エンジョイしょう!
朝になると執事が呼びに来たので、応接室へと向かう。応接室の白い扉が開かれると、朝の陽の光を浴びて揺れる髪を煌めかせるビクトリアがいた。
「おはよう! レックス」
ビクトリアは明るい笑顔で俺に朝の挨拶をした。その表情は、なんだか大人びて見えた。
「あ、嗚呼、おはよう」
俺は戸惑いながら返事を返した。
「おはよう、レックス君」
奥の席からマイバッハ公爵が近付いて来た。
「おはようございます」
俺は公爵に挨拶をして席に着くとテーブルに用意された軽食を手にした。
「君はもう我々の家族の一員みたいなものだから困った事があったら、何でも言ってきなさい」
公爵は俺の顔を見た。俺は子爵としての後見人的な立場で相談に乗ってくれるくらいの気持ちでいた。
「レックス」
俺を呼ぶビクトリアの瞳は軽く潤み、艶っぽく見えた。
「私、今は貴方と結婚出来なくてもいい、でも、ずっと待ってる」
何かが吹っ切れたように微笑むビクトリアの表情は本物の聖女のようだった。
「レックス君、私も君の気持ちが変わるのを待っているから、その気になったら家に来なさい」
公爵が真剣な目付きで俺を見た。
「どういう事ですか?」
俺は疑問を呈した。
「若いうちは色んな経験をしたほうがいい、それに飽きたらここへ来なさい。何かあれば我々が君の面倒を見よう! ビクトリアの伴侶として迎えるよ」
公爵は俺の顔を見て微笑んだ。ビクトリアは公爵の後ろで俯いてはにかんでいた。
「ありがとうございます」
俺はなんだか事情が良くわからないまま、礼を述べるとティナとバズがいる宿屋へと向かうため、馬車を用意してもらい公爵邸を後にした。
馬車のなかで俺はポケットの中からビンを取り出した。
「コイツの事、ビクトリアに聞けなかったな」
俺はつぶやいた。
「何でこんなものが必要だったんだろう」
俺は夢欲転精と書かれたビンを眺めて、色々考えた。
「もしかして、コイツを使って何らかの既成事実を作り出そうとしていたのか」
俺は、思わず声に出したが、考えれば考えるほど恐ろしくなって来たので考えるのをやめた。
宿屋の近くに馬車が到着すると俺は宿屋の方へ歩き始めた。するとそこに何故かバズが歩いていた。
「バズ、どこ行くんだ」
俺は声をかけた。
「あっ、師匠! 今からマッチングサロンに行くっス! 師匠もどうっスか?」
「マッチングサロン? そんな所があるのか」
俺は興味本位でバズの後をついて行った。サロンの店内に入るといかがわしい雰囲気が充満していた。
「何だ、ここは」
「男と女がエンジョイする場っス」
「そ、そうか」
バズは手慣れた様子で参加費を払うと店内のイスに腰掛けた。
「師匠も早くこっち来て下さい」
バズの言葉に俺も参加費を払ってバズの隣に腰掛けた。
するとセクシーな薄着の女性がやって来た。俺はバズに言われるがまま、俺好みの巨乳メガネの女性と話をした。
「どうっスか師匠、ティナ姉さん以外の女性との出会いを楽しんで、日頃の憂さをはらしましょう」
そう言うと早くもバズは自分の世界に旅だった。
「バズの野郎、早速、エンジョイを始めやがったな」
今までの賢者と化した俺ならきわめて冷静な対応をしただろう。しかし、今日の俺は一味違った。欲望レベルがマックスに達していたからだ。
「俺もエンジョイするか」
俺はエンジョイするため、女性に手を伸ばそうとしたその時、制限時間が来てサービスは終了した。
「ふう、スッキリしたっス!」
バズが横から清々(すかすか)しい声で言葉を発した。
「バズの野郎、欲望を解放しやがった」
俺は欲望を解放できなかった事に肩を落とした。
「欲望レベルが上がり過ぎると時間の経過が早くなるとでも言うのか?」
俺は虚しくて、しばらく天井を見上げた。
「ティナはどうしてるかな」
俺は無性に、ティナに会いたくなった。




