第四章 7『深海の剣獣』
同時刻――深海都市ネプトリア。
半分海に沈んだ旧文明都市の上を、黒い波が叩いていた。
崩れた高層ビルの窓には海水が流れ込み、錆びた道路標識が潮風に揺れる。遠くでは海賊船の残骸が炎を上げ、沈みかけた甲板から悲鳴が途切れていく。
「……派手にやってやがる」
斬刹は濡れた甲板に降り立ち、肩に担いだ二本の刀をゆっくり抜いた。
その先。
海賊船の船首に、異形が立っていた。
赤黒い鬣。
獣の顎。
背から伸びる翼。
そして、片腕で振るうにはあまりにも巨大な剣。
刃は血を吸ったように赤く濡れ、振るうたびに海風が裂けた。
「窮奇……」
斬刹が名を呼ぶ。
獣はゆっくり振り返る。
次の瞬間、甲板が割れた。
窮奇が踏み込んだのだ。
巨剣が横薙ぎに走り、空気ごと船体を斬り飛ばす。
「――ッ!」
斬刹は身を沈め、紙一重で斬撃を潜る。
背後のマストが真っ二つに折れ、轟音と共に海へ落ちた。
「重ぇな」
斬刹は口元を歪める。
「だが、遅くはねぇ」
窮奇の二撃目が来る。
今度は縦。
雷のように振り下ろされた巨剣を、斬刹は二刀で受けた。
衝撃が腕を痺れさせる。
膝が沈む。
甲板が円形に陥没する。
「ぐ……ッ」
力では押し負ける。
だが、斬刹は笑った。
「いいぜ。こういうのを待ってた」
刀身にオドが走る。
黒く、薄く、鋭く。
「万物斬――」
斬刹の二刀が交差する。
巨剣の刃に、細い傷が入った。
窮奇の眼が見開かれる。
直後、獣は巨剣を強引に振り抜いた。
斬刹の身体が吹き飛び、船室の壁を突き破る。
瓦礫と木片が崩れ落ちる中、斬刹は血を吐きながら立ち上がった。
「……浅かったか」
窮奇が甲板を踏み砕きながら近付く。
その姿は、まるで嵐そのものだった。
大剣を引きずる音が、沈みかけた船に響く。
ギギギ、と。
死神が鎌を研ぐように。
「こっちも遊びじゃねぇんだ」
斬刹は二刀を構え直す。
片方を低く。
もう片方を肩越しに。
「斬れねぇもんはねぇ。斬れるまで斬るだけだ」
窮奇が咆哮する。
海が震えた。
沈没寸前の船上で、剣獣と剣士が同時に踏み込む。
巨剣と二刀が激突し、夜の海に火花が散った。
――深海都市ネプトリアの戦いが、本格的に幕を開けた。




