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マンダラ  作者: メメメ
第四章 『四凶討伐篇』

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第四章 9『灼炎、暴食を裂く』

 爆の身体が、赤黒い荒野を滑った。


 足裏が砂を削り、踵が岩盤を砕き、吹き荒れる熱風が頬を焼く。


 正面。


 饕餮が笑っていた。


「来い、人間。貴様の炎、その全てを喰らってやろう」


「上等だ、化け物」


 爆は刀を握り直す。


 刀身に宿る炎が、風に煽られて大きく揺れた。


 次の瞬間、両者が同時に地を蹴る。


 爆の斬撃と、饕餮の拳。


 炎と剛腕が激突し、灼界荒野の空気が爆ぜた。


「ぐっ……!」


 押し負ける。


 単純な膂力では、饕餮が上だった。


 爆の腕が軋み、刀を握る指先に痺れが走る。


 だが――退かない。


「太陽流――火走り!」


 爆は刀を受け流すように滑らせ、饕餮の拳の軌道を外す。


 そのまま身体を沈め、懐へ潜り込む。


 狙うは腹。


 喰らうために開かれる、あの異様な口ではない。


 その奥にある、暴食を支える肉体そのもの。


「炎の型――紅牙!」


 斬撃が下から跳ね上がる。


 赤い牙のような炎が、饕餮の腹部を抉った。


「グォ……ッ!」


 饕餮の巨体が揺れる。


 初めて、明確に足が止まった。


「効いてんじゃねぇか」


 爆が笑う。


 しかし、その笑みはすぐに消えた。


 饕餮の腹の傷が、蠢いている。


 焼け焦げた肉が内側から盛り上がり、周囲の岩、砂、炎を吸い込みながら、ゆっくりと塞がっていく。


「我は喰らう」


 饕餮が低く告げる。


「喰らったものは、我が血肉となる」


「再生までありかよ。面倒くせぇな」


「違う」


 饕餮の眼が細くなる。


「再生ではない。補充だ」


 次の瞬間、饕餮が大きく息を吸い込んだ。


 荒野が鳴る。


 砂が浮き、炎が引き寄せられ、マグマ湖の表面が波打つ。


 爆の身体まで、前へ引かれる。


「ちっ――!」


 刀を地面に突き刺し、踏ん張る。


 だが吸引は先ほどより強い。


 足元の地面ごと削られ、爆の身体がじわじわと饕餮へ近付いていく。


「ならよ……!」


 爆は歯を剥いた。


「喰えるもんなら、喰ってみやがれ!」


 刀に纏う炎を、さらに強める。


 熱が膨れ上がる。


 刀身が赤く、白く、灼ける。


 その炎を、爆は逃がさなかった。


 全てを刃に押し込める。


「太陽流剣術――」


 吸い込まれる。


 身体が浮く。


 饕餮の口が、爆を丸ごと呑み込もうと開かれる。


 その寸前。


 爆は笑った。


「炎の型――紅炎の舞!」


 爆の身体が、炎となって回った。


 吸い寄せられる力を逆に利用し、饕餮の口元へ突っ込む。


 そして、喰われる直前に。


 爆は内側から、斬った。


「――ッッ!!」


 赤い斬撃が、饕餮の口腔を裂く。


 一閃。


 二閃。


 三閃。


 回転する炎の舞が、獣の顎を、頬を、喉を焼き裂いた。


「ガァァァァァァッ!!」


 饕餮が絶叫する。


 吸引が止まる。


 荒野に引き寄せられていた炎と砂が、一気に弾け飛んだ。


 爆は血まみれのまま着地し、肩で息をする。


「はぁ……はぁ……どうした。喰うんじゃなかったのかよ」


 饕餮は口元を押さえた。


 赤黒い血が指の隙間から溢れる。


 だが、その眼は怒りではなく――歓喜に染まっていた。


「見事」


「あ?」


「今の炎、喰うには惜しい」


 饕餮が拳を握る。


 大地が沈む。


「潰してから、味わう」


「言ってろ」


 爆は刀を構える。


 腕は痺れている。


 腹も痛い。


 肺も焼ける。


 それでも、足は前を向いていた。


 饕餮が踏み込む。


 拳が来る。


 爆は避けない。


 真正面から刀を振り上げる。


「俺の炎はな――」


 刃に、さらに炎が宿る。


 ただ熱いだけではない。


 燃やすためだけでもない。


 前に進むための炎。


 誰かを守るための炎。


 倒れないための炎。


「テメェみたいな奴に、喰わせるために燃えてんじゃねぇんだよ!」


 拳と刃がぶつかる。


 衝撃で、爆の足元が砕けた。


 だが今度は、押し返した。


 饕餮の拳に、赤い亀裂が走る。


「ぬ……!」


「太陽流――」


 爆の目が鋭くなる。


 炎が、刀身から爆の全身へ広がった。


「紅炎、連舞ッ!!」


 連続斬撃。


 右腕。


 左肩。


 胸。


 脇腹。


 脚。


 爆の刀が、炎の軌跡を描きながら饕餮の巨体を刻んでいく。


 饕餮も黙ってはいない。


 蹴りが爆の肩を掠め、拳が頬を裂き、膝が腹へ迫る。


 それでも爆は止まらなかった。


 一撃受ければ、一撃返す。


 二撃受ければ、三撃返す。


 血を吐きながら。


 骨を軋ませながら。


 それでも炎は消えない。


「おおおおおおおおッ!!」


 最後の一閃。


 爆の刀が、饕餮の胸元を深く裂いた。


 鎧が砕け、血が噴き上がる。


 饕餮の巨体が、初めて後退した。


 赤黒い砂に、巨大な足跡が刻まれる。


「……人間」


 饕餮が低く呟く。


「名は」


 爆は刀を肩に担ぎ、血に濡れた口元を拭った。


「火神爆」


「覚えたぞ。火神爆」


 饕餮が笑う。


 暴食の怪物が、初めて獲物ではなく敵として爆を見た。


「ならば我も、本気で喰らおう」


 饕餮の腹が鳴る。


 それは空腹の音ではない。


 災厄が目覚める音だった。


 荒野全体の重力が、さらに歪む。


 浮いていた岩盤が砕け、マグマ湖が逆流し、空の火山灰が渦を巻く。


 爆はその中心で、刀を構える。


「いいぜ」


 炎が、再び燃え上がる。


「次で決める」


 灼界荒野グラディム。


 その赤黒い大地の中央で、炎と暴食は再び激突しようとしていた。

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