表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンダラ  作者: メメメ
第二章『ノクスの影』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/86

第二章 22『四刀の壁』

 刃が、鳴った。


 甲高く、澄んだ音ではない。

 鉄と鉄がぶつかり合い、互いの芯を削り合うような、重く、濁った衝突音。


 その音が一度響くたび、罪道斬刹の腕には鈍い痺れが走った。


「ぐっ……!」


 踏み込んだ足が土を抉る。

 二本の刀を交差させ、斬刹は正面から振り下ろされた黒い刀身を受け止めていた。


 不動明王の右手に握られているのは、ただの刀ではない。


 暴食の魔王の力によって顕現した、刀身そのものが異質な刃。

 斬るというより、喰らう。

 触れたものを削り取り、噛み砕き、存在の輪郭ごと奪っていくような、底知れない圧があった。


「受け止めましたか。ですが、長くは保ちませんよ」


 不動明王は静かに言う。


 その口調は丁寧で、落ち着いていた。

 怒号もなければ、挑発もない。


 だからこそ、怖い。


 斬刹は歯を食いしばる。

 刀を受けているだけで、こちらの刃が削られていく感覚がある。目には見えないほどわずかでも、確かに何かを持っていかれている。


 このまま押し合えば、負ける。


 そう判断した瞬間、斬刹は力を横へ逃がした。


 黒い刀身が地面へ落ちる。


 直後、土が裂けた。


 斬撃の跡ではない。

 刃が触れた箇所だけ、地面がごっそりと削り取られていた。


「冗談じゃねぇ……!」


 斬刹が飛び退いた、その先。


 左から鍔のない刀が迫る。


 不動明王の左手に握られている刀。

 背中にかけられていた、飾り気のない一本。

 黒い刀身とは違い、こちらは鋭く、速く、正確だった。


 斬刹は左の刀で受ける。

 だが、受けた瞬間には、もう次が来ていた。


 不動明王の脇から生えた二本の腕。


 プラナリアの能力で生やされたそれぞれの腕の掌から、同じ鍔なしの刀が現れ、しっかりと握られている。

 鋼鉄化によって作られた、背中の刀の複製。


 四本の刀。


 右手に暴食の魔王の刀身。

 左手に本物の鍔なし刀。

 脇から生えた二本の腕に、鋼鉄化で複製された鍔なし刀。


 対する斬刹は、二本。


 数で劣る。

 間合いで劣る。

 手数で劣る。


 そして、何より――完成度で劣っていた。


「っ、まだ……!」


 斬刹は右の刀で脇腹を狙う一撃を弾き、左の刀で肩口への斬撃を逸らす。


 だが、それで終わりではない。

 不動明王の四刀は、一つを防げば二つ目が来る。二つを防げば三つ目が来る。

 まるで攻撃そのものが呼吸しているようだった。


「動きは悪くありません」


 不動明王が言う。


「ですが、防ぐために二刀を使っていますね」


「防がなきゃ斬られるだろうが……!」


「ええ。ですが、防ぐだけなら、いずれ斬られます」


 その言葉と同時に、暴食の刃が横薙ぎに走る。


 斬刹は跳んだ。

 足元を黒い刀身が通過し、その軌道上の土が抉れ飛ぶ。


 着地。

 息を吐く間もなく、左手の鍔なし刀が胸を狙う。


 受ける。


 脇の刀が首を狙う。


 逸らす。


 もう一本が膝を狙う。


 避けきれない。


「ぐあっ……!」


 浅く、脚を裂かれる。


 血が飛び、片膝が落ちかける。

 だが、倒れれば終わりだ。


 斬刹は無理やり体を前に倒し、地面を蹴った。


 間合いの内側へ。


 四本の刀を相手に距離を取れば、手数に潰される。

 ならば懐へ入るしかない。


「判断は良いです」


 不動明王の声。


 だが、その評価は斬刹を救わない。


 懐に入った斬刹の眼前に、不動明王の脇から生えた腕が割り込む。

 鋼鉄化の刀が、斬刹の眉間へ真っ直ぐ突き出された。


「っ!」


 斬刹は首を捻る。


 刃が頬をかすめ、血が一筋流れる。


 そのまま斬刹は右の刀を振り上げた。


「万物斬――!」


 刃が、鋼鉄化した刀へ食い込む。


 硬い。


 だが、斬れない硬さではない。


 刃の芯を見る。

 物質の境目を感じる。

 そこにある“斬れる線”を捉える。


 次の瞬間、鋼鉄化の刀が斜めに裂けた。


 しかし、


「惜しいですね」


 不動明王の脇の腕が、刀ごと引いた。


 完全には断てていない。


 浅い。


 斬刹は奥歯を噛む。


「また浅いかよ……!」


「はい。今の一撃は、斬ろうとしました。ですが、斬り切る覚悟が足りません」


「覚悟だと……?」


「はい。あなたの刃は鋭い。ですが、まだ相手を斬ることに迷いがあります」


 不動明王の四本の刀が、静かに構え直される。


「守るために斬る。仲間のために斬る。それは尊いことです。ですが、刃を振るう瞬間だけは、もっと純粋でなければならない」


 斬刹は荒い息を吐く。

 頬から流れる血が顎を伝い、地面へ落ちた。


「純粋……?」


「目の前のものを斬る。その一点に、心を絞るのです」


 次の瞬間、不動明王が消えた。


 否、消えたのではない。

 速すぎた。


 正面から黒い刀身。

 右上から鍔なし刀。

 左下から複製刀。

 背後へ回り込むように、もう一本。


「――ッ!」


 斬刹は二刀を振るう。


 一撃を受け、二撃を逸らし、三撃目を弾く。

 だが四撃目が間に合わない。


 肩口が裂けた。


「ぐああっ!」


 血が飛ぶ。

 膝が沈む。


 それでも斬刹は倒れなかった。


 倒れれば終わり。

 ここで終われば、何も守れない。


 爆も。

 滝壺も。

 照夜も。

 自分が守りたいと思ったもの全部が、遠ざかっていく。


「……まだだ」


 斬刹は立つ。


 震える指で刀を握り直す。

 呼吸が乱れ、視界が赤く滲む。


 だが、その奥で何かが静かになっていく。


 恐怖。

 痛み。

 焦り。

 迷い。


 それらが、ひとつずつ音を消していく。


「俺は……斬る」


 斬刹の二本の刀に、鋭い気配が宿る。


 不動明王の目が、わずかに細められた。


「良い目です」


 四刀が迫る。


 斬刹は逃げない。


 正面から踏み込んだ。


「万物斬――!」


 斬刹の刃が、空気ごと走る。


 それは先ほどまでの斬撃とは違っていた。

 力任せではない。

 技だけでもない。


 目の前にあるものを、ただ斬る。


 その一点だけに研ぎ澄まされた刃。


 鋼鉄化の刀が、今度こそ根元から断たれた。


 続けて、もう一本。


 脇から伸びた腕の刀が宙を舞う。


「……見事」


 不動明王が静かに言う。


 だが、そこで終わりではない。


 右手の黒い刀身が迫る。

 暴食の魔王の刃。


 斬刹は真正面から受けず、半歩だけ身をずらす。

 刃の軌道を読み、削られる前に、自分の刀を滑り込ませた。


 黒い刀身と斬刹の刃が触れ合う。


 一瞬。


 ほんの一瞬だけ、斬刹は“斬れる線”を見た。


「――そこだ」


 斬撃。


 黒い刀身の表面に、細い傷が入る。


 完全に断つには遠い。

 だが、確かに傷をつけた。


 不動明王は動きを止める。


 そして、穏やかに微笑んだ。


「合格です」


 斬刹は息を吐き、膝から崩れ落ちた。


「……死ぬかと思った」


「死なせるつもりはありませんでしたよ」


「説得力ねぇよ……」


 斬刹は仰向けに倒れ、空を見上げる。


 身体中が痛い。

 腕も脚も、今すぐ動かしたくない。


 だが、胸の奥には確かな手応えが残っていた。


 斬れる。


 もっと深く。

 もっと鋭く。

 もっと迷いなく。


 不動明王は刀を収め、静かに告げる。


「あなたの万物斬は、まだ強くなります。ですが今日、扉は開きました」


 斬刹は目を閉じる。


 悔しさと痛みと、わずかな達成感が混ざる。


「……次は、もっと斬る」


「ええ。その意気です」


 こうして、斬刹の修行は一つの段階を越えた。

 二刀流は、ただの形ではなくなった。


 守るために斬る刃。

 迷いを断つ刃。


 罪道斬刹の万物斬は、この日、確かに一段深く研ぎ澄まされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ