第四章 1『散りゆく災厄』
探偵社本拠地――作戦室。
巨大モニターの青白い光が薄暗い室内を照らし、キーボードを叩く乾いた音だけが規則的に響いていた。
カタ、カタ、カタ――。
「……で、次の依頼が四凶討伐ってわけか」
椅子へ乱暴に腰掛けながら、爆がモニターを睨む。
その視線の先。
複数のホログラム画面を同時展開しながら高速で情報処理を行っている人物がいた。
長い水色の髪。
照夜によく似た整った顔立ち。
だが纏う空気はどこか柔らかく、中性的だった。
黒いスーツ姿のその人物は、モニター越しに軽く視線だけを向ける。
「久しぶり、かな?僕は暁聡美。情報支援担当」
「……へぇ」
爆の目が一瞬で輝く。
そして次の瞬間には、椅子ごとガタッと前へ乗り出していた。
「照夜に似て激マブじゃねぇか!! 彼氏いんの!?」
「ぶっ――!?」
聡美の指が止まる。
耳が僅かに赤く染まった。
「い、いや急だなぁ君……」
「兄さんに近付くな」
即座に、隣から照夜の低い声。
死んだ魚みたいな目で爆を睨んでいる。
「なんだよ減るもんじゃねぇだろ!」
「精神が削れる」
「お前シスコンか?」
「違う」
「反応がシスコンなんだよなぁ」
爆がニヤニヤ笑いながら肩を組もうとした瞬間、
「触るな」
照夜の影が爆の腕へ絡みつき、強引に引き剥がした。
「いてぇ!? 影使うほどかよ!?」
「当然ですけど( ・᷄д・᷅ )」
めちゃくちゃ嫌そうな顔で照夜が言う。
その横で、聡美は小さく吹き出した。
「ふふっ……面白いね、君」
「お、笑った。やっぱ笑顔可愛いじゃねぇか」
「爆、アナタねぇ……」
呆れたように滝壺が溜息を吐き、斬刹は壁にもたれたまま鼻で笑う。
「女口説いてる余裕あんじゃねぇか」
「男だよ?」
「……………………は?」
数秒停止する爆。
そして、
「――マジ?」
「マジ」
「…………いける」
「いけるじゃないんだよ」
照夜のツッコミが即座に飛んだ。
室内の空気が少しだけ和らぐ。
だが、その空気を断ち切るように。
「――遊びは終わりだ」
低く響いた声。
部屋奥。
暗闇の中に立っていた日神万之介が、一歩前へ出る。
その瞬間、場の空気が変わった。
全員の視線が自然と万之介へ集まる。
「四凶が動き始めた」
聡美がモニターを切り替える。
映し出された四つの危険区域。
灼界荒野グラディム。
深海都市ネプトリア。
黒天街ヴァルグ。
神葬寺領イザナミ。
万之介は静かに告げた。
「ここから先は、本当の意味での戦争になる」
◇
探偵社本部の作戦室に、再びキーボードを叩く音だけが響く。
カタカタ、カタカタ、と。
画面に映し出されるのは、四つの赤い反応。
神葬寺領イザナミ――渾沌。
灼界荒野グラディム――饕餮。
深海都市ネプトリア――窮奇。
黒天街ヴァルグ――檮杌。
「……全部、同時に動いてるね」
聡美が画面を見つめたまま呟く。
その声に、爆は椅子へ深くもたれながら肩を鳴らした。
「休ませる気ゼロかよ。こっちはまだ身体バッキバキなんだが?」
「直ぐにとは言っていない」
万之介の一言。
爆は即座に身を起こす。
「治してから行くに決まってんだろ」
その返答に、照夜は小さく息を吐いた。
「無茶をするな、とは言いません。ただ、今回は一体ずつが災害級です」
「わかってる」
静かに答えたのは滝壺だった。
その手は、黒刀・宵丸の柄に添えられている。
ニャルラトホテプとの戦いで刻まれた傷はまだ完全には消えていない。だが、その目に迷いはなかった。
万之介は全員を見渡し、低く告げる。
「混沌は滝壺。窮奇は斬刹。饕餮は爆。檮杌は照夜が討て」
「俺が饕餮か。食いしん坊同士ってことか?」
「貴様と一緒にするな」
「冗談だっての」
爆が笑う。
だが、その笑みの奥にあるのは軽さではない。
アザトース。
ニャルラトホテプ。
あの圧倒的な力を前にした記憶が、全員の胸に重く残っていた。
それでも。
止まるわけにはいかなかった。
「各地の被害はまだ小さい」
聡美が画面を切り替える。
「でも放置すれば、数時間以内に都市単位で崩れる可能性がある」
「十分だ」
万之介が立ち上がる。
「各自、出撃準備。これは修行の続きではない」
その眼光が、作戦室の空気を一瞬で張り詰めさせた。
「ここからは――討伐だ」
◇
三ヶ月後。
季節は変わり、街には夏の熱気が満ちていた。
あれほど深かった傷は癒え、砕かれた骨も、裂けた筋肉も、ようやく元の動きを取り戻している。
本部地下訓練場。
「……ッ、前より軽ぃ」
爆が刀を振るう。
空気を裂く斬撃。
以前より鋭く、以前より速い。
滝壺は寺の裏庭で静かに呼吸を整えていた。
無限呼吸法。
吸い込むたび、黒いモヤが宵丸の切先へ収束していく。
以前より濃く。
以前より鋭く。
照夜は薄暗い部屋の中、掌から伸ばした影を自在に操っていた。
床を這う黒い触手が、音もなく壁を抉る。
「制御精度……上がってるな」
一方、斬刹は静かな道場で無言のまま刀を振るっていた。
一太刀。
また一太刀。
静寂そのものが斬れていく。
◇
「――準備はいいな」
本部前。
巨大輸送機の風圧が、隊員たちの髪を激しく揺らしていた。
万之介の声に、四人が前へ出る。
聡美は端末を操作しながら、それぞれの目的地を表示する。
「滝壺は日本区域――《神葬寺領イザナミ》」
モニターに映るのは、巨大な滝と無数の寺院群。
黒い霧に包まれた山岳地帯。
滝の轟音が響き、崖沿いには古びた社と寺が連なっている。
「渾沌の出現地帯だ」
画面奥、滝壺のように渦巻く黒い空間を見つめながら、滝壺は静かに目を細めた。
「……俺向きだな」
宵丸が低く唸る。
続いて画面が切り替わる。
「斬刹は《深海都市ネプトリア》」
半分海へ沈んだ旧文明都市。
崩れた高層ビル群。
海水に浸食された道路。
錆び付いた巨大船。
暗い海霧の中を進む海賊船団。
「窮奇はこの海域を縄張りにしている。密輸組織と海賊が次々消えてる。恐らく……喰われてる」
「なら話は早ぇ」
斬刹は刀を肩へ担ぐ。
「全部斬る」
さらに画面が赤黒く染まる。
「爆は《灼界荒野グラディム》」
赤黒い砂漠。
噴き上がる火山。
煮え立つマグマ湖。
重力異常によって浮遊する巨大岩盤。
そして地平を歩く、山のような巨大生物。
「饕餮の出現地帯。荒野世界の王系生物も確認されてる」
「はっ、いいじゃねぇか」
爆が獰猛に笑った。
「強ぇ奴がいそうだ」
最後に映し出されたのは、ネオン輝く巨大都市。
「照夜は《黒天街ヴァルグ》」
空を埋め尽くす広告群。
機械義肢の改造人間。
高層ビルの谷間を飛び交うドローン。
裏路地では、賞金首たちが銃声を響かせている。
「ノクス系犯罪都市。檮杌は地下オークション区域にいる可能性が高い」
「最悪な街だな」
照夜が眉を寄せる。
「だからこそ、お前向きだ」
万之介の一言に、照夜は小さく肩を竦めた。
四つの災厄。
四つの戦場。
そして――四人の討伐者。
輸送機の扉が開く。
吹き荒れる風が、隊員たちの服を激しく揺らした。
「――行け」
万之介の声を背に。
火神爆は、《灼界荒野グラディム》へ。
神威滝壺は、《神葬寺領イザナミ》へ。
罪道斬刹は、《深海都市ネプトリア》へ。
暁照夜は、《黒天街ヴァルグ》へ。
それぞれの災厄へ向け、四人は歩き出した。
――四凶討伐戦、開幕。




