青いかたまり
丘の上に陣を構え、強化魔法を纏った冒険者の傭兵達は 弓矢 や魔法の遠距離攻撃などで、序盤、戦いを有利に進めた。
しかし、魔族軍は 定石を覆すような地形を無効化する攻撃を仕掛けて来た。
「上を見ろ! ワイバーンがいるぞ!」
傭兵の一人が叫んだ。
「こっちの方はガーゴイルだ」
魔族は上空からの攻撃を仕掛けてきた。 ガーゴイルやワイバーンといったユニットを組んだ 飛行魔獣を投入した。
「ぐあぁぁ~っ!」
「どうした!」
「ワイバーンのブレスにやられた!」
丘の上の冒険者達が正面の坂を警戒してる隙に真上や背後から急降下して攻撃して来た。 丘の上は逃げ場が少ないため 空からの攻撃は致命傷を与えた。
「おい、魔族がなんかやってるぞ!」
「足元がぐらぐらする」
「ひ、ひえぇ~! ど、土砂が、崩れる! タスケテクレ!」
丘の上にいた冒険者の傭兵達は土砂に飲み込まれた。
魔族は足元からの土掘り戦術を用いて、大型の土龍や地中潜伏型の魔物を使い丘の土台そのものを 崩落させようとしたのだった。
「うわぁ~っ! 目の前に魔族がいやがる!」
「助けてくれ!」
「グアァ~ッ!」
丘が崩れ冒険者側の陣形は崩壊し なだれのように上から下へ 滑り落ちたところを平地の魔族の主力部隊が叩いた。
「なんだ、この音は! 気が狂いそうだ!」
「お前は誰だ! ま、魔族か!」
「ヒイィィ〜ッ! ま、待て! 俺は魔族じゃねえ!」
「ぐわあぁ~ッ! 誰か、助けてくれ!」
他にも不況和音による精神汚染、 巨大な角笛や唸るような呪詛を響かせることで 兵士の脳や脳を直接 揺さぶり、恐怖心や 幻覚を引き起こした。
「なんだ、この黒い霧は?」
「ソイツは瘴気の霧だ! 口をふさげ!」
「く、苦しい! もう駄目だ!」
「おい、しっかりしろ! クソッ! 何なんだこの状況は!」
別の魔族部隊は 瘴気の霧を用いる戦法により丘の下の平地からは濃密な黒い霧や毒の瘴気を立ち上らせた。それにより冒険者の傭兵達は次々と倒れていった。
「魔族の状況が全くわかんねえ!」
「グアあぁっ!」
「どうした!」
「魔族にやられちまった! 俺はもう駄目だ、後を頼む」
丘の上にいる冒険者の傭兵達からは下の状況が一切見えなくなり、 魔族軍がどこまで接近しているかという恐怖と戦うことになった。
「師匠、冒険者達が、魔族に押されているっス! このままじゃ大変なことになるっス!」
バズは演奏しながら俺に訴えた。
「確かにな、強化魔法だけでは難しそうだな! 攻撃魔法用の演奏に切り替えよう」
俺達は演奏を攻撃魔法用に切り替えると一心不乱に演奏を続けた。
ティナのソロパートになった。
最初は静かに、スネアのゴーストノートから始まった。
フロアタムを強調して、地鳴りのような重厚感を出し始めるとハイハットをオープンにして一気にスピードアップした。ここでツインペダルが炸裂した。
「なんかこの太鼓の音が聴こえて来てから足元の地鳴りが止まったぞ!」
「地面の中から魔物の悲痛な叫び声みたいなのが聴こえるぞ!」
「本当だ! どうなってんだ」
クライマックスは 全身全霊の連打によってすべての太鼓とシンバルを使い切ると最後は両手でクラッシュを叩き、バスドラムを同時に踏み込んで余韻を残して終了した。
「完全に静かになったぞ!」
「アイツ等のおかげなのか?」
「何にせよ、俺達は助かったんだな」
次はジルのソロパートの番だ。
まずは重低音のE弦を開放で鳴らし、リズムを刻むとスラップ・アタックを決めた。
次にハイフレットに移動して、歌うような旋律を奏でるとビブラートで音を揺らした。
「なんだか霧が薄くなっていないか?」
「本当だ」
最後に指弾きで力強く音を粒立たせ、和音をかき鳴らし、金属的なハーモニクス音で締めくくった。
「瘴気が消えてるぞ!」
「変な幻覚も見えねえ!」
「俺達は助かったんだ!」
冒険者達は状況が改善して安堵した。
俺達はティナやジルのソロパートが終わっても取り憑かれたように演奏を続けた。
だが、演奏の最中、バズは徐々に暴走し始めた。
バズは目を閉じると突然、陶酔しきった表情でネックを激しく揺らし出した。アンプのボリュームを密かに上げ、ドラムのキックを無視して、演奏はバズの独奏会の様相を呈した。
その時、眼の前の空に見たこともない雲くらいの大きさの青いカタマリがあらわれた。
青いカタマリは外側を透明な膜が覆い、巨大なスライムが空に浮かんでいるように見えた。
それは、まるですくい上げたばかりの静止した水のようで、透明な層を通り抜けた光は、上空でゆらゆらと揺らめき、圧倒的な瑞々しさを放っていた。
降り注ぐ午後の陽光をその身に透かし、プルンとした表面には空の青が写り込み、表面の透明な膜が反射する光はキラキラと揺らめく水面のようでもあり、幻想的であった。
それが数万を擁する魔王軍本隊の方へ、空に浮かぶ雲が移動するように、徐々に向かって行った。
「お、おい、あれは何だ!」
冒険者の一人が指を指した。
「巨大なスライムが奴らの頭の上の空高くに浮かんでるぞ」
そう言って傭兵達は青いカタマリを注意深くうかがった。
演奏しているバズの暴走は依然として変わらなかった。そのせいでバズの暴走に呼応するかのようにスライム状のカタマリはさらに膨れ上がった。
曲が終盤に差し掛かって、俺はアイコンタクトを送ったが、バズはそれを無視して前方へ飛び出すとソロパフォーマンスを開始した。
「おい、バズ! 冒険者達の様子がオカシイぞ!」
自分の演奏に酔いしれるバズに俺は叫んだ。すると、ハッ! としたバズは我を取り戻し、辺りを見回した。
「師匠、空を見て下さい!」
「空?」
「青いカタマリが浮かんでいるっス!」
「本当だ」
そう言いながらも手を止める事なく演奏を続けた。
「おい、レックス、始まったようだぞ!」
ジルが声をかけて来た。
「何がだ?」
俺は尋ねた。
「バズの覚醒だ」
「覚醒? そういえば、あすかとそんな話をしたなぁって、お前、あすかか?!」
「今頃気付いたのか! それよりレックスの演奏とバズの演奏が聖魔法と闇魔法で干渉しあいハレーションを起こしているようだ」
「ハレーション? 一体どうなるんだ」
「そんな事知らん」
「知らんっていい加減だな。バズ! 身体に異常は無いか?」
二つの魔法がバズに干渉して最悪、死ぬかもしれないと心配になった俺はバズに確認する。
「大丈夫っス!」
「そうか!」
その間にも青いカタマリはさらに大きくなった。皆、呆然とそのカタマリを眺めていると膜の一部が破け、そこから巨大な炎を噴き上げながら徐々に魔王軍の方へ落下して行った。
さらに膜はあちこちと破け、そこから数多の炎を放出した。やがて、それは巨大な一つの火の玉に姿を変え、魔王軍の本隊のど真ん中に墜ちた。
「なんだよ、あれはまるで、終焉の業火だ!」
足を止めた傭兵の一人が叫んだ。
「確かに、全てを終わらせる究極の炎だな」
一緒にいた傭兵も思わず口にした。
暫くして、まばゆい光があたりを覆い、巨大な火柱が空へとまいあがるとともにやや遅れて、爆風と轟音が衝撃波を伴いそこに居た冒険者と俺達の身体を揺さぶった。
ティナとジルはそれぞれレックスとバズの方を見た。
爽快に演奏を続けていた俺とバズは顔を見合わせ、やっちまったという顔をしたが、すでに手遅れだった。
仕方がないので俺達は演奏を終えた。
「青いカタマリは敵軍中央で膨らんで爆ぜた。そして敵は消えた。俺達の勝利だ!」
もう取返しがつかなくなったので、何事も無かったように冷静に俺はマイクパフォーマンスをした。
その場に居た冒険者の傭兵達、別の場所で待機していた王国軍は皆、口あんぐりで、その場に立ち尽くしていたが、我に戻ると大いに沸いた。
「すげぇぞ! お前等」
「どうなってんだ!」
「良くやった!」
数多くの冒険者の傭兵達に俺達は賞賛を浴びていた。その一方で王国軍はそれを遠目で見ていた。




