表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンダラ  作者: メメメ
第三章『アザトース襲来』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/86

第三章 1『墜ちてきた災厄』

 五月の陽射しが教室の床を白く照らしていた。


 昼前。


 気怠げな空気が漂う教室では、教師の板書を写す音だけが静かに響いている。


「――つまり、近代国家の成立には――」


 淡々と続く授業。


 窓際では女子生徒が小声で笑い、後方では男子生徒が眠そうに欠伸を噛み殺していた。


 どこにでもある高校の日常。


 だが、その中で一人だけ。


「…………」


 最後列の席に座る暁照夜だけは、静かに目を細めていた。


 胸騒ぎがする。


 いや、違う。


 これは“予感”ではない。


 修行によって、照夜の肉体は既に常人の領域を超えていた。光と影を糸のように体内へ巡らせ、細胞の分子単位まで浸透させた結果、彼の感覚器官は異常なまでに研ぎ澄まされている。


 空気の震え。


 視線。


 気配。


 殺意。


 それらが微細な波となって神経を撫でていく。


 そして今、その全てが警鐘を鳴らしていた。


「……来る」


 照夜が小さく呟いた瞬間だった。


 ――轟音。


 校舎全体が揺れた。


「きゃあああああッ!!?」


 天井が爆ぜる。


 コンクリートが崩壊し、鉄骨がねじ曲がりながら教室へ降り注いだ。


 机が吹き飛ぶ。


 窓ガラスが一斉に砕け散る。


 悲鳴が教室中へ連鎖した。


 そして。


 崩落した天井の中央。


 粉塵の中から、“それ”が立ち上がる。


「――ァ」


 低い声。


 紅色の髪。


 少し白い、人間に近い肌。


 紺色の白目の中で、紅い瞳が細長く裂けていた。


 その瞳孔は、猫のように縦へ細く伸び、まるで口のように開閉している。


 口元には吸血鬼のような太く鋭い犬歯。


 だが、最も異質なのは。


 その存在そのものが放つ“圧”だった。


 まるで教室へ災害そのものが降ってきたかのような錯覚。


 生徒たちの呼吸が止まる。


 アザトースはゆっくりと周囲を見渡し、口角を吊り上げた。


「……ハハ」


 笑う。


 まるで玩具箱を見つけた子供のように。


「学校ってのは退屈そうな場所だなァ」


 次の瞬間。


 アザトースの拳が振り抜かれた。


 その両手から、黒いオドの気が噴き出す。


 炎ではない。


 煙でもない。


 “気”の輪郭だけが黒く揺らぎ、周囲の空気を歪ませていた。


 轟音。


 教室半分が吹き飛ぶ。


「伏せろッ!!」


 照夜の影が床を這う。


 黒い影が生徒たちを包み込み、瓦礫の直撃を逸らした。


 それでも衝撃だけで数人が吹き飛ばされる。


 教師が腰を抜かし、生徒たちは泣き叫んでいた。


「先生!」


 照夜が叫ぶ。


「生徒を連れて逃げろ! 屋外へ避難しろ!!」


「え、あ……!」


「早く!!」


 怒鳴り声で教師が我に返る。


「全員避難だ!! 走れ!!」


 生徒たちが一斉に動き出した。


 泣きながら。


 叫びながら。


 押し合うように教室を飛び出していく。


 その背中を確認しながら、照夜はアザトースを睨んだ。


「クトゥルフ陣営……」


「おう」


 アザトースが笑う。


「覚えてくれてて嬉しいぜ、暁照夜」


 空気が震えた。


 瞬間。


 アザトースの姿が掻き消える。


「――ッ!」


 照夜は反射的に後方へ飛ぶ。


 直後。


 さっきまでいた場所が爆砕した。


 床がめくれ上がり、鉄筋が剥き出しになる。


「避けるかァ!」


 アザトースが吠える。


 速い。


 重い。


 そして何より。


 戦いを心底楽しんでいる。


 照夜の影槍が放たれる。


 黒い槍がアザトースの胴へ突き刺さった。


 だが。


「浅ぇな」


 硬い。


 まるで鋼鉄だ。


 槍は皮膚を貫ききれず、浅く肉を裂くだけに終わる。


 それでも血は出た。


 だが次の瞬間。


 裂けた傷口が蠢く。


 筋肉が動き、肉が寄り、裂傷が閉じていく。


「再生……!」


 照夜の顔が歪む。


 アザトースが笑った。


「そういうことだ」


 拳。


 照夜は影へ沈む。


 だがアザトースの蹴りが校舎そのものを抉り取った。


 廊下が崩落する。


 天井が落ちる。


 校舎全体が悲鳴を上げるように軋んだ。


「ハハハハッ!!」


 アザトースは笑う。


「楽しいなァ!!」


 照夜が影から飛び出す。


 影の刃。


 蹴り。


 影触手。


 連撃。


 だが。


 アザトースは止まらない。


 斬っても浅い。


 通しても再生する。


 しかも皮膚自体が異常なまでに硬く、決定打にならない。


「チィ……!」


 照夜が距離を取る。


 アザトースは血を拭いながら笑った。


「いいぜ。ちゃんと強ぇ」


 黒いオドの気が、彼の両手から吹き出している。


 空気が歪む。


 床が軋む。


 その出力だけで周囲の景色が震えていた。


「だがまだ足りねぇなァ!!」


 踏み込み。


 爆音。


 照夜が両腕で防御する。


 だが衝撃で吹き飛ばされた。


 壁へ叩きつけられ、校舎外へ転がり落ちる。


「ぐッ……!」


 肺が軋む。


 骨が悲鳴を上げる。


 だが照夜は立ち上がった。


 校庭には避難する生徒たち。


 泣き叫ぶ教師。


 パニック。


 その中心で、校舎を突き破りながらアザトースが降り立つ。


 ズン――!!


 地面が陥没した。


「逃げろォ!!」


 照夜が怒鳴る。


 影が広がり、生徒たちを遠ざける。


 アザトースはその様子を見て、牙を剥いた。


「守りながら戦うか」


 獰猛に笑う。


「いいじゃねぇか。そういうハンデがある方が面白ぇ」


 次の瞬間。


 アザトースが地面を蹴った。


 爆発。


 一直線に照夜へ突っ込む。


 照夜も影を纏い迎撃する。


 二つの力が激突した。


 轟音が響き渡る。


 校舎の窓ガラスが一斉に砕け散った。


 そして。


 魔王襲来、その戦いは。


 ここから始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ