第四章 15『影の再生』
照夜の腹を、檮杌の爪が貫いた。
――音が、遅れて届く。
肉を裂き、骨を削り、背中から血飛沫を撒き散らすその一撃は、間違いなく致命傷だった。
「……っ、が……!」
喉の奥から潰れた息が漏れる。
足元が揺れる。
視界の端が黒く染まり、城に似た石造りの広間がぐにゃりと歪んだ。
檮杌は腕を引き抜き、濡れた爪を見下ろす。
「終わりだ」
低く、獣のような声。
だが、照夜は倒れなかった。
膝が震える。
血が落ちる。
それでも、倒れない。
「……終わり?」
照夜は笑った。
口の端から血が垂れる。
その血が床に落ちる寸前――黒く、影へ変わった。
飛び散った血も、裂けた肉片も、床に広がる前に形を失う。
黒い影となり、細い糸のように蠢き、照夜の傷口へ集まっていく。
「……まだ、だろ」
傷が閉じる。
肉が戻る。
骨が繋がる。
光が皮膚の奥で脈打ち、影がその隙間を縫うように走った。
檮杌の目が、初めてわずかに揺れる。
「再生か」
「違うな」
照夜はゆっくり顔を上げた。
瞳の奥に、光と影が同時に宿る。
「戻ってきてるんだよ。俺の体が、俺の場所に」
直後、照夜の指先から黒い糸が弾けた。
一本ではない。
二本、十本、百本。
影の触手が空間を裂くように伸び、檮杌の四肢へ絡みつく。
「――ッ!」
檮杌が腕を振るい、それを引き千切る。
だが、切れた影は床に落ちない。
落ちる前にまた伸びる。
増える。
絡む。
縛る。
檮杌の膂力が影を砕くたび、照夜の指先からさらに多くの影が噴き出した。
「邪魔だ!」
檮杌が突進する。
城壁を砕くような勢いの拳が、照夜の顔面を捉えた。
頭蓋が軋み、視界が白く爆ぜる。
だが次の瞬間、砕けた血肉は影となって戻る。
照夜は一歩も退いていなかった。
「……痛ぇよ」
小さく呟く。
しかし、その声には恐怖がなかった。
「でも、もう止まらねぇ」
影が床を走る。
光が天井を裂く。
上下から挟み込むように、黒い糸と白い閃光が檮杌へ殺到した。
檮杌は吼える。
拳で砕く。
足で踏み潰す。
爪で裂く。
だが、影は無限に伸びる。
傷つくたび、死に近づくたび、照夜は逆に完成へ近づいていく。
「……なるほどな」
照夜は自分の掌を見た。
震えは消えていた。
傷もない。
血もない。
ただ、指先から伸びる影だけが、静かに揺れている。
「俺はもう、簡単には壊れない」
檮杌が咆哮する。
その叫びに応じるように、照夜の背後で影が巨大な翼のように広がった。
次で決める。
照夜はそう確信し、檮杌を見据えた。




