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俺とビクトリア

 俺とビクトリアと公爵は王国音楽祭からこれまでのお互いの近況を応接室で語り合った。


 さっきまで部屋の隅々を明るく照らしていた陽の光が、いつの間にか夕闇にかわった。 


 空の境界線がゆっくりと溶け始め、時計の針が進む音さえ忘れるほど熱を帯びた会話の余韻が、夕風(ゆうかせ)に混じって部屋を満たしていった。


「もう、こんな時間?」


 ビクトリアがこぼした呟きに小さな笑い声が重なった。 


「レックス君、今日はもう遅いから泊まっていきなさい」


 公爵が俺の顔を見てやさしく微笑んだ。


「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」


 俺は返事を返した。それから皆で夕食をともにして、少し落ち着いた時だった。


「ビクトリア、レックス君とツモる話もあるだろうから客室に連れて行って、しばらく、一緒に居たらどうだね」


 公爵はビクトリアに持ちかけた。


「よろしいのですか」


 ビクトリアは少し驚いたような表情で父であるマイバッハ公爵を見た。


「行ってきなさい」


 公爵は父親の顔で微笑んだ。




 案内をするビクトリアの後ろを付いていくと客室の前へとたどり着いた。


 重厚な扉が開かれた瞬間、外界の喧騒(けんそう)を遮断した静謐(せいひつ)な空間が広がった。


 高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアが俺の目をひいた。壁面に目をやると深い赤のシルクで覆われ、そこに金糸で細やかな紋章が刺繍(ししゆう)されていた。


 そこは空間そのものが訪れる者に、自身の立場と時間の重みを無言で伝えてくるようだった。


 そんな気品に満ちた空間に、今、俺はビクトリアと二人きりになった。


 俺とビクトリアはソファに腰を下ろした。ソファの張り地に使われているベルベットが身体にピッタリと吸い付く様に包み込んで俺の身体を離さなかった。


 ビクトリアは使用人を呼ぶとワインとつまみを持って来させた。


 俺達はワインを飲みながらアカデミー時代の昔話にハナを咲かせた。いろんな思い出を語り合っているとビクトリアは次第に暴走を始めた。


「ビクトリア、ちょっと飲み過ぎじゃないのか?」


 俺はビクトリアをたしなめた。


「そんな事ないわよ! レックス、アンタも飲みなさいよ」


 俺のワイングラスに注いだ。


「どうしたんだ、さっきまでの愛らしいキミは何処に行ったんだ」


 俺は心配になった。


「私はここに、ずっといるわよ! それよりレックス、あの女は一体何なのよ!」


 突然、大声を上げるビクトリアに聞き返した。


「あの女?」


「辺境伯領の戦地で一緒に居た女よ!」


 以前の、恐ろしいトラウマを俺に与えたビクトリアがそこにいた。


「俺の冒険者のパーティメンバーだ」


 俺は嘘いつわりのない回答をした。


「嘘を言わないで」


 酔いがまわって、目がすわるビクトリアは俺を(にら)みつけた。俺はその迫力に以前の記憶がフラッシュバックされ、小刻みに指が震えだした。


「嘘じゃないよ!」


 俺はそう訴えたが、聞く耳を持たなかった。


「調べはついてるのよ!」


 ビクトリアは俺に何か書かれた羊皮紙をテーブルの上に叩き付けた。俺は羊皮紙を恐る恐る手に取って見た。そこには俺の素行調査が細かく書き記されていた。


「なんだこれは?」


「レックス、貴方あのエルフの女にプロポーズしたらしいじゃない? どういう事かしら」


 ビクトリアは不気味な笑みを浮かべて俺に詰め寄って来た。


「き、気のせいだよ」


 俺は恐怖で目がおよいだ。


「気のせいって冗談じゃないわよ!」


 ビクトリアは部屋中に響き渡る声で俺に怒鳴った。


「す、すまん」


 俺は気が動転して何が悪いのかよくわからないままに足元の絨毯を見つめながらビクトリアに謝った。


「何に謝ってんのよ!」


「いや、俺が王国から追放されて、お尋ね者になったために、ビクトリアとは釣り合いが取れないと思って……」


 俺は正直な気持ちを打ち明けた。


「それでも私を思う気持ちがあったら独り身でいたはずよ!」


 ビクトリアはそう(さけ)んだ後、両手で顔を(おお)って泣き出した。俺はそれをぼう然とながめていた。


 俺はソファを立ち上がるとビクトリアの横にすわり、肩を寄せた。


「優しくしないで」


 ビクトリアが震える声で俺に伝えた。俺はそのまま抱きしめた。


「私、貴方が英雄となって叙爵(じよしやく)されるってパパから聞いた時、子爵になれるように頼んだの。レックスがそうなれば家柄の問題は解消されるって!」


 少し落ち着いたビクトリアは俺の顔を見た。


「確かに子爵に叙爵された時は驚いたな」


「なら、私とずっと一緒にいてほしい」


 ビクトリアは俺の顔を見つめた。


「でも、無理だよ、俺は一度は反逆者と呼ばれた男だ! 君に相応しくない」


 ビクトリアは俺を見て涙を流し始めた。


「貴方がしでかした事になっていた事件も冤罪だって証明されたわ! それでも駄目なの」


 ビクトリアは俺に訴えた。


「俺達はもう既に、別々な時を生きている。俺の事は諦めて違う人生を歩んだほうが良い」


 俺がそう告げると泣き崩れたがしばらくすると落ち着いて、俺のワイングラスに並々とワインを注いだ。


「飲んで」


 ビクトリアは俺にワインを飲む事を強要した。


「わかった」


 俺は言われるがまま飲んだ。すると急に眠気が襲って来て意識を失った。




 俺は変な夢をみた。俺の理性がまるで火にあぶられたかのような奇声を発したのだ。


『ぎゃあぁぁ~! 我が消滅していく』


 理性が叫ぶとともに消滅し、俺がビクトリアと結ばれるという夢だった。




 俺は目を覚ますと身体からあり得ないほどの量の汗が噴き出した。


「なんだ、今の夢は?」


 俺はぼんやりする頭のまま、あたりを見回した。ソファに座っていたはずの俺は何故かベッドの上で寝ていてシーツは通常では考えられない程に乱れていた。


「ビクトリアはいないな」


 テーブルの上には昨日のワイングラスとボトルが無造作に置かれていたがビクトリアは居なかった。しかし、そこには昨日、存在しなかったナゾのビンが転がっていた。


「なんだ、これは?」


 俺はビンを持ち上げた。


「何か書いてあるな」


 書いてある文字を読んだ。


「夢欲転精?」


 俺はビンを見つめた。


「怪しい名前だな」


 俺はビンを舐め回すように眺めた後、中のニオイを嗅いだ。


「あの時の親父の店のヤツにそっくりだ!」


 俺は絶叫した。


「もしかして、俺は知らぬ間にコイツを服用したことによって、俺の理性が消滅して賢者モードが解消された可能性もあるな」


 俺はつぶやいた。


「ところで、何で夢欲転精なる物が転がっていたんだ?」


 俺の頭の中に疑問が渦巻いた。

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