035
「そう言えば、主は虫がお嫌いだとか」
サンゴにチェスで惨敗し続けること幾星霜──初見の将棋でならば一勝くらいはもぎ取れるのではと、やや、否、かなり卑劣なことを考え、木材を切り出して作った将棋盤と駒を持ってウキウキで屋敷を訪れたのが今日のこと。
果たして、駒の動かし方を説明し、チェスとは微妙に異なるゲームルールを説明すると、もしかしたらなどと抱いていた淡い希望は一戦目にして打ち破られることになった。
ルールを説明したのがそもそもの間違いだったのだろうか──などと、それをし始めたらもうゲームにすらならないだろうというようなことを考えさせられてしまうあたり、やはり彼の才能は本物だ。いや、ルールやコマの動かし方など説明せずとも、勝手に理解して勝利をもぎ取ってきそうなあたり、本物以上の何かなのかもしれない。
次はどうしよう。麻雀でも持って来ようか。牌を作るのは大変そうだし、役や点数を思い出すのも一苦労だろうが。しかし運要素の大きいゲームであれば、いくら相手がサンゴであってもそうそう圧勝されたりはしないはずだ──もし負けても運の所為に出来るという利点もある。
尤も、今そんなことを考えているこの段階で、既にサンゴに勝つ自分という存在が想像出来ていないのだが。
想像出来ない自分になれるかと言われれば、そんなわけもなく。つまり、そういうことなのだろう。
ただ、多少なりとも運が絡むと来れば、自分が相手でも少しは楽しんでもらえるのではないか、と考えた次第だ。チェスや将棋では正直、もうサンゴの相手はしてやれない。負けるのは当然のこととして、喰らい付くことさえ困難なのだから、サンゴからすれば退屈極まりないだろう。いっそ、自分の力でサンゴに勝つことを目指すくらいなら、高性能な人工知能の開発でも目指した方が勝算は高いかもしれない。
──と、勝負が決まると、サンゴはそばに置いてあった茶を一口飲み、尋ねた。
眼鏡の奥の視線は、こちらに向けられている。
「そうだけど。……コハクから聞いたの?」
先日、そんな話をした覚えはある。巨大な蝿の魔物を倒した時だったか。
ただ、その話が速攻で筒抜けになっているのなら、秘密も何もあったものではなさそうだった。
「はい。何か特別な理由でもおありになるのではと思いまして」
この口ぶりからして、虫が嫌いだというところまでしか伝わってはいなかったのだろうか。あの時はなんと答えたのだったか、もうあまり覚えてもいないが。
「別にないんだけどね。何となく気持ち悪いってだけで。あとは、動きが読めない事かな。急に飛び掛かって来るでしょ、あいつら」
いくら相手の手を読み切るサンゴとて、虫の動きや思考までは読み切れまい。
「確かにそうですね。何を考えているのか分からない相手と言うのは、やや、やり難さがあるかもしれません。中途半端に賢い方が、こちらとしては扱いやすくて助かります」
「あとは……何だろう。群れることとかかな」
うじゃうじゃ──と。
同じ形状の生き物が群れている光景と言うのは、かなり気分の悪い光景だ。いや、流石に人の群れを見てそう思うこともないが──ただでさえ気持ちの悪い見た目の虫が群れているから悪いのだろうか。バッファローの群れを見て気持ち悪いと感じたこともないのだし。
まぁ、これに関しては前世で見た何かがある種のトラウマになっているのかもしれない。
「群れ……ですか」サンゴが顎に手を当てて呟く。「なるほど、矮小な存在がわらわらと群れているのがご不快だと」
虫をわざわざ言い換えた理由が分からないが、つまりはそう言うことだ。
「あ……。アレかな……」
そして、そこで一つ、思い出した。
「どうしましたか?」
「蝗害。アレが記憶に残ってるから……なのかな」
「コウ……ガイ?」
蝗害。
それは、大量発生したトノサマバッタなどが引き起こす、群生行動による災害を指す。
十や百では済まない数の飛蝗が一斉に動いては、通り道にある草や農作物を喰い散らかしていくのだ。食欲が跳ね上がり、繫殖速度も高まった飛蝗の群れの進撃は、人間にとっての脅威。農作物を喰い散らかしていくということから、蝗害は食糧不足や飢饉とセットで語られることの多い現象──というか、主な被害はそこだ。
とは言え、それは主に乾燥した地域で発生する現象で、日本では環境的にそれが起こりづらい上、殺虫剤などが普及した現代では既に過去の事だったが、しかし自分は生きている間にそれを目撃している。優に数千万匹もの飛蝗が発生していたのだという。
アレは悍ましいという言葉以外に相応しいものが無い。
トラウマになっているのだとすれば、恐らくはそれなのだろう。
「バッタ……ですか?」
「見たことない?」そう言ってから、思い返して気が付いた。「いや、そういえばこの辺では見たことないな……」
生息していないのだろうか──そもそも世界が違うのだから、同じ生き物がそこに当然のように存在すると考えるほうがおかしいのだが。
「うーんと……」席を立つと、サンゴに言って紙とペンを借りた。そしてうろ覚えながら、飛蝗の絵を描き出していく。「こんな感じのやつなんだけどね」
「なるほど。確かにあまり好ましい外見ではありませんね。どのような色をしているのでしょうか」
「色……、基本的には緑か、あるいは薄い茶色かな。斑点みたいなのもあった気がする」
「緑や茶色……ですか。生息地や、普段餌としている植物の色に合わせていると言ったところでしょうか?」
「だろうね。パッと見じゃ草と見分けがつかないのに、そんな場所から勢いよく飛び出て来るんだよ」
飛蝗、螽斯、蟷螂。あの辺は基本的に草に紛れて飛び掛かってくるので質が悪い。
「これが大量の群れで飛翔して、作物を喰い散らかしていくんだよ。そういえば、どっかの誰かが雀……飛蝗みたいな虫を食べる鳥を狩り尽くして、この蝗害を引き起こしてたかな」
かつて受けた世界史の授業を思い返し、呟く。
中国の話なので、詳しい話をしても仕方がないのだが。
「それは……」サンゴは目を険しくさせ、意味深に呟く。「他国の謀略でしょうか?」
「いや、自国の政策だよ」
確か千五百万人以上もの人間が死んだのだったか。病原菌を運ぶ害虫や害獣を駆除しようとした結果が自国民の駆除では、笑い話にもならない。
「……?」サンゴは目を剥き、そして心底不思議そうな顔をした。普段あまり動揺したりする様子を見せない彼にしては、割合珍しい表情であった。「何故、そのようなことが……?」
「さぁ。強いて言うなら、一つの利点に目を取られたからじゃないかな」
「一つの利点……」
病原菌などの話をしても分かりづらいかと、例え話をすることにした。
「例えば。町の近くの森には凶暴な魔物が棲みついていました。その魔物は森に山菜や木の実を採りに行った人を襲うので、町ではその魔物を殲滅しようという話が持ち上がりました。ですが、人々がその魔物らを殲滅すると、今度は山菜や木の実が全く採れなくなってしまいました──」
そこまで言うと、サンゴが口を開いた。
「なるほど。その凶暴な魔物の他に、木の実などを主食とする別の魔物や動物がいたということですか」
流石に理解が早い。
「そう。そしてその凶暴な魔物がいなくなったことで、木の実を食べる魔物は野放しにされてしまった。結果として、食料が採れなくなってしまった……っていう話。安全性ばかりに目を向けて、それをすることで起こる別のデメリットに目を向けなかった。メリットだけを享受したいと考えるのは、当然と言えば当然だけど、でもそう上手くはいかないからね」
「この場合は、その魔物が虫を食べる鳥であり、木の実を食べる別の存在が、この虫になると……とんだ伏兵ですね」
「言うほど隠れてもなかったとは思うんだけどね。情報共有の不足だとか、いろんな事情があるだろうから、そう言った部分も大きいんだと思う」
「勉強になります」
勉強になるところがあったのかは甚だ疑問だが、そう言うのならそうなのだろうと、頷いた。
それからはチェスに引き続き将棋でも連敗記録に数を積み上げると、また別の話をし始めた。
「そう言えば、イリーナの教育は順調? スケジュールはサンゴが立ててると聞いたけど」
「彼女ですか。はい。基本的には問題ありません。それなりに物分かりもいいので、予定より少し早く進められているくらいです」
「そうなんだ。なら特に困ってることっていうのは、無さそう?」
「困っていることですか。そうですね……特には無いかと」
「必要そうなこともない?」
サンゴは少し考える素振りを見せてから言った。
「定期的に彼女を褒めていただければ、と」
「それでやる気が出るのなら、まぁ、それくらいはお安い御用だけど……」
「彼女、やる気を引き出すこと自体は結構簡単なのですよ。適当に褒めて煽ててやればそれで十分──なのですが、同じ相手にばかり褒められ続けていれば、流石に効力が薄れてしまいますので」
「……そうなんだ。じゃあ、間をおいて褒めることにするよ」
「そうしていただけると。ですが……」
「ん?」
「どうして彼女を学園に連れて行こうと?」
「どうして……というと?」
「いえ、彼女を飛び級合格させてまで同時に入学することに、一体どのような意図があるのかと思いまして」
「意図……ねぇ」
そんなものはない。泣かれたから、どうしようかと考えた末に連れて行くと約束してしまっただけだ。
しかも、約束した上でそのほとんどをサクラ達に押し付けているのだから、全く、自分の事ながらどうしようもない。この件についての文句は甘んじて受け入れるし、罵りも黙って聞き入れるつもりでいるが。
ただ、強いて言うなら。
「まぁ……姉ちゃんと似たところあるし、仲良くなってくれるかなと思って」
そんなところだった。
向こうで友達が出来るかは分からない。だがそれでも、イリーナが仲良くなってさえくれれば、一人は友達を確保出来るというわけだ。二人一組で何かをやれと言われても、二人で組ませることが出来る。自分は……まぁ、どうにかするとしよう。どうにかは出来るだろうし、どうにでもなることだろう。
「仲良く……ですか」
「それに、向こうには貴族としての立場もあるわけだし、一緒にいれば多少は周囲への牽制にもなるかなって」
「なるほど。それは確かにそうかもしれません。しかし、そんな方法で牽制する必要があるのでしょうか?」
「え?」
「下手に手出しをしてくるようなら、そのまま焼き払ってしまえばよろしいのでは?」
「暴力はちょっと……」
「武力です。相手が敵対を示したのなら、それに応じることの出来る力を持っているのだということを、こちらもまた相手に示す必要があると私は存じます。それもまた、対話の一つかと」
「そう言われると……そうな気もするけど。でも、いきなり全力全開で応じるのは……やり過ぎかな」
「そうでしょうか」
「……僕一人なら、それでもよかったのかもしれないんだけどね。でも、姉ちゃんもいるわけだから、下手なイメージを持たれたくないんだよ」
学園は友人を作る場所でもある──というのは、かつての感覚が抜けきっていないのかもしれないが。だが、この世界の学園もその側面が無いとは言えないはずだ。その際、「エレインの弟は平気で人を焼く」などという噂が、それを邪魔してしまってもいけないだろう。
なので、自分一人ならそれでも構わないと言ったのは、別に噓でもない。下らないちょっかいをかけてくるというのなら、相応の態度という物もあるだろう──尤も、エレインがいなければ学園に行こうなどとも思わなかっただろうが。
「…………」
だが流石に、サンゴの今の発言はどうなのだろうか。攻撃的と言うか、暴力的と言うか、物騒と言うか。
まぁ、そういう時期もあるか。
「でもまぁ……対話か。確かに、牽制して、それで何もかも済ませた気になって黙り込んでいたら……何も解決はしないか」
牽制──それは抜き身の刃物を見せた状態。あるいは、柄に手をかけ、いつでも引き抜けるようにした状態。来るのならやるぞと、意思表示をした状態。
その状態のまま黙り込めば、周囲からはどう映るのか──考えるまでもない。
まだ先の事だが、振る舞いについては考え直さなければ。
「それを思うと……。ここの皆は、ちゃんと喧嘩したりしてるの?」
ちゃんと喧嘩をするというのも、これまたよく分からないが。
喧嘩なぞ起こらない方がいいとは思うが、しかし全く喧嘩の起こらない空間というのが健全な空間だとも思ってはいない。
「そうですね……あまり喧嘩している光景というのは見かけませんが……」サンゴは思い返すように視線を泳がせた。「お互い割とハッキリ物を言い合っていますので、対話自体は出来ているのではないかと」
「あれこれハッキリ言ってたらそのうち喧嘩になったりしないの?」
「いえ。ハッキリ言うとは申しましたが、何も悪口の言い合いをするというわけではありませんから。それに、もしその言い合いが熱を帯びたとしても、絶対的な裁定者がおりますので」
「サクラの事?」
絶対的な裁定者という単語で彼女を想起したわけではない。この屋敷の中でそれが出来るのは誰かということを考えた時に、思い当たる人物が一人しかいなかったというだけのことだ。
「はい。あの方は我々が諍いを見せるのを好みません。無論、皆心中では同じことを考えておりますが──」
「特にその色が強いと」
サンゴはゆっくりと頷き、続けた。
「まぁ、だからこそ安心して物を言えるという側面はあります。いざとなったら止めに入る者がいてくれるという安心感は、やはり大きいのかと」
「…………」
やはり、サクラには色々と押し付け過ぎか──そう思わされた。
△▼△▼△▼△
「──さて」スズランから進捗の報告を受けたサクラは、そう言って手を叩いた。そしてサンゴを見遣る。「サンゴ、例の計画について話があるとのことだったけれど」
リュカが屋敷から帰った後、サンゴからそのあたりについての話は受けていたのだ。しかしその時はサクラ自身が作業中だったことと、夕食後に会議を予定していたことから、後回しにしていたのだった。
サクラからの言葉を受け、サンゴは一つの咳払いの後、口を開いた。
「はい。西部地方の辺境領独立計画についてですが──」
サンゴは悩んでいた。
計画というのは、隣国であるエルシュールル王国に面した、イーディスティン王国西部地方を制圧、あるいは掌握し、イーディスティン王国から独立させるという物。
これは各国家に根付いた『教会』の引き剥がし作業とは関係なく、今後行われる、リュカを中心とした国家を建国していく上で必要なものだ。
イーディスティン王国とエルシュールル王国の仲は歴史的にもそれほど良いわけではないのだが、イーディスティン王国はエルシュールル王国の、エルシュールル王国はイーディスティン王国との貿易で足りない食料などを賄っている状態なため、いがみ合うほどの仲の悪さでもなく、現状はそれなりの関係を維持している。民間レベルでは敵愾心というようなものも現状はなく、交流も普通に行われている。
どちらにしても亡ぼす運命にある両国ではあるものの、流石に二つを同時に相手取ることも考えてはいないし、一国が相手でも、それを一気に潰しきろうとは考えていない──潰すのなら、一つずつ確実に、だ。
だが、一国に注力するにしても、横槍を気にしなければならない状況は避けなければならない。今の状態では、もしどちらかが大変なことになった際、救援を要請すれば、利害の面からお互いそれに応えかねないのだ。なので、まずはこの二つの国の関係を断ち切るか、もしくは悪化させる必要がある。
そのための計画が、二国間の間に広がる辺境領を独立させ、物理的な壁を作り上げるというものである。壁を作り、交流を妨げ、その上で両国に種を撒いていけば、それらは容易に達成される。
だが当然、この作戦においてもエルシュールル王国を気にしなくてはならない。イーディスティン王国側としては体裁や面子もあるので、あくまで自国の問題としての解決を目指すはずだが、エルシュールル王国としては、両国間を隔てる国家の建国は問題であり、例え救援要請がなくとも妨害に走ることには違いがない。無論、その程度であれば力業で無理矢理突破することも可能なのだが、それを前提に作戦立案をするわけにはいかない。
そこが悩みどころであったのだが、今日、サンゴは天啓を得た。
「独立計画の前段階としまして、両国の辺境で蝗害を意図的に発生させます」
と、サンゴは言い、それから首を傾げる面々に蝗害についての説明をし始めた。
「つまり、食糧不足を引き起こす……と?」
サクラは問い返す。
「はい。飢饉に喘いでもらおうかと」
「それは……」
「当然、甚大な被害を齎して屍を積み上げようという話ではなく、恩を売るための作戦です。実際に売るのは作物ですが」
「なるほど」
「ですが、少々必要な物や下準備が多く……」
「というと?」
「まずご説明しました通り、作物を主食とする虫、あるいは魔物を大量発生させなければなりません。これに関しては先程調べまして、似たような存在が北西部に生息していることを確認しておりますので、問題ありません」
「増やせるの?」
「はい。乾燥した場所で大量発生するそうなので、いくつか野山を焼きます」
「そう……。それで?」
「ですが、この虫を捕食する存在がそのままだと問題ですので、前もってこれの掃討をしなければなりません」
「ならそれはコハクにやらせなさい」
サクラは見もせず、コハクを指差した。
「え? 俺?」
「そうよ。適任でしょう?」
サクラはそこで初めてコハクを見た。
「……うい」
有無を言わさぬ表情に、コハクは口の端を引き攣らせながら答え、それからガックリと項垂れた。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」サンゴは恭しく礼をすると、話を続けた。「それから、恩を売るための農作物の準備も必要となります。これにつきましても、何がどれほどの量が必要になるかは試算しております」
サンゴから渡された資料を、サクラは眺める。そしてそれをクロユリとスズランに回す。
「どう思う?」
問われて、クロユリが口を開く。
「は。こちらでも改めて試算し直す必要はありますが、問題は無いかと。商会を隠れ蓑にしつつ、確保を進められると思います」
「どれくらいかかりそう?」
「この量ですと……」クロユリはスズランに確認を取り、頷く。「そうですね、これをそのまま買い漁って確保するとなると、最短でも半年はかかるかと」
「その言い方だと、別の手段があるように聞こえるけど」
「はい。ヒスイが先日開発しました薬品を用いれば、短縮出来ます」
「薬品?」
サクラは首を傾げる──そんなものを作る予定があっただろうかと。
そんな思いを察し、クロユリはやや言い辛そうに言う。
「……また気分転換にと別の物を製作していたようです」
「……そう。まぁいいわ。それはどういうものなの?」
「植物の育成速度を極限まで高めるという物で、庭の畑で実験しましたところ、本来数カ月かかる作物がほんの一週間で収穫可能なまでに成長しておりました」
「それは……」効能の判然としない薬品を平然と畑に撒いたことには思う所がありつつも、サクラはそれを飲み込んだ。「……凄いわね」
「はい。どうやら主様が使う、土の魔法と光の魔法の複合魔法から着想を得たそうです」
植物を操ることを可能とする複合魔法。
それは見方を変えれば、植物を急速に成長させることを可能とする魔法と捉えることも可能だ。
「副作用は?」
「特にありません。土地を回復させるための肥料としての効果もありますので、連作障害も起こりません。それから、薬品の配合次第で作物の育成度合いなどを調整することも可能だそうです」
おぉ──と、幾つかの声が漏れた。
ある種の革命的発明だった。
「なら、それも合わせて作物の準備は進めることにしましょうか。予算の振り分けは今まで通り任せるわ」
「はい。では後程、サンゴとは話をしておくことにします」
クロユリはそう言って頭を下げる。
「感謝します。ヒスイにも後で礼を言っておかなければなりませんね」サンゴは一つ空いた席に目をやった。「今は何故か不在なようですが」
「流石に呼べなかったわ。こちらの都合で同じものを作らせ続けているわけだから、邪魔も出来ないし。こうなると、人員の増強も本格的に進めていかなくてはならないでしょうね」
「なるほど。また負荷をかけそうですが……何か埋め合わせはするとしましょう」サンゴは呟き、話を続ける。「それからですが、恩を売る過程で、我々以外が物資の援助をしてしまうことを防がなくてはなりません」
「情報や物流を遮断するということかしら?」
「はい。もしそれが出来れば、恩を売るだけではなく、それぞれが国の中央に対して不信感を持つきっかけに出来ると考えております」サンゴは不敵な笑みを浮かべ、言う。「そしてその流れが広がれば……と」
飢饉が起こった辺境に食糧援助をしなかった中央──例えどんな経緯であれ、必要な時、必要な場所に、必要な援助を出来なかったという印象を持たせることが出来れば、現状の王国にとっては相当の深手になるだろう。ただでさえ国王が諸侯の代表でしかない現状で、国防の要を握る辺境領を見捨てたという話が上がろうものなら、それはそのまま致命傷にさえなり得る。
そして、そんな状況下──必要な物資の援助を、それも格安で惜しみなく行う存在を作り出すことが出来れば。
ある程度損失を垂れ流すことにはなってしまうものの、この程度の損失は辺境を独立させた後でいくらでも回収出来る。クロユリやスズランも、そのあたりの事は分かっているのだろう。だから予算の面で真っ向から反対してくることをしなかったのだ。
「何だかアレみたいですね」
と、そんな中、アジサイが呟いた。
「アレ?」
「え? あぁ……昔主様が聞かせてくれたお話に、泣いた赤鬼という物があるんです──」
アジサイはその話を短く纏めた物を語って聞かせた。
「──といった話で……。状況だけを見れば、なんだか似ているなと」
それを聞き、サンゴは眼鏡の奥の眼を大きく見開いた。
「なるほど……そういうことですか」
「……どうしたの?」
「いえ。己の立場を再確認しただけです」眼鏡を直し、サンゴは資料を手に取る。「そうですね、作戦については、これを基に改めて詰めなければなりませんが、現状ではこの方向性で進めて行こうかと考えております」
「分かったわ。ならそのあたりは……サザンカとアザミ……それからルリに任せようかしら」
「「はい!」」
元気に返事をしたのはサザンカとアザミ。
「え、僕もやるの?」
そう言ったのはルリだった。
「あら、出来ないの?」サクラは挑発的な笑みを浮かべ、フッと笑いながら言った。「なら仕方ないわね」
「は、はぁぁぁぁぁ~? 出来ないとは言ってないんだけど。……けど、流石に一人でやるのは負担大きくない? サザンカとアザミはセットなんでしょ?」
「その辺は好きにしなさい。彼が前に言っていたのよ、あまり縛り付けすぎてもいけないだろうと」
「ふぅん……なら、その辺の盗賊だとかゴロツキでも使うのが手っ取り早いかなぁ……。賞金首は殺して売って、それ以外のは調教して……うん」
「好ましくはないけど、作戦や計画が露呈しないのならそれでも構わないわ」
「大丈夫! 使い捨てだから! 使い終わったら魔物の餌にでもするよ」
「そう。ならいいけど」
「でもどちらにせよ、しばらく先の話になるんでしょ?」
「そうね。準備も含めて、多分だけれど、かなり先になるわ」
サクラはサンゴに視線を送る。
「そうですね。準備にかかる期間にもよりますが、そうなるかと」
「ならそれまでは有名な賞金首の情報でも集めて待ってることにするよ。躾も含めて」
ルリはそう言って、足をパタパタと動かし、気分よさげに鼻歌を歌い始めた。
サクラは溜息を吐くと、気を取り直し、次の議題へと移ったのだった。




