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マンダラ  作者: メメメ
第四章 『四凶討伐篇』

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第四章 3『饕餮』

 爆の目の前で、荒野が喰われた。


 比喩ではない。


 饕餮が口を開いた瞬間、赤黒い砂も、転がる岩も、地面を這っていた魔獣の死骸も、まとめて引き寄せられた。


「――ッ、吸い込みかよ!」


 爆はスルトを地面へ突き立て、柄を両手で握り締める。


 足元の砂が後方へ流れる。


 空気が唸る。


 世界そのものが、饕餮の口へ落ちていくようだった。


『爆くん! その個体、周囲の物質を無差別に捕食してる!』


「見りゃわかる!」


 通信機越しの聡美の声に怒鳴り返しながら、爆は歯を食いしばる。


 饕餮の腹部に並ぶ無数の口。


 それぞれが別々に開き、荒野の熱風を、砂を、マグマの飛沫すら飲み込んでいく。


 喰らう。


 喰らう。


 ただひたすらに、喰らう。


「食い意地張りすぎだろ、化け物が!」


 爆はスルトを引き抜き、地面を蹴った。


 だが次の瞬間、身体が真横へ引きずられる。


「ぐっ――!」


 重力異常。


 足場も空間も、まともではない。


 上へ跳んだはずの身体が斜め下へ落ち、着地した瞬間には膝へ重圧が叩きつけられる。


 全身の骨が軋む。


「重っ……!」


『そこは通常重力の四倍近い! 右に十メートル移動して!』


「簡単に言うんじゃねぇ!」


 爆は歯を剥き、足元へオドを纏わせる。


 身体能力の底上げではない。


 武器に込めた力を、足場を砕く威力へ変える。


 スルトの柄尻を地面へ叩きつけ、その反動で身体を横へ弾いた。


 直後、爆がいた場所へ饕餮の舌が突き刺さる。


 地面が抉れた。


 舌というより、巨大な肉の槍だった。


 ぬめる表面には牙が並び、触れた岩を削りながら引き戻される。


「舌まで武器かよ。口の中だけで完結しとけ」


 爆は着地し、刀を構える。


 饕餮の四つの目が、ぎょろりと動く。


 そして、笑った。


 口が裂ける。


 腹の口も、肩の口も、首元の口も、全部が同時に歪んだ。


「気持ち悪ぃ笑い方しやがって」


 爆の額から汗が落ちる。


 暑さだけではない。


 本能が告げていた。


 こいつは、ただ大きいだけの化け物ではない。


 喰うことに特化した災厄。


 攻撃も、防御も、再生も、全てが捕食へ繋がっている。


『爆くん、注意して。さっき切った魔獣の死骸、饕餮に吸収された』


「あ?」


『質量が増えてる。傷も塞がってる。たぶん、喰えば喰うほど回復する』


「……なるほどな」


 爆は小さく笑った。


「じゃあ、喰わせなきゃいい」


 スルトの刀身に炎が走る。


 赤い輝きが、灼界の熱と混ざり合う。


 爆は腰を落とし、息を吐いた。


「太陽流剣術――炎舞」


 踏み込む。


 重力が身体を押し潰す。


 だが、爆は止まらない。


 筋肉が悲鳴を上げる。


 骨が軋む。


 それでも前へ。


 饕餮の舌が三本、同時に迫る。


「遅ぇ!」


 爆の刀が踊る。


 一閃、二閃、三閃。


 炎の軌跡が空中に残り、舌が焼き切られる。


 切断面から黒い血が噴き出すが、それすら炎に炙られ、炭化していく。


 饕餮が初めて、低く唸った。


「お、嫌がったな」


 爆が笑う。


「再生する前に焼けばいい。単純で助かるぜ」


 だが、次の瞬間。


 饕餮の腹の口が大きく開いた。


 そこから吐き出されたのは、黒い塊。


 いや、違う。


 それは、さきほど喰われた巨大生物の骨だった。


 圧縮され、弾丸のように撃ち出される。


「――ッ!」


 爆は反射的にスルトで受けた。


 衝撃。


 視界が揺れる。


 身体が吹き飛ばされ、赤黒い砂の上を何度も転がった。


「が、はっ……!」


 肺の空気が抜ける。


 腕が痺れる。


 骨弾は一発ではない。


 二発、三発、四発。


 饕餮は喰ったものを、弾として吐き出していた。


『爆くん!』


「うるせぇ、聞こえてる!」


 爆は転がりながら身を捻り、迫る骨弾を躱す。


 一発が頬を掠める。


 皮膚が裂け、血が飛ぶ。


 熱い。


 痛い。


 だが、爆の目は死なない。


「吐き出すんなら、ちゃんと噛んでからにしろよ!」


 爆は地面に手をつき、無理やり身体を起こす。


 スルトの刀身が震える。


 それは恐怖ではない。


 熱。


 怒り。


 そして、戦意。


「聡美!」


『なに!?』


「この辺で一番デカいマグマ湖、どっちだ!」


『北北西、八百メートル! でもそこは重力異常が一番強い!』


「上等!」


 爆は走り出した。


 饕餮が追う。


 いや、追うというより、喰らいながら前進してくる。


 砂丘が消える。


 岩山が消える。


 小型魔獣の群れが悲鳴を上げる間もなく飲まれる。


 そのたびに饕餮の体は膨れ、傷が塞がっていく。


「こっちだ、デカ口野郎!」


 爆は叫ぶ。


 挑発に応じたのか、饕餮の目が赤く光る。


 巨大な体が地面を踏み砕き、突進する。


 前方にはマグマ湖。


 煮え立つ赤。


 空気を焦がす熱。


 近付くだけで皮膚が焼ける。


『爆くん、まさか――』


「ああ」


 爆は笑った。


「喰いしん坊には、熱々のメシを食わせてやる」


 マグマ湖の縁へ到達した瞬間、爆は振り返る。


 饕餮が迫る。


 巨大な口を開き、爆ごと湖を喰らおうとしている。


 逃げ場はない。


 後ろはマグマ。


 前は饕餮。


 左右は重力異常で歪む荒野。


 普通なら詰み。


 だが、爆は刀を構えた。


「太陽流剣術――」


 スルトの刀身が赤く輝く。


 炎ではない。


 もっと深い熱。


 燃やすための熱ではなく、斬るための熱。


 オドが刀身へ纏わり、切れ味と威力を限界まで押し上げる。


「紅炎の舞」


 爆の身体が沈む。


 饕餮の顎が迫る。


 その瞬間、爆は地面を蹴った。


 赤い閃光が走る。


 饕餮の巨大な下顎が、横一線に割れた。


「――ッッ!!」


 咆哮。


 ではなく、悲鳴。


 爆はそのまま宙で身を捻り、饕餮の鼻先を蹴る。


 巨体の進路が僅かにズレる。


 そして――饕餮の前足が、マグマ湖へ沈んだ。


 灼熱が爆ぜる。


 赤い飛沫が空へ舞い上がる。


 饕餮の表皮が焼け、腹の口が一斉に悶えた。


「どうだ? 美味いかよ」


 爆は着地し、荒い息を吐く。


 だが、勝利を確信するには早すぎた。


 饕餮は焼けながらも、マグマを喰った。


 湖面が大きく歪み、赤い流体が腹の口へ吸い込まれていく。


「……マジかよ」


 饕餮の体が膨張する。


 皮膚の裂け目から、赤い光が漏れる。


 喰ったマグマを体内に取り込み、熱を宿した肉体へ変質していく。


『爆くん、離れて! 内部温度が急上昇してる!』


「離れる前に言うことあんだろ」


 爆は苦笑する。


「こいつ、めちゃくちゃ強ぇな」


 饕餮が吼えた。


 灼熱の咆哮が荒野を揺らす。


 赤黒い砂が吹き飛び、火山灰が渦を巻く。


 その中心で、爆はスルトを握り直した。


 相手は四凶。


 喰らい、増え、燃え、なお進む災厄。


 だが、爆の口角は下がらない。


「いいぜ」


 傷だらけの身体で、彼は前へ出る。


「だったら俺も、もっと燃えてやる」


 火神爆。


 その名に宿る火が、灼界荒野でさらに燃え上がる。


 四凶討伐戦。


 灼界荒野グラディムの戦いは、ここから本当の地獄へ踏み込んでいく。

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