バジリコの城門
俺達は夜営地を後にして歩き続けた。あすかはコボルトに憑依してジルとして俺達とともにいる。
「お、おい、ジル、少し引っ付き過ぎじゃないのか?」
俺は隣をまとわりつくジルに注意した。
「照れなくてもいいじゃねえか」
ジルの口調は男らしかったのだが、俺を上目遣いに濡れた瞳で熱く見つめて、しなだれかかり、男らしさの欠片もなかった。
「師匠、ジル、一体どうしちまったんスか?」
バズはジルの行動のおかしさに俺に疑問をぶつけた。
「おそらくだが、コイツは頭を何処かにぶつけて精神的な病にかかったんじゃないかと俺は思ってるんだ」
俺はバズに説明した。
「そうなんすか、少し前の寡黙なジルが良かったっスけど、病気だとしょうがないっスね」
バズは俺の言った事を信じて、今のジルに落胆した。
「まあ、そのうち治ると思うから、温かい目で見てやってくれ」
俺はバズを励ました。景色に目をやると 遠くの丘の斜面に、石造りの小さな農家と、草を食む羊の群れが見えた。
「いい景色ですね、旦那さま」
ティナが口にした。
「そうだな、でもティナのほうがキレイだよ」
俺は心にもない事を言ったが、ティナは満更でもない笑顔になった。
「嬉しいですわ、旦那さま」
ティナははにかんだ。
「ホントの事だよ」
俺はティナの顔を見て微笑んだ。すると俺の腕が突如として、悲鳴を上げた。
「ぐわぁー!」
「どうされましたか? 旦那さま」
ティナが心配そうな顔を俺に向けた。
「う、腕に、強烈な痛みが」
俺は叫ぶと腕の方に目を遣った。
「ジル、一体、何やってるのですか!」
ティナはジルを見た。
「ジ、ジルが師匠に噛みついて血が流れてるっス!」
バズは叫んでジルを俺から引き剥がそうとした。
「ジルの目が普通じゃないっス」
バズは騒ぎ立てた。
「ジル、いい加減にしなさい!」
ティナは後頭部に手刀を喰らわすとジルは気絶した。
「ティナ、ポーションを頼む」
俺は意識が朦朧としながらティナの顔を見た。
「わかったわ」
ティナはそういうとマジックバッグからポーションを取り出し俺の腕に流しかけた。
「ありがとう、助かったよティナ」
俺はティナに礼を述べた。ティナは照れた顔で俺を見た。
「それにしても、ジルはなんで俺の腕を噛んだんだ?」
俺はつぶやいた。
「嫉妬ですわ」
「嫉妬?」
俺はティナの顔を見た。
「ジルは旦那さまに劣情を抱いているのですわ!」
ティナは何か確証があるかの様に俺に訴えた。
「劣情だと?」
俺は身体が震えた。
「女性が好きなだけの俺が、愛する対象として、性別すら乗り越える覚悟もない俺に種族の壁さえもイキナリ乗り越えろと言うのか?」
俺は俺の直ぐ近くにアブノーマルな境界線がある事に恐怖した。
「師匠、あっちの世界に行ってしまうんスか?」
バズは顔を青くしながら俺にたずねた。
「いや、俺はノーマルだ! 絶対にそんな事はない」
俺は全力で否定した。
「俺は全力で否定しまくる友人達が向こう側の世界に堕ちていくサマを何度も見てきたっス! 師匠も必ず落ちていくっス!」
バズは俺を見て憐れみの気持ちからか涙を流し始めた。
「バズ、いい加減なことを言うな、ティナ、お前からバズになんか言ってくれ!」
俺はティナを見るとティナはむせび泣いていた。
「いい加減にしろ」
俺はつぶやくと俺の気持ちをわかってくれたのかスコルンが尻尾を振りながら俺に寄り添った。
「お前だけだよ、俺の事を理解してくれるのは」
俺はスコルンを抱きしめた。
しばらくして落ち着きを取り戻した俺達は丘の頂きに歩みを進めた。
俺達が丘の頂に辿り着いた瞬間、視界が開けた。彼方の地平線に、次の街の頑強な城壁が姿を現した。昼を知らせる鐘の音が、風に乗ってかすかに届いた。
「ようやくバジリコの城門が見えて来たな、打ち合わせ通り旅芸人という体裁で行くぞ」
俺は皆を見回すとティナもバズもジルもスコルンも皆うなずいた。
俺達は手綱を握り直し、最後の一歩を急いだ。街道の先の開かれた門から漏れ出す明かりが、辺境伯と交わした果たすべき使命を予感させていた。




