第三章 11『再戦』
轟音が、校舎の残骸を震わせる。
火神爆とアザトースが拳をぶつけ合うたび、空気が破裂し、床だった瓦礫が粉々に砕け散る。爆の機械刀身が炎を噴き、アザトースの両拳には紅色の気が渦巻いていた。
「オラァッ!!」
「ははッ! まだまだ足りねぇぞ、赤髪ィ!!」
アザトースの目は、もう目ではなかった。
瞳孔から伸びた木のような茶色い舌が縮まり、硬質な角となって眼窩を覆っている。視界は塞がれているはずなのに、奴は爆の動きを正確に捉えていた。
足音。
殺気。
空気の揺らぎ。
それらを読むだけでなく、まるで未来を盗み見ているかのように、攻撃の軌道へ先回りしてくる。
爆が刀を振り抜く。
アザトースは首を傾けて避ける。
避けた直後、腹へ拳が突き刺さる。
「ぐ、ぉ……ッ!」
爆の体が吹き飛び、校舎の壁を三枚ぶち抜いた。
追撃。
紅色の破壊のオーラが膨れ上がる。アザトースの掌に、小さな紅い球が生まれた。
野球ボールほどの大きさ。
だが、その場にいる誰もが直感する。
あれは、当たれば終わる。
校舎どころか、この一帯そのものが消える。
「やべぇ……!」
爆が歯を食いしばり、立ち上がる。
アザトースは笑う。
角に覆われた目で、こちらを見ていないはずなのに。
「消し飛べ」
紅い球が放たれた。
瞬間――黒い線が走った。
「水の型――横一文字」
重く、深く、逆流する激流を断ち割るような一閃。
紅い球が、真横に裂けた。
破壊のエネルギーが暴発する寸前、黒いモヤが切断面にまとわりつき、力の輪郭を崩す。爆発は起きた。だが、本来の規模には届かない。校舎の残骸を吹き飛ばし、地面を抉るに留まった。
爆は爆風の中で目を見開く。
「滝壺……!」
そこに、神威滝壺が立っていた。
黒刀・宵丸の切っ先には、黒いモヤが濃く集まっている。
瞳は、わずかに緑に光っていた。
「待たせた」
短く言い、滝壺はアザトースを見る。
アザトースもまた、口角を吊り上げた。
「戻ってきたか。女剣士」
「今度は、斬る」
滝壺の足が沈む。
次の瞬間、姿が消えた。
否、消えたように見えた。
雷の型。
ただの高速移動ではない。さらに速く、さらに鋭く、世界そのものを置き去りにする踏み込み。
アザトースの首元に宵丸が迫る。
しかし、アザトースは反応した。
角に覆われた目は見えていない。それでも、気配で読む。空気で読む。殺意で読む。無意識領域に近い感覚で、滝壺の刃を捉える。
拳と刀が衝突した。
黒いモヤと紅色のオーラが弾ける。
「いいじゃねぇか……!」
アザトースが吼える。
滝壺は答えない。
宵丸を返す。
一閃。
二閃。
三閃。
アザトースの腕が飛ぶ。
だが、断面から即座に新しい腕が生える。
滝壺の刀が脚を断つ。
次の瞬間、新しい脚が肉を押し広げて生える。
不老不死。
再生。
そして、硬い皮膚。
切れないわけではない。だが、一太刀ごとに腕へ異様な負荷が返ってくる。岩盤を水中で斬るような重さ。それでも滝壺は止まらない。
「水の型――横一文字」
重さを、受け入れる。
抵抗ごと、斬る。
アザトースの胴が深く裂けた。黒いモヤが傷口にまとわりつき、肉体の崩壊を始める。
「ぐ、は……ッ!」
アザトースが初めて、苦悶の声を漏らす。
だが、その笑みは消えない。
「そうだ……それだよ……!」
紅色のオーラがさらに膨れ上がる。
憤怒の魔王。
怒りと憎悪が強まるほど、力は跳ね上がる。崩れかけた肉体を再生させながら、アザトースは両腕に破壊のエネルギーを纏わせた。
拳が振るわれる。
滝壺は避ける。
避けた先に、もう一撃。
読まれている。
滝壺は刀で受けた。
衝撃で両足が地面に沈む。骨が軋む。腕が痺れる。
「滝壺!」
爆が駆け出そうとする。
「来るな」
滝壺が制した。
その声は静かだった。
「こいつは私がやる」
呼吸を整える。
黒いモヤが、宵丸の切っ先にさらに凝縮する。
濃縮十割。
完成した力。
滝壺は深く沈み込む。
アザトースが笑う。
「来い」
「雷の型――」
世界が震える。
時間が数秒、巻き戻る。
だが、その逆行に滝壺だけは呑まれない。すべてを覚えたまま、すべてを繋いだまま、過去へ戻った世界の中を進む。
「紫電一閃」
斬撃が走る。
頸。
肩。
胸。
腕。
腹。
脚。
アザトースの肉体が、無数に刻まれた。
次の瞬間、再生が始まる。
だが、黒いモヤがそれを追う。
生える。
崩れる。
戻る。
崩れる。
アザトースの肉体は再生と崩壊を同時に繰り返しながら、なおも前へ出た。
「まだだァァァァッ!!」
紅色の破壊のオーラが爆ぜる。
滝壺は防御に回る。
無限呼吸法を止めれば、崩壊は止まる。だから止められない。呼吸を維持し、黒いモヤを維持し、なおかつアザトースの拳を捌き続けなければならない。
苦しい。
重い。
それでも、退かない。
滝壺は宵丸を握り直した。
「終わらせる」
その一言に、アザトースの笑みが深まった。
再戦は、ここからさらに激しさを増していく。




