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侵食する欲望

 ジルは今でと違って、なにか親しみやすいというか妙な感じになっていた。


「レックス、今の我、どうかな」


 ジルは首を女性のようにかしげ、俺に何かを訴えて来た。


「い、いや、良いんじゃないかな」


 俺は違和感しかないジルを見てとりあえず褒めた。


「レックス、本当か?」


 ジルは訴えるような目で俺を見た。


「ほ、本当だよ」


 俺の目は泳いだ。


「レックス、我の事、嫌いになったのか?」


 ジルは切ない目で俺を見るとうつ向いて、涙を流し出した。


「ティナ」


 俺はティナの方を見たが目も合わせてくれなかった。俺は困り果てた。


 ジルの今の姿は憑依する前のコボルトの発情期を伴った荒々しさがなくなり、寄生している思念体のあすかの意思が全面に出ていた。


「俺はお前の事が嫌いになったわけではない、ちょっと戸惑っているだけだ」


 俺はジルに近寄って肩に手を置いた。


「本当か?」


 ジルが熱いまなざしで俺の顔を見た。


「あ、嗚呼、まあ出来たら、これまでの孤高な存在でニヒルな感じのジルだと俺も普通でいられるんだがな」


 俺はジルに注文をつけた。


「今の我じゃ駄目なのか?」


 ジルは俺の目を見つめた。


「駄目じゃないんだが」


 俺がジルに言葉をかけるも、ジルは熱いまなざしで俺の肩を掴むとマウンティングのポーズを取り腰をヘコヘコしだした。


「おい、ジル、ヤメロ!」


 俺は叫んだ。憑依する前のジルはコボルト特有の発情期を伴った荒々しさがあったのだが、発情期を意図的に取り払った事で欲望の魔の手は消えたかに見えた。


「止まらないんじゃ、どうにかしてくれぬか、レックス」


 目が潤み、熱い吐息を俺に吹きかけるジルはふざけた事を言い出した。


「ぐあぁぁ!」


 俺は必死にもがいた。するとティナがジルの後頭部に手刀をたたき込み、意識を刈りとった。


「ありがとう、ティナ、助かったよ」


 俺はティナに頭を下げた。


「何度も言ってるじゃないですか、コボルトを追放して下さいと」


 ティナはあきれていた。


「すまない、ティナ、それにしても憑依する肉体の影響はあすかの精神にすら影響を及ぼすんだな」


 俺はボソッとつぶやいた。


「その程度ですめばよろしいのですが」


 ティナは意味深な事をつぶやいた。


「どういう事だ?」


 俺はティナを見た。


「ヌシ様はすでに欲望の魔の手の軍門に(くだ)っているかもしれません」


 ティナは気絶して転がっているコボルトを見ながらつぶやいた。


「はあ!」


 俺は思わず声を出した。


「気丈に振る舞っていたヌシ様の精神は既にボロボロで、欲望に侵食され、コボルトの肉体の有無とか最早関係ありません」


 淡々とティナは語った。


「嘘だろ、ティナ! 人間すらも超越する気高い存在のあすかが、こんな薄汚れた欲望みたいなものに取り憑かれるなんて!」


 俺は気が動転しながらティナの顔を見た。


「残念ながら本当だと思われます」


 ティナは俺に宣告した。


「冗談だろ、ティナ! あの純真無垢なあすかが…… ウソだと言ってくれよ、ティナ!」


 俺は冒険者になって、あまり深く考えずに俺の日常にあすかを巻き込んでしまった事に血の気が引いていった。


「旦那さま、こうなってしまった以上、後悔しても仕方ありません! これからは旦那さまと私がヌシ様を欲望の魔の手から護るのです」


 ティナは真剣な面持ちで俺に訴えた。


「わかった」


 俺は相づちをうった。


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