとルリに向ける。


「……と、いうことよ。よって、不可抗力以外の殺傷行為は禁止ということにするわ。必要なことを済ませたら一も二もなく撤退しなさい。特にルリ」


「え? 何で僕?」


「無駄な事ばかりするからよ」


「無駄なことはしてないと思うんだけどなぁ。でもまぁ、今回はやることも多いしね。さっさと済ませてさっさと退くよ」


 それでいいわ──そう言って、サクラは話を続けた。

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