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寄宿舎に戻る

 侍従に案内された客室は、厚い石壁に囲まれ、部屋に足を踏み入れると重厚で、どこか冷ややかな空気に包まれていた。


「俺とティナはここに泊まるからバズは隣の部屋を使ってくれ」


「わかったっス」


 バズはそう言うと侍従に連れられて隣の部屋へ向かった。


 部屋の中央には、オーク材で作られた天蓋(てんがい)付きのベッドがあった。四隅の柱には獅子の彫刻が施され、上部からは隙間(すきま)風を防ぐための厚手のベルベットのカーテンが垂れ下がっていた。


「ティナ、暖炉のそばで、少し話でもしないか?」


 俺はティナと暖炉へ移動した。冷たい石畳の上には、獣の毛皮が敷かれていて、歩く音をわずかに吸い込んだ。


「今はそんな気分になれないわ」


 暖炉の前のソファに座るとティナはそう答えた。 


 部屋の片隅の暖炉では、太い薪が真っ赤に爆ぜ、煤の匂いを漂わせていた。炎の熱は顔を火照らせたが、背中側は石壁から深い冷気が漂った。


「そうか、話がしたくなったら声をかけてくれ」


 俺は暖炉の炎をじっと見つめた。


 壁の燭台に灯された蜜蝋(みつろう)蝋燭(ろうそく)の揺らめく炎が、部屋の隅々に(いびつ)な影を投げかけた。


 しばらくして俺は窓のある所まで向かった。


「ティナが、もし人間の世界がイヤになったなら、俺は全てを捨てて、お前と一緒に、この国を出るつもりだ。」


 ティナに聞こえるようにつぶやいた。


 城の窓は外敵を防ぐために狭く作られていた。外からは、風の唸り声が聞こえたが、室内は重い静寂に満ちていた。


「だが、今回辺境伯に頼まれた件は片付けてからになるが、それ迄にどうしたいか考えておいてくれ」


 俺はそう付け加えた。 


 少しして、後ろの方からティナの気配がするとティナは俺の背中越しに抱きついて来た。


 俺はティナの方に向きを変えるとティナを抱きしめた。



 翌日、俺達は辺境伯と別れの挨拶を交わした。


「辺境伯様、クーデター前に必ず奴等を潰します。我々にお任せ下さい」


 俺はヴェンツォに見栄を切った。


「アイツ等のところに第三王子の残党も加わっているから、気をつけろよ」


 ヴェンツォ・ランチャは俺に注意を促した。


「辺境伯も奴等の甘言にはのらず、周辺の警戒も怠らないように気をつけて下さい」


 俺は辺境伯の家族に忠告すると辺境伯領を後にした。


「師匠、これからどうするんスか?」


 バズが俺に尋ねた。


「いったん、寄宿舎に戻って準備をしてからバジリコに出発だ」


 俺はバズの方を向いた。


「ところで師匠、俺達、有名人になってるから、帰る途中、またもみくちゃにされますよ」


 バズは肥大した承認欲求を抱えているように見えた。


「なんか嬉しそうだなバズ、よかったらお前だけ街を歩いてチヤホヤされながら帰って来てもいいんだぞ!」


 俺がそう言うとバズの目は輝いた。


「いいんすか! 師匠」


 俺に確認をとった。


「お前が飽きるまでチヤホヤしてもらえ!」


 俺がバズに言うのをティナは聞いていた。


「よろしいのですか、旦那さま?」


 ティナは俺の顔を見た。


「こういう事は納得するまでトコトンやらせて、未練を残さないようにしないと駄目なんだ」


「そういうものですか?」


「そういうもんだ」


 俺はティナにそう言うとブッシュウルフのスコルンに認識阻害を俺とティナに掛けさせて、寄宿舎に戻った。


 玄関の鍵を開けて中に入るとコボルトのジルが縄でグルグル巻にされ、柱にくくりつけられて、ぐったりとして意識を失っていた。


「ジル、どうしたんだ! しっかりしろ」


 俺は必死に声をかけた。


「旦那さま、ジルからヌシ様の気配が感じられませんが?」


「ん、あすかか? アイツ何処行ったんだ!」


 俺はあたりを見回した。


『ここじゃ、ここに居る』


 あすかの思念が話しかけて来た。


「どこだ!」


『コヤツの中だ』


 スコルンの中にいるようだ。


「姿を現せ!」


『わかった』


 そう言うとスコルンの中から一匹のノミが姿を現した。


「お前があすかか?」


『そうじゃ』


 弱々しい返事が聞こえて来た。


「なんでノミの姿になっているんだ?」


『お主が、我を信用せぬがゆえ、ジルの憑依を解いて、ノミになって、スコルンをそそのかし、王都に向かったのだが、コヤツの血を思わず吸ってしまって、ノミの姿から戻れなくなってしまったんじゃ』 


「なんで戻れなくなったんだ?」


『コヤツのフェンリルとしての生命エネルギーが強すぎたためじゃ』


「そういえば、人の形になった時もしばらくそのままだったな。それはそうとお前、何しに王都まで執念深くやって来たんだ?」


『イヤ、そ、それはお主等ばかりがご馳走にありつくのが許せなくて、つい』


「それでジルをあんな姿にしたのか!」


 俺は怒鳴った。


『す、すまぬ』


 あすかはノミの姿で謝った。


「わかった、それでいつノミの姿からもとに戻れる?」


『もうしばらくじゃ』


「そうか、もう勝手な事はするなよ」


 俺はノミのあすかを注意すると旅に出る準備をした。    




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