第30話『意気消沈、無責任当事者に呆れる』
「さて、と……」
屋敷に到着するまで、本当に一瞬だった。
ただ一直線に進むだけだったし、何よりもお馬さんから伝わる怒りの感情が速度に出ていたから。
でも驚いたのが、屋敷を囲んでいる壁も勢いそのままに跳び越えてしまったこと。
領地の境界として設けられている塀よりは低いけど――この調子であれば同じく跳び越えられたのかもしれない。
今更になって考えたけど、白いお馬さんは大聖霊ということだけど扱っている魔法は風なのかも。
走っているときの体が軽くなったり、風の抵抗や髪がなびくことすらなかった。
「行こう」
どうしてこんな状況で考えられているかというと。
領民を全員にではなくても非難させられるほど大きい敷地内なはずの場所で、門は固く閉ざされているにもかかわらず門番が誰も居ないことに驚く。
さっきの状況から、兵士が逃げ出したとは考えられない。
完全に全員を出払っているか、それとも引きこもっているのか……。
それもこれも、疑問を解決するには中へ入ったらわかることだ。
「みんなはここで待っててね」
意を決し、大扉を開く。
鍵がかかっていないことに驚いたけど、それよりも中に誰も待っていないことにも気がかりだ。
緊急事態なのだから、いつも通りに使用人の方々が清掃をしていたり出迎えてくれるわけがないことは理解できる。
でもじゃあ、だからこそ。
なぜ入り口という最初の防衛線を守っている兵士の姿がないの……?
足を止めて考えていても時間が無駄だけど、どこに向かうべきだろうか。
屋敷は何十人も生活できてしまうほど大きいから、手前の部屋から探して行っても時間を浪費するだけ。
人が集まれそうな場所から探り、最後に部屋へ向かえばいいかな。
「まずは、宴会場」
左右の階段や部屋には無視し、正面からいける大扉を目指して足を進める。
――まさか、一番最初に辺りを引いてしまうとは。
話し声が聞こえる中を確認するべく、両扉を開閉。
「せ、聖女様!?」
しかし見当外れではあった。
中に居たのは、使用人の方々。
普段の衣類であり、料理人は包丁を、庭師の人はハサミを、他の方々は箒などを震える手で握っている。
「てっきり、もう会えないものだと……」
「皆様、お久しぶりです――と言えるほど時間は空いてませんが。大丈夫みたいですね」
「え、ええ。でも話によると、『生きて森を抜けることはできない。できたとしても、街には辿り着けないだろう』と領主様が」
「そんなことを?」
「はい。お言葉を選ばずお伝えいたしますと、『死んだと思え』とおっしゃっておりました」
その言い草に関しては怒りの感情は芽生えない。
モンスターが闊歩する森を抜けるためには、冒険者か戦える人を同行させる必要があることは身をもって感じ取った。
私は領主たちの前で力を示したことはないから、ダンジョンで1人でモンスターと対峙していたことは知らないから、言いたいことも考えていることも理解できる。
でもそれを、わざわざ私によくしてくれた人たちへ直接伝える必要があるかは理解に苦しむ。
私への当てつけのつもりなのか、聖女マリナスにいい顔をしたいから権力を示したかったのかは知らないけど……。
身勝手かどうかは、この件も身をもって感じ取ったから考えるだけ意味がないか。
「そんな領主は、どこへ?」
「領主様は、聖女様と2人で自室にいらっしゃいます」
「そう……」
考えうる最悪の選択を取る領主とは、呆れてしまう。
領民が不安に駆り立てられている状況下、ましてや使用人の方々を避難させず、自分は自分が安全だと思える場所で引きこもっている、と。
いや……この様子だと、指示を出さず動けないようにして盾となり時間稼ぎ要員としか思っていない可能性もある――許せない。
「兵士たちが話をしていたのですが、ダンジョン崩壊が起きているとは本当なのですか?」
「はい。と言っても、私はまだ直接確認できていません。ですが、領民の方々と門を守る兵士の方々が証言してくださいました」
「な、なんと……」
ここでも不安が伝染してしまい、後ろに居る方々が不安を吐露し始めてしまった。
少しは濁した方がよかったのかもしれないけど、状況を理解できていない方が危険だ。
「いったい私たちはどうすれば……」
「この件は、私が必ず解決させます」
「でも新しい聖女様が」
「ええ、いろいろと揉めるでしょう。ですが、この状況になったのは役割を果たせていないことが原因となっています。これだけは確実です」
「そんなまさか……自信満々に……こう言ってしまうのは失礼ですが、横柄な態度で我々に接してきていましたよ」
ここまで来ると呆れる以外の選択肢がない。
わがまま領主に横柄な偽聖女、あまりにもお似合いなカップルだこと。
「わかりました。いろいろと後で考えましょう。今は、少しでも武器となるものを用意してください」
「ここも危なくなるということでしょうか」
「まだわかりません。ですが、自分の身は自分で守るしかないです。兵士も頼ることなく」
「え、えぇ……なんと……」
「今は外に出ることも危険だと思うので、食料などの必需品もかき集め、各入り口を物なども集めて頑丈に固めてください」
これでは半ば脅しのような恐怖を煽る発言になってしまっているけど。
みんなを逃がせても、その間に被害が広る可能性を考慮すると最善は今の案だと思う。
どうせ上の階で廊下を兵士で埋め尽くしているであろう、無責任当事者でもあり責任者は、下の人たちが襲われようとも助けには来ないし、安全地帯に入れてくれることもない。
「事を終わらせてから、また戻ってきます。皆さんの無事を祈ります」
場所もわかったことだし、移動を開始するために振り返ろうとすると。
「ルミナ様、お戻りいただきありがとうございます。どうかご無事で」
不安でいっぱいな状況にもかかわらず、みんなは私へ目線を集め案じてくれていた。
言葉だけではない、握る手、震える手、浮かぶ涙。
それら全てが全てを物語っている。
私は、みんなの期待に応えなければいけない――そう、神聖女として。
女神様から授かった力は、女神様が望んでいるであろう人を助けるために使う。
最初から自分で決めていたことを、自覚をもって実践するときがきた。
「任せてください。だって私、神聖女ですから」
胸を叩き、自信満々に宣言する。
「じゃあまずは、無責任な領主の顔を拝んできますね」
満面の笑みを浮かべ、みんなの不安を少しでも吹き飛ばす。
そしてすぐ振り返り、部屋を後にした。
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