第三章 8『赤炎と紅の破壊』
火神爆の刀が、紅い光を弾いた。
弾いた、という表現が正しいのかはわからない。実際には、紅色の破壊のエネルギーに刃をぶつけ、爆発寸前の力を無理やり軌道から逸らしたに過ぎない。
次の瞬間、校庭の端が消えた。
音より先に、地面が抉れた。土も、コンクリート片も、鉄柵も、そこにあったはずのものがまとめて削り取られ、丸く空白が生まれる。
「……冗談じゃねぇな」
爆は頬を伝う血を親指で拭い、笑った。
目の前のアザトースは、両目を覆う角のような器官をこちらへ向けている。視線はない。だが、確実に見られている感覚があった。
聴覚、触覚、殺意、空気の揺らぎ。
そして、無意識領域にも似た先読み。
アザトースは、目を失ってなお、むしろ先ほどより鋭く爆を捉えていた。
「避けたか。いいねぇ、赤髪」
アザトースの口元が吊り上がる。
「じゃあ、次は避けんなよ」
その右手に、再び紅い球体が生まれる。
野球ボールほどの大きさ。
だが、その小ささに反して、周囲の空気が悲鳴を上げるように歪んだ。
「させるかよ」
爆が踏み込む。
赤い炎を纏った刀が、アザトースの手首を狙って走る。
速い。
迷いもない。
だが、アザトースは見えていないはずの目で、それを読んでいた。
「おせぇ」
手首を引くと同時に、膝が爆の腹に突き刺さる。
「ぐっ……!」
内臓が跳ねるような衝撃。
爆の身体が浮きかける。だが、浮いた瞬間に刀を地面へ突き刺し、強引に姿勢を止めた。
止めた直後、紅い拳が顔面へ迫る。
「太陽流剣術――」
爆は刀を軸に身体を捻る。
拳が鼻先を掠め、後方の校舎壁を粉砕した。
「火走り」
低く滑るような斬撃。
爆の刃がアザトースの脇腹を裂いた。
手応えは浅い。
皮膚が硬い。肉に届くまでに、刃が止められる。
それでも、炎が傷口へ食い込んだ。
「チッ……!」
アザトースが舌打ちする。
裂けた脇腹が即座に盛り上がり、肉が繋がる。焼けた部分すら押し出すように再生し、傷は一瞬で消えた。
「硬ぇ上に再生か。ほんと、面倒な身体してやがる」
「褒め言葉として受け取っとくぜ」
アザトースが両手を開いた。
紅色の破壊のオーラがさらに膨れ上がる。
その圧力に、校庭の砂が浮き、瓦礫が震え、空気が赤く染まって見えた。
爆は直感する。
近づき過ぎれば、斬る前に潰される。
離れれば、破壊の球で消される。
中途半端な距離は、一番危ない。
「だったら――」
爆は刀を肩に担ぐように構えた。
「真正面からぶち抜くしかねぇよな」
「ハハッ! そういう馬鹿、嫌いじゃねぇ!」
アザトースが笑う。
その両手に、小さな紅い球が二つ生まれた。
瞬間、爆の背筋が冷えた。
片方だけでも、学校ひとつを消しかねない力。
それが、二つ。
しかもアザトースは、それを投げる気配を見せない。
大きくするつもりだ。
「照夜!」
爆が叫ぶ。
「残ってる奴らをもっと遠くへ飛ばせ!」
「もうやってる!」
離れた場所で、照夜の影が揺れる。
教師や生徒の避難はほぼ完了している。だが、完全ではない。校舎の一部には、まだ動けない者がいる。
爆がそこを気にした一瞬。
アザトースが笑った。
「余所見すんなよ」
紅い球体が膨れ上がる。
野球ボールほどだったそれが、拳ほどに。
さらに大きくなろうとした瞬間――爆が消えた。
否。
跳んだのだ。
地面を爆ぜさせ、炎を推進力にして、一直線にアザトースへ迫る。
「太陽流剣術――紅蓮突き!」
刀の切っ先が、炎の槍となって走る。
狙いは球体ではない。
アザトースの腕。
破壊のエネルギーを増幅させる、その寸前の腕そのもの。
「来いよ!」
アザトースは逃げない。
両手の球体を維持したまま、額から爆へ突っ込む。
炎の切っ先と、紅い破壊のオーラ。
二つがぶつかった。
衝撃が広がる。
校庭の地面が波打ち、割れ、爆風が校舎の窓をまとめて吹き飛ばす。
爆の刃は、アザトースの右腕を斬り裂いていた。
硬い皮膚。
分厚い筋肉。
骨。
その全てを炎で焼きながら、強引に断つ。
右腕が飛んだ。
破壊の球体も、制御を失って空へ逸れる。
紅い光が上空で弾け、雲が丸ごと削り取られた。
「片方――!」
爆が叫ぶより早く、アザトースの左手が動いた。
残った球体。
それを、至近距離で爆の腹へ押し込もうとする。
「終わりだ」
アザトースが笑う。
その瞬間、切断された右腕の断面が膨れた。
肉が沸き、骨が伸び、皮膚が覆う。
新しい右腕が即座に生える。
そして、その再生した右手が爆の刀を掴んだ。
「なっ――」
「逃がさねぇ」
左手の紅い球体が迫る。
爆は刀を手放す判断を一瞬で捨てた。
刀を離せば、次はない。
ならば。
「燃えろ」
爆の全身から炎が噴き上がった。
刀身だけではない。
腕、肩、背中、足。
全身に炎を巡らせ、刀を掴むアザトースの右手ごと焼き払う。
「ぐっ、てめぇ……!」
アザトースの右手が炭化しかける。
それでも離さない。
紅い球体は、もう爆の腹の目前にある。
「照夜ッ!」
爆が叫ぶ。
次の瞬間、爆の足元に影が走った。
照夜の影が、爆の身体を横へ引きずる。
完全な回避ではない。
紅い球体が爆の脇腹を掠める。
ただ掠めただけで、肉が消えた。
血が噴き出すより先に、爆の身体が地面を転がる。
「爆!」
「来んな!」
照夜の声を、爆が怒鳴り返す。
脇腹から血が溢れる。
だが、立った。
刀を握り直し、膝を震わせながらも、立った。
「……今のは助かった」
「助けなかったら死んでた」
「だろうな」
爆は笑う。
笑いながら、アザトースを見た。
再生した右腕。
角のように塞がれた目。
紅色の破壊のオーラ。
全てが、先ほどよりも濃い。
怒りで強くなる。
憎悪で膨れ上がる。
憤怒の魔王の力が、戦いの熱に呼応して増している。
「いいなぁ……」
アザトースが呟いた。
「てめぇら、ほんとにいい。簡単に壊れねぇ。簡単に死なねぇ。だから、もっと怒れる」
紅いオーラが地面を削る。
その圧に、爆の炎が揺れた。
「もっと怒れば、もっと強くなれる。もっと強くなれば、もっと壊せる」
アザトースの掌に、また紅い球が生まれる。
今度は一つ。
だが、さっきよりも濃い。
小さいまま、密度だけが増していく。
「いいか、赤髪」
角で覆われた目が、爆を向いた。
「次は、避けても死ぬぜ」
爆は刀を構える。
脇腹の痛みが、呼吸のたびに意識を削る。
だが、目は逸らさない。
「上等だ」
炎が刀身を包む。
赤い炎と、紅い破壊。
二つの力が、再び校庭の中心で向かい合う。
――その戦いは、まだ始まったばかりだった。




