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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第霊話
17/70

017

「本当か?」


 イルクス・アルフォード子爵は、執務室にやって来た部下からの報告を聞き、それまで動かしていたペンの動きを止めた。


 仕事中はどんな報告もながら作業で聞き流している彼であったが、久しぶりに耳にしたその報告に、少々驚きを見せた。


「はい。先頃、大急ぎで報告が入ってきまして」


「……そうか」


「詳しい話を聞く前に走り去ってしまったのですが……」


 確認させましょうか? と、問われると、彼は「いや、いい」と首を横に振った。


「今度は回収されるといいのだがな」彼は椅子の背にもたれ掛かると、脇に置いていたカップに残っていた茶を飲み干し、息を吐いてから言った。「全く、親父もとんだ遺産を残してくれる」


「少し前の騒動の時でさえ及び腰だった彼らですから、あまり期待も出来ませんが……」


「そう言うな。命と金を秤に置いて、己の命を優先させるのは当然のことだ」


 少し前の騒動。


 それは、町の近郊に魔神が現れたのではないかという噂に始まる、一連の騒動である。


 一応は丸く収まり、今でこそ落ち着きを取り戻しているとは言え、事件の顛末は、領地を治める彼らにとって、返す返すも苦々しいものだったと言えた。


「それに、あの森のアンデッドは並大抵のものではない。正規兵でもない彼らに押し付けるのも酷だろう」言って、細く息を吐き、声のトーンを落として呟いた。「かの商会のお陰で潤ってきてもいるのだし、この機に軍備の増強なんかも進めたいのだがな。しかしそうは言っても、その前にやるべきことが多過ぎる」


 周辺の有力貴族には既に何度か協力を要請しているが、自発的には動かないというアンデッドの習性も手伝ってか、その反応は芳しくない。アルフォード子爵家は何処の貴族の寄子というわけでもないため、こういった場合にはそれなりの見返りを求められるわけだが、それも難しい。


 かと言って、王国の側にこのことを伝え、派兵を要求するようなことがあれば、上はそれをアルフォード子爵の統治能力に問題ありと判断する可能性が高い。領地の没収などと言うことになれば目も当てられないため、それも選択肢には入らない。


 だが、事は既に子爵領内だけで収められる範疇を超えており、どれもこれも初動を見誤った所為ではあったのだが、アンデッドが積極的には動かないという特性に甘え、組合にそういう旨の依頼を張り出すだけしておいて、放置するしかなくなっていたのだった。


「だが、あの家宝さえ回収されれば……」


 と、彼は重々しい口調で呟く。


「そういえばですが、その家宝。どのようなものなのですか?」


「……言ってなかったかな」彼は視線を遣った。「まぁ、ペンダントに関してはただの形見でしかないのだが。ただ──浄化の宝玉。アレは……アレさえあれば、あの森もどうにか出来るかもしれない……、そんな代物だよ」


「森を……となると、魔道具の類でしょうか? ですが、そんな魔道具は……」


 聞いたことが無い──そう言おうとして、遮られた。


「ただの魔道具なら家宝だなどとは言わんよ。こういえば分かり易いかな。『アレは現代の技術で作られたものではない』と」


「……つまり、古代の……?」


「あぁ。本当かどうかは分からんが、親父が若い頃、何処からか持って帰ってきたものだと聞く。それを起動させることが出来れば、もしかするやもしれんと思っていたのだが……」


「それが森の奥の屋敷の中……というわけですか」


「あぁ。滑稽だろう? 森に這入るためにはその森を浄化する必要があるというのに、森を浄化するためにはその森に這入らなくてはならないのだから。金庫の中に金庫の鍵を入れてしまったようなものだな」


 部下は無言を貫いた。


「ですが、もしそれが効かなかった場合はどうするのでしょうか」


「その場合はあの宝玉を交渉の材料にするか、売り払って兵を呼ぶための資金にでもするか、だろうな。少し惜しいが。まぁどちらにせよ、回収は必須だ」


「なるほど……古代の魔道具であれば……」


 然るべき学術機関や研究機関にでも持っていくことが出来れば、相応の値が付けられるはずだ。その資金があれば、それで以て近隣領地に派兵を要求することが可能になるかもしれない。


「とは言え、今も屋敷に残っているのか、そこだけが心配だがな。中途半端に持ち出して死なれたのでは、今やどこにあるかも分からんからな」


 あの森からは誰も帰還していない。


 しかし──否、それ故に、かつてあの森の奥を目指した人間がどこまで辿り着くことが出来たのかということもまた、分からない。


 下手に屋敷の外に持ち出されていては、森の中全てを捜索する必要さえ出てきかねないのだ。


 最早、祈るしかなかった。


「ですが、それだけでよろしかったのですか?」


「それだけ……とは?」


「いえ、それ以外にも、お亡くなりになられた先代様の屋敷には、高価な品がいくつか存在していたはずでは?」


 そんな部下の言葉を聞き、彼はフッと笑った。


「まぁな。だが忘れたか? ただでさえアンデッドのたむろする危険な場所なのだぞ? 欲を掻いて失敗されるくらいなら、確実に必要な物だけを持って無事に帰還させることだけを考えるべきだろう。大荷物を担がせて途中で襲われては敵わんからな」


「それは……そうですね。失礼をば」


「いや、いい。惜しいと思うのは事実だからな。しかし、それくらいの旨味が無ければ、いくら何でも割に合わないだろう」


 首を横に振り、溜め息交じりに言う。


「まぁ──あの人形に関しては、何とか話を付けて回収してやりたいとは思っているが」


「お嬢様の……でしたか」


「あぁ。あの子が親父から貰った物だ。大切にしていたようだし、それに、親父達にもよく懐いていたみたいだからな。……まぁ、それに関しては私がちゃんと相手をしてやれていないということでもあるのだが」


 そう言って、彼は肩を落とした。


「…………」


 そんな様子を、ドアの隙間から覗き見ていた者がいた。


 この家の娘で、名をイリーナ・アルフォード。父親と同じ銀色の髪で、母親によく似た赤い瞳の少女である。


 今年八つになった彼女であったが、三年前、慕っていた祖父母を突如として亡くした心の傷は、未だに癒えていない。


 その時のことは今でも思い出せる──人が慌ただしく走り出し、怒号が響き渡り、ただ事ではないと感じていたところに、祖父母の死を伝えられた、あの日の事は。


 それは嫌な記憶として、忘れられない記憶として、今なおこびりついて離れてくれないのだった。


 そんな彼女は、ドアから静かに離れると、自室に戻る。服を動きやすいものに着替え、少し長めの髪を左右で纏めると、ベッドに掛けられていた白いシーツを剝ぎ取り、頭から被った──なるべく顔を見られないように、深く。


 そして部屋から出ると、人に見つからないよう慎重に移動し、コソコソと家を抜け出した。


 向かう先は──ウォーマスの森である。


 彼女は人目を避けて森の近くまでやってくると、森の入り口付近に大勢の大人たちがいるのを見て驚きつつ、茂みへと潜り込む──それはかつて祖父から教わった、屋敷への最短ルートである。


 白いシーツを纏った彼女は、木々の中をスルスルと進んでいく。


 その通路にはアンデッドの姿もなかったので──それは入り口での騒ぎが影響していたのかもしれないのだが──彼女はなるべく音を立てないように気を付けながら、しばらくして、屋敷のすぐそばまで到着した。


 懐かしい、その屋敷を見上げる。


 人の手入れが入らなくなったことですっかり古びてしまっていた、記憶の中にあったそれとはずいぶんと違っていたその屋敷を見て、彼女は少しの寂寥感を覚えつつ、シーツを被り直す。


 屋敷のドアに近付くと、そのドアを押す。少し重たかったが、開いた隙間に身体を滑り込ませるようにして、彼女は屋敷の内部へと侵入した。


 ギイ──と音がして、バタンと、ドアは閉められた。彼女はその小さな拳を握り締めると、一つ深呼吸をしてから、薄暗い屋敷の中を歩き始める。


 ここに来た目的は、この屋敷が──自分の大切な思い出が、誰かの手に渡ってしまうことを阻止するためである。


 彼女は三つの頃から五つになるまでを、この屋敷で過ごしていた。


 実際には使用人に連れられ、定期的にここに通っていたというだけの話なのだが、彼女が今よりも幼い頃のことを思い出す時、そこに映るのは優しい祖父母の姿と、この屋敷の事だけであった。


 というのも、彼女の両親であり、この地の領主でもある二人は、その忙しさ故に、娘であるイリーナにほとんど構ってやることが出来ないでいたのだ。それを聞いた先代領主夫妻──イリーナからすれば祖父母である二人がイリーナを不憫に思い、彼女の相手をするようになったのだが、それまでの反動か、彼女は祖父母にあっと言う間に懐くと、暇が出来ては通うようになっていった。


 いろんなことを教わったし、一緒に菓子を焼いたこともあった。プレゼントもたくさん貰ったし、事あるごとにご馳走を振舞ってくれた。イリーナが疲れて眠ってしまうまで、遊びに付き合ってもくれた。何をして、何をしていないのか、それが分からなくなるほどいろんなことをした。


 優しく穏やかで、それでいて愉快な祖父母で──厳しく冷たいだけの両親とは、違っていたのだった。


 そんな二人がこの世を去ったのは彼女が五歳の頃。


 その少し前に家で飼っていたペットが寿命を迎えていたことで、その時には既に死というものがどういうものなのかを理解していた──理解出来てしまった。


 大好きな祖父母に、もう二度と会うことが出来ない──そんな事実を、恐るべき事実を、絶望的な事実を、突き付けられた。


 彼女は心に傷を負い、それでももう一度と、二人の屋敷に行くことを望んだ。持って帰るのを忘れていたお気に入りの人形を、せめてそれだけでも取りに行きたかったのだ──しかし、それは叶わなかった。


 アンデッドの溢れる森と化したウォーマスの森は、もはや気軽に遊びに行けるような場所ではなくなっていたのだ。


 それでも行きたいと駄々を捏ねたが、その時は父にこっぴどく叱られた。結果として、彼女は部屋に篭るようになった──それからしばらくしてのこと。


 何やら町で、とある依頼が張り出されるようになったのだという話を聞いた。依頼の主は領主──他でもない彼女の父親で、その内容は、祖父母の家にまで行き、家宝とやらを回収するというもの。その依頼を達成した暁には、多額の報酬と、それから屋敷を丸々手に入れられるのだという。


 家宝というものが何なのか、当時の彼女にはよく理解出来なかったのだが、訊いて曰く、大事な宝物の事を言うのだと知った。


 その時初めて、彼女は明確に親に対する怒りを感じた。


 宝物──そんなものの為に、あの屋敷を誰かに渡してしまうのかと。


 祖父母の死を悲しむ様子さえ見せない父親の姿が──これまで辛うじて人間に見えていたその姿が、まるで化物か何かの様に映り始めるのを感じた。


 そしてその依頼は、実に何人もの人間が、多額の報酬を目当てに受注するようになったのだという。その報告は逐一挙げられていたのだが、彼女はその話が出るたび、ハラハラとした。もし回収に成功されてしまったら、思い出の沢山詰まったあの家は、自分が大好きだったあの家は、自分のものでなくなってしまうのだ。


 失敗してと、彼女はひたすら祈り続けた。本当なら自分で行って止めたかったが、それは出来ないと分かっていたから。


 すると、その祈りが届いたのか、誰一人としてその依頼を達成させることはなかった。そしてそのうち、誰もその依頼を受けることはなくなっていった。そのことに彼女は安堵した。


 このまま誰も受けることが無くなれば、いつか自分がその家宝を取りに行ける──と。


 そうすれば、あの屋敷は自分のものになるのだ──と。


 そう考えていた。


 しかし今日、その報告は上がった。もう誰も受けないだろうと考えていたイリーナにとって、それは青天の霹靂であった。


 もしかしたら──と、そんな考えが脳裏をよぎった。


 いつものように失敗してくれるかもしれない。


 けれど、もし成功してしまったら──あの屋敷は。


 ならどうするかなど、考えるまでもなく、自分の中にその答えはあった。


 だからこうしてアンデッド犇めくウォーマスの森の奥、この屋敷までやってきたのだ。


 彼女は被ったシーツを握り締めて、のそのそと歩く。


 森の奥ということもあり、窓から差し込む光が乏しいため、以前は廊下中の照明が灯されていたのだが、今はそれが無い。てっきり屋敷の中は明るいものと考えていたために、その誤算は大きかった。


 不安で泣き出してしまいそうにもなるが、その度、彼女は祖父母の事を思い出し、前に進む。


 こんなことをしてることがバレたら怒られるということに対する恐怖なのか、それともアンデッドに襲われるかもしれないという恐怖なのか、ただ暗闇に対する恐怖なのか、それすらも判然としない中、彼女は竦みそうになる足を必死に動かす。


 そして、二階へと上がったその時。


 一階から、ドアが開き、閉まる音が聞こえた。心臓がバクバクと鳴る音がうるさかったが、その音だけははっきりと聞こえた。


「……!?」


 分かってはいたことだ。


 誰かが依頼を受注したのだから、いずれここにもやってくるだろうということは、考えれば当たり前の話であった。


 だがしかし、恐怖により極限状態に近かったイリーナに、そんなことを考える余裕はない。


 結果として、誰が這入ってきたのかを確かめることもなく、彼女は一目散に走り出した。


 △▼△▼△▼△


「……おかしい」


「どうしたの?」


 アンデッドに襲われたりするようなこともなく、極めて順調に森の中を進み、無事に屋敷に到着した──当初の予定通り、森の中に怪しいものがあったりしないかは探してみたのだが、特にそれらしいものも見つけられず、あまりこだわり過ぎるとキリがないということで、そろそろ屋敷の探索へと乗り出そうという話を経ての流れであった。


 一度立ち止まると、首を後ろに倒し、屋敷を見上げた。


 かなり大きな作りで、恐らく三階建てのようであった。


 それでも周囲の木の方が大きかったりするので、この森の木は一体何の木なのだと思わされるのだが、我が家の屋敷がただの一軒家だと言えてしまいそうなくらいに、その屋敷は存在感を放っていた──貴族の屋敷というのは、こうでなくてはならないのだろうか。


 土で汚れたり、蔦が絡みついたりはしているが、壁は白い。屋根は所々汚れが目立つが、元々は綺麗な青色をしていたのだろうということが窺える。こうも大きいと掃除が大変そうだが、しかし魔法があるので、あまり心配はしていない。


 そして、いざ行かんとドアに近付いたのだが、足元を見て、そこに違和感を覚えた。


 こんな場所にある屋敷を今でも誰かが掃除していたりするようなことはないはずなので、当然のように玄関先には土やら枯葉やらが溜まっていたのだが、それが不自然な跡を残していたのだ。


 それはまるで、足跡のようにも見えた。足跡にしては少し小さいようにも思えたが、土や枯葉に出来た足跡なので、サイズに関しては見たままがアテになるとも思っていない。なのでそれがどんな人間の足跡なのかは分からないのだが、しかしなんにせよ、つい最近か、あるいはつい先程か──ここに誰かがいたことを示唆していた。


「私達よりも先にってこと……? もしかして……」


「分からない。さっき入り口にいたのとは別に、家宝を回収しようとしに来た人がいるのかもしれない。でも、もしかしたらの可能性はある」


 もしかしたら。


 それは、先代領主を殺害した犯人。


 これも推測でしかないのだが、その可能性は現状否定出来ない──と言うより、あらゆる可能性を否定することが出来ないのが今の状況だ。


「……どうするの?」


「……ここまで来たら取り敢えず中に這入るしかないんだけど……。でも、いつでも逃げられるようにだけはしておいてよ」


「えぇ。分かったわ」


 そう言って頷き、サクラは構えた。


 そしてドアを開くと、内部へと侵入を果たす。かなり大きい音がしたが、大丈夫だろうか。


「中は結構綺麗なのね。人が最低二人は死んでいるのだから、血飛沫が壁一面を彩っていてもおかしくは無いと覚悟していたのだけれど。ここがそうじゃないというだけで、事件現場は結構悲惨な光景だったりするのかしら」


 サクラは別段恐れなどを感じさせない態度で、内部を見回して言う。


 光の魔法で照らしているが、中は結構暗い。採光は最悪である。


 照明器具が壁沿いに貼り付けられているので、昼間からそれらに灯りを灯すのが普通だったのだろうか。


「流石に……そこまでの状態だとここには住まわせられないんだけど」


「別に私は気にしないわよ? それに、どうせ掃除はするんだし」


 もう既にこの家は手に入ったも同然と言わんばかりの態度だった。


 ただ実際、その先代領主夫妻はどのようにして死んだのだろうか。死因さえ分からないままというのは、少々不気味だ。ここに住むことになる以上、その辺の気持ち悪さは晴らしておきたいのだが、それよりも。


「物音はしない……かな」


 既に中に人がいるというようなことを疑っているのだが、それにしては静かだった──静か過ぎると言えた。


 もしかしたら自分たちの考え過ぎなのかもしれないと、まずは一階の探索をしていくことにした。


 玄関から少し行ってホールに立ち、正面には部屋と奥に繋がる通路が、右には部屋が、左には廊下があり、そこから真っ直ぐ行けば通路があるようだったが、まずは手近なところから潰していくべきだろうと、右にある部屋に這入ることにした。


 ドアを開けると、そこは少し埃っぽさのある書斎であった。本棚がいくつか並び、大量の本が収められていた。


「凄いな……」


「本が好きなの?」


「好きっていうか……まぁ、知識の源だからね」


 知識は大切だ──既知を増やし、未知を排する。それが人間という生き物で、だからこそ発展してきたのだ。


 辺りを見渡す。


 書斎の横にも部屋があり、片方は応接室のような作りの部屋で、もう片方は窓際に花瓶や植木鉢の並んだ部屋であった。そこに生えていたであろう植物はとうに枯れきっていたが、窓の多い部屋だからか、暖かな雰囲気がそこにはあった。


 取り敢えず、ここにはお目当てのものはなさそうだと、部屋を後にした。


 次は正面の部屋である。どうやら食堂のようで、長い机と椅子が並んでいた。机の上の燭台は埃をかぶっていたが、緻密な細工の施されたものであった。壁には暖炉があったりなどして、その上には絵が飾られていた。


「これが先代の領主……なのかな?」


 生前の、そして若かりし頃の、という但し書きが付くが。


 一応この部屋も調べてみたのだが、家宝と呼べそうなものはなかった。隣に配膳室のような部屋があったが、使われていたらしい形跡はなかった。


 そしてホールに戻り、今度は入って左の廊下を進む。


 すぐに階段と、それから洗面所とトイレのある空間を発見したのだが、まずは一階の探索が先だと、一先ずスルーすることに。


 執務室があり、厨房があり、使用人の控室があり、待合室があり、またも階段があり、何だかよくわからない部屋があり、曲がり角があり、大浴場があり、またもトイレがあり、変な空間があり、中庭へと続くドアがあり──そして、倉庫があった。


 道中はほとんど引っ越し先の内見のような緩いテンションで進んできていたのだが、ここに来て何かがあるかもしれないと、気を引き締めて這入ることにした。


「ここにあるかな」


「無かったら面倒だし、まとめて置いておいてくれると助かるのだけれど……。まぁ、そう上手くはいかないでしょうね」


 言いながら、入り口付近から探していく。


 これまで色々と部屋を見回ってはきたが、それらしいものは見つかっていない。紋章の入ったペンダントと、それから宝玉の埋め込まれた魔道具という話だったが、依頼書に描かれた絵は少し見にくく、分かりづらい。これを参考に探せというのだから、一応それらしいものは全部持って帰っておくべきなのだろう。違ったところでどうせその貴族の持ち物なのだし。


「何か色々と置いてあるね。絵とか、置物とか、剣とか。別けなかったのかな」


 そこは本当に倉庫然としていた。色々なものが雑多に放り込まれた、倉庫と呼ぶに相応しい場所。


 部屋を分けろとも言わないが、置く場所くらいは物の種類によって分けておけよとは思わなくもない──そのお陰で全部ひっくり返す勢いで探さなくてはならなくなっているのだから。


「ペンダントがこんなところにあるとも思ってないけど……せめて魔道具の方は出てきてくれないかな……」


 大きめの額縁をどかしながら言う──額縁には何だかよく分からない人物画が飾られていた。少女を描いたもののようだが、かなり古い。


 すると、「まぁ、家宝と言うくらいだし、ここにあるものよりはもう少しいい扱いをされてるんじゃないかしら?」と、サクラはそれを別の場所へと置き直し、そう言った。


 確かに、言われてみればその通りであった。こんな適当に物を置いただけの倉庫に家宝があったとして、流石にそれでは領主や先代領主の頭を疑わざるを得ない。


「なら人形とやらも……ここには無いか」


 手に持っていた儀礼用の剣を置くと、部屋の外へと歩き始める。


「どちらかと言うと、あってほしくないわね。にしても、事件現場はどこだったのかしら。今のところそれらしい部屋は見てないけど」


「他にも部屋はあったし、二階三階もあるから……そのどこかにはあるんだろうけど……」


 と、そこまで考えて、少し引っかかったことがあった。


「あれ……? そういえばこの屋敷……」


 先程、使用人の控室らしき場所があったのだ。我が家の家政婦が着ているものとは少しデザインが違っていたが、それらしい制服が何着か置いてあった。まだ見てはいないが、まさか定時になったら家に帰っていたというわけでもないのだろうから、彼ら彼女らが寝泊まりするための部屋も、屋敷のどこかにあはあるのだろう。これだけ広い屋敷を二人で管理していたなどと言うこともないのだろうし、それは当然と言えば当然なのだが、大事なのはそこではない。


 大事なのはつまり、この屋敷には最低でも何人かの使用人がいたということで、この屋敷では先代領主夫妻が死んだとき、その彼ら彼女らもここにいたはずだ──ということだ。


 だが、ここで三年前に起きた事件の内容は──先代領主夫妻の死亡。もし使用人達もその際に殺害なりなんなりされていたのだとすれば、その伝わり方には少々疑問が残るし、そうでないのなら、まず真っ先に重要参考人として引っ立てられていてもおかしくはないのだが、そうはなっていない。


 後者であればただ逃げただけという可能性もあるのだが、もし殺害されていた場合──彼ら彼女らはどこへ消えたのだ。


 こういった屋敷の場合、使用人が寝泊まりする部屋というのは、基本的に上の階にあることが多い。それはエレベーターやエスカレーターの存在の有無が大きな理由となっている。現代では高い場所に住んでいることを一種のステータスにしている人種も多く存在したが、そうでない時代には、上り下りの多くなるような部屋は身分の低い者に割り当てられることが多かったのだ。そしてこの屋敷も例に漏れず、エレベーターやエスカレーターは存在していないため、恐らく使用人達の部屋自体は上の階にあるのだろうということは推測が出来る。


 しかしながら、そうだとすると、使用人達が死んでいる理由が分からない。死んでいるかどうかも分からないのだが、死んでいた場合、やや不可解だ。


 ──皆が寝静まった時間に屋敷に侵入し、先代領主夫妻を殺害したというのなら、わざわざ二階三階にいる使用人まで殺すだろうか。


 ──見つかってしまったから仕方なく殺したのだとして、全員を殺すだろうか。


 ──目撃者を消すことに執心するくらいなら、まずは逃げることを考えるものではないのだろうか。


 この屋敷の警備がどのようにして行われていたのかを知ることはもはや不可能だが、使用人の中にはそういった仕事をしていた人間もいたはずで、それが一人や二人ではない以上、争うことよりも逃げることを優先に考えるのが普通なのではないだろうか。


 これは少し考えにくいと、かぶりを振った。


 なら犯行が昼間に行われたとして、つまりは使用人らが仕事をしている最中に奇襲をかけたのだとして、それなら使用人らが殺されていることにも納得がいくのかと言われると、それもやはりおかしい。当時使用人達が仕事をしていたのだとすれば、この一階にも誰かしらはいたはずなのだ。


 しかし、揉めたような痕跡や、血の跡などは特に発見されていない。死体もなければ、腐敗臭もしない。


 死体に関しては死後三年も経過しているため、ただ溶けてなくなってしまっただけという可能性があるのだが、それでも、この屋敷では全裸の坊主頭しか働くことを認められていなかった、というような事情でもなければ、服や髪などは残っていてもおかしくない。それに、臭いや血痕はそうそう消えてなくなったりもしないはずだ。


 だったら──いや、そうだ、レイスやアンデッドの事を考えるのを忘れていた。


 レイスが犯人なのだとしたら、その攻撃方法は魔法や、あるいは呪いの類ということになるのだろうから、揉めた痕跡や血の跡がないことには納得がいく──死体まで消えているとすれば謎だが。


 ただまぁなんにせよ、探索を続けるほかあるまい。もしかしたら二階三階には想像を絶するような地獄があるかもしれないが、その時はその時ということで、家宝の回収を急がなければ。もしかしたら既に人が入り込んでいるという可能性もあるのだから、のんびりしているわけにもいかないし。


 そう思い、顔を上げた。


 いつの間にか結構歩いてきてしまっていたようで、ここは屋敷のどの辺だと周囲を見回したのだが──その視線の先に。


 白い何かが廊下の奥を通り過ぎるのが見えた。


 何かが──いる。


 自分達よりも先にここに来た他の依頼受注者にしては小さく、迷い込んだ小動物にしては大きい。


 目撃証言のあったレイスにしても小さいし、埃か何かを見間違えたにしてはあまりにも大きい。


「幽……霊……?」


 そんなわけはない──と、腕をさする。


 鳥肌が立っていた。


 そして慌てて振り返り、


「サクラ、今の……、……あれ?」


 そこに誰もいないことに、ようやく気が付いたのだった。

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