第29話『事実発覚、超特急で嫌な故郷帰り』
「あまりにも早い故郷帰りが実現しちゃった」
片道数日の道のりを、これだけ早く移動できるのだから現実味が帯びないのは仕方ない。
乗ったことはないけど……総距離の移動時間は新幹線ぐらいじゃないかな。
そんなことを、整備された森の終わりで思う。
「どんな惨状になっているか心配していたけど、思っていたよりは大丈夫そう?」
モンスターが地上へ進出している状況を、いまいち想像できていなかった。
そもそも地上にモンスターが居ることは不自然じゃないし、上層モンスターが出てきても大して被害は出ないということかな。
逃げ惑う人の姿や声も聞こえてこないし、火事になっているような黒煙が空へ昇っているわけでもない。
精霊のみんなも影響が――と思ったけど、私のおかげ? で大丈夫なんだっけ。
「このまま、ゆっくり進んでもらってもいいかな」
たぶん、お馬さんもここからは慣れない道だから走ると危ないだろうから。
舗装されていると言っても煉瓦が敷き詰められているわけではなく、土が綺麗に均されている程度。
さすがに荷馬車などの足跡はあるけど、モンスターのものは見受けられない。
人の足跡も目立つほどはないから、この道を通って避難していないことはわかるけど……この様子だと、本当にダンジョン崩壊が起きているか信じ難くなってきた。
もしかして、感知から報告までの時間が早すぎたおかげで被害が拡大する前に私が到着できてしまったということ?
一般的な生活を送っていたら想像すらできないことだけど、この速度を体験してしまうと選択肢の1つとして含まれてしまう。
「ただの故郷帰りで済んだら気が楽なんだけど……」
ここまで静かだと緊張感が薄れてしまうと同時に、想像できない状況が待ち受けている可能性に不安が拭えない。
手綱があるわけではないから、逃げ場のない力をエドとラグのもふもふを撫でて気分を紛らわせる。
あれ? そういえば。
お師匠さんの口ぶりだと、お馬さんは大聖霊ということだった。
エドとラグには触れていなかったから、大聖霊の枠組みに入らないってことなのかな。
そもそも知識がないから、精霊のことがわからないから判断のしようがないけど……でも逆に、大聖霊でもないのに強すぎない? 精霊ってみんなそうなの?
「ねえエド、ラグ。他のお友達もみんなつよつよなの?」
人間の言葉を発することができない相手にする質問じゃないけど、応えは顔を振り向けて首を傾げるのみ。
まあそうだよね、私も他冒険者の強さとか知らないし同じことだよね。
ここから遠くない場所に【精霊の森】があるみたいだけど、その場所でも大きくなるような事態になる心配がないほど平和ということ。
そんな場所が危機的状況になろうとしているのだから、今回のダンジョン崩壊は必ず食い止めなくちゃだよね。
「……」
改めて、じっくり見ると新鮮な光景が広がり続けている。
つい数時間前に通ったばかりだけど、逆方向だったし、戦闘後のお馬さんと進んだからこそほとんど憶えていないのも仕方ないよね。
本当に、私はこの景色が新鮮で仕方ない。
物心ついた頃からダンジョン封印の仕事をしていたから、抜け出した1回以外はずっと屋敷とダンジョンを行き来していた。
鳥のさえずりや風に揺れる木々の音が聞こえるわけではないけど、穏やかな時間の中に居る心地良さは何ものにも代えがたいものだと思う。
「ん?」
景色に見惚れている間に、領地内への道にある門が見えてきた。
でも何やら人が集まっているみたい?
「そのまま静かにしていろ」
「誰も門の外には出せない」
距離が近づいていくうちに、そんな声が聞こえてくる。
まさか失態となる情報を外部へ漏らさないよう、危険な状態だというのに領民を閉じめているということ……?
命の危機だというのに、自己保身に走っているなんて――もしも本当にその通りなら、領主としてあるまじき行為じゃない。
「あ、あれは! 聖女様!?」
門へ到着すると、私が問いかける前に中に居る人からそんな声が漏れてきた。
「そ、そんな馬鹿な」
長槍で門内を塞ぎ止めている兵士たちが振り返り、目が合う。
「どうしてここに」
「私は状況を把握しています。今すぐに詳細を説明してください」
「それは嘘でしょう? あなたは領地から追放されたのだから」
「だからこういう状況になっているのか!?」
兵士たちは私に言葉を向けていたのに、領民の人たちから次々に声が上がり始める。
どうやらダンジョンを封印する、という大事な役割を担う人物が変わったというのに説明すらしていなかったらしい。
今日の出来事だから遅れたのかもしれないけど、この様子だと周知する努力をしない方向へ決断が下されたようだ。
「どういうことなんだ! どうして聖女様が外に居る!?」
「他の人がやってるなんて説明を受けてないぞ!」
「不当に追放したというのか!!!!」
領民の方々が声を大きくして不満を爆発させてる。
ここへ集まっているということは、既に領内ではダンジョン崩壊またはそれに近い危険なことが起きていることを知ってのこと。
他の門でも同じことが起きていることは容易に想像できる。
「くっ! 俺たちだって上の命令には従うしかないんだ!」
「不安な気持ちは俺たちだって同じなんだ!」
と、兵士たちも槍を下ろして感情を爆発させると領民の人たちは静けさを取り戻す。
でも演技ではなさそうなことは、声を荒げる姿や頭を抱えている人を見るとわかる。
みんながみんな、不安で不安でしょうがない状況。
つまり指揮系統が機能しておらず、上に従うしかない人たちはまともな指示を与えられることなく動いているのだろう。
そして行き着く先は、最高決定権を持つ領主ならびに聖女マリナスが役に立っていない証拠。
ましてや領地から誰も出すな、という身勝手極まりない思考でいるのだから兵士の人たちも可哀そうだ。
「この状況を打開する方法を私は知っています」
取り乱していた兵士の動きがピタッと止まり、領民の人たちと同じく私へ目線が集中する。
「現在起きている状況は、ダンジョン崩壊というものです。封印の力がダンジョンの力に負け、モンスターが地上へ出てきてしまう。それが今起きていることです」
事実を突きつけられたみんなは、様々な不安が声には出てなくても表情に滲み出てしまっている。
無理もない、誰もが冒険者ではないのだから【モンスター】という、得体の知れない存在がダンジョンから出てくると想像しただけでも恐ろしいはず。
「私が直接ダンジョンへ向かい、必ず原因を解決してみせます」
今、私にできることは不安を払拭すること。
経緯や流れは説明しても意味はない、断言することこそが第一。
「ですので兵士の皆さん。どうか領民の皆さんを守ってください」
「だ、だが……」
「指示に背き、処分されることを懸念しているのでしょう。ですが逆に考えてください。住んでくれている人が居るからこそ領地という場所は存在することができるのです」
「そう言われても……」
「考えてみてください。皆さんは雇われている立場であるかもしれないですが、故郷が、両親や家族が住んでいる場所が同じ状況に陥ったと。頼ることができる兵士に見放され、守ってもらえず恐怖に怯え続ける。もしかしたらそのまま命を落とすかもしれない」
兵士の皆さんは顔を俯かせたり、不安に満ちた表情を浮かべる領民の皆さんへ目線を向ける。
互いに、そして誰もが不安ということはわかってもらえたはず。
「必ず私が全て解決してみせます。ですので、どうか皆さんを守ってあげてください」
「……わかりました」
「そうだよな。戦える俺たちが守らなくちゃだよな」
1人、また1人と賛同の声が募っていく。
「じゃあ、そろそろ私は行きます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
「詳細を把握したいなら、領主様と聖女様は屋敷にいらっしゃる」
う、嘘でしょ……。
私はダンジョンへ直行しようとしたけど、それは問題解決を急ぐからこその決断だけではない。
今もなお、領主が領主であり聖女が聖女である意味を示す、戦場の最前線に居ると思ってのこと。
人々を導き守る立場にありながら、当の本人たちは安全地帯で待機しているだけなんて……酷い。
「も、もしかしてだけど……他の門にも同じぐらいの兵が?」
「ああそうだ。誰も外へ出さないため、かなりの人員が割かれていると思う」
「なんてこと……」
領地を囲む塀に設けられている門は、全部で4か所。
ここに居る兵士の人たちを数えると、合計で10人。
それだけの人数を割いてまで事実を隠そうと考えに落胆してしまうけど、それ以上にダンジョン崩壊を対応している人はどれだけ居るというの?
現状を鑑みると、屋敷にも相当な人数を割いているに違いない。
兵士の人たちが全員で何人居るかわからないけど、まさか地上へ出てきているモンスターを野放状態な可能性は大いにある。
全部の門を回って警告を発した方がいいかな、と思ったけど。
一刻も早く屋敷に向かって全体の状況を把握しなくちゃいけないかも。
「皆さん、できるだけバラバラに動かないでください」
「ここから動かない方がいいってことか」
「塀の外にもモンスターは居ますし、戦えない人が遭遇してしまうと対処のしようがないので」
「たしかにそうだな」
「ですが、もしもモンスターが塀の内側から来たそのときは」
「わかってる。俺たちがなんとしてでも戦って、みんなを守る」
「それが俺たちの役割だからな」
「ありがとうございます。では門を」
正直どれだけの覚悟を持っての発言か測ることはできない。
でも今、なんの疑念も持たずに門を開閉してくれたことは心変わりしたと受け取れる。
少しでも私の声が届いた結果だと信じ、開いた道を進むことだけが今できる唯一のこと。
誰かに当たらないよう、お馬さんも気を遣ってかゆっくりと進む。
「聖女様、本当にありがとうございます」
「ああ……どうか、どうかご無事で」
「女神様のご加護を――」
「聖女のお姉ちゃん頑張って!」
すれ違いながら、みんな私への期待を寄せてくれている。
この人たちは戦いを知らず、ただ家族や友人や隣人と平和に過ごしてきただけ。
そんな人たちに危害が及びそうになっているのは、なんの抵抗も確認もせず流れのままに追放された私にも責任がある。
自分の力も正確に把握していなかったし、自分が行っていた最重要な役割にも実感を持てていなかった。
だけど、今ならわかる。
勇者パーティーのみんなと出会い、街の人を――いや、結果的に守っていたのは地上に住む全員の命だった。
安全だからこそ分け隔てなく笑い合い、何かをめんどくさいと思えたり、幸せを分かち合うことだってできている。
そして、今ならわかる。
そんな安全が脅かされている事実は、みんなの不安な表情を前にすれば勘違いしようがない。
希望はなく絶望がただあり、期待を寄せ頼ることができるのは私と兵士の人たちだけ。
こんなときに領主と聖女の名前が出ないなんて、本当におかしい。
顔を見たら勢いそのままに顔面へ拳をぶち込んでしまうかも、と簡単に思えてしまうほど私は今――物凄く怒っている。
「まずは屋敷へ。このまま、真っすぐ。お願い!」
『ブルフゥッ』
お馬さんも言葉を理解しているからこそだろう、むき出しの感情は駆け出した今まで以上の速度が全てを物語っている。
どうか、どうかお願い。
状況が悪化の一歩をたどっていませんように。




