第27話『新拠生活、でも舞い込んできた話』
「待機時間、何しようかな」
そういえば、この世界で生活していくうえで娯楽という娯楽を体験する機会は皆無だった。
字の読み書きは半強制的に習わされたけど、だからといって学校に行って勉強したわけでも読書したわけでもない。
手紙を書く機会もなかったし、文章を書く機会なんて本当になかった。
だからこそ独り遊びということで、ダンジョンに潜ってモンスターを倒しまくっていたわけだし。
「天井も高いし、片方ずつだったら大きくなっても大丈夫そうではあるかな?」
と、エドとラグにも休める時間を作ってほしいと思っているも。
そもそもの話、大きさを自由自在に変化できるからといって小さい姿が窮屈かどうかわからない。
普通に眺めていると家で飼うペットにしか見えないし……キャットタワーとか遊び道具を検討した方がいいのかな?
じゃあ散歩も行ってあげた方がいいのかな、なんて思うけど街中を堂々と歩きまわるわけにはいかないし……うーんうーん。
「ん? どうしたの?」
エドとラグは、私の独り言に付き合ってくれているとしか思えないほど見つめてくれていたけど。
急にパッと揃って入り口の扉へ顔を向けた。
「え」
何が起きるかと思っていたら、『コンコンコン』とノックが鳴る。
「はーい。あ、違うんだった」
いつも通りの対応をしようとベッドから立ち上がろうとしたけど、そういえば外に誰かいるわけじゃないことを思い出す。
じゃあ何をすればいいのかわからないから、リインが教えてくれたボタンを見てみるけど――この階にある部屋数だと思う、6個のボタンしかない。
「新入りの嬢ちゃんに言伝だよ」
「私にですか?」
「ああそうさ。何をしているかわからないが、とりあえず動かず話を聞いておくれ」
「わかりました」
初めてのことに困惑しつつも咄嗟に返事をしてしまったけど。
よかった、こちらからの声も届いているみたい。
「諸々の事情は、つい先ほど知ったけど。どうやら故郷が大変なことになっているみたいよ」
「え? どういうことですか?」
「唐突に言われたら理解に苦しむだろうけどね、事実なのよ。ダンジョンを封印していたのでしょう?」
「ど、どうしてそのことを」
顔も合わせていない見ず知らずの人が、どうして私の事情を詳細に把握しているの……?
その口ぶりだと私が聖女でありダンジョンを封印していたこと、家を出てきたことまで知っていることになる。
勇者パーティーに加わった新人、ということは既に人の目に触れているから百歩譲れるところだけど。
そこに至るまでの経緯を把握しているのは、リイン、ミィラ、サーレ、ハンノだけしないない。
エドとラグも含めていいのかわからないけど、少なくともこれで全員――あ、もしかして。
「あの、すみません」
「どうかした?」
「間違っていたらごめんなさい。もしかしてハンノのお師匠さんですか?」
「あら、よくわかったわね」
「本人から教えてもらったので」
「だから初めてなのに驚かなかったのね、納得納得」
「話を逸らしまってごめんなさい。『故郷が大変なことになっている』とはどういうことですか?」
「事実だけを伝えるわね」
そのたった一言に真剣さが帯びた気配を感じ、自然と背筋がピンッと伸びてしまった。
「聖霊の森からの通達があってね。あなたが封印を施していたダンジョンが崩壊を起こし始めたようなの」
「ダンジョン崩壊……そんな……」
「こちらは橙を把握しているわ。あなたが責務を放棄して森を抜けたわけではないことも、この街に訪れた理由も、勇者パーティーで好き勝手に行動していないことも」
「ど、どうやって――」
「【聖霊通心】。聞いたことない言葉だと思うけど、簡単に言うと“精霊と明確な意思の疎通ができる能力”よ」
パッと聞いただけでも凄い能力だということはわかる。
でも、それと同時に疑問点も出てきてしまう。
聖霊との意思疎通を図ることができるとして、いつの間にかエドとラグと会話したということ……だけど……。
ここまでに、そんな素振りを見せた瞬間があっただろうか。
逐一目線を向けていたわけじゃないから、確信は得られないけど。
「経緯が気になるのかしら。なら答えは簡単よ。あなた、大聖霊を助けたからよ」
「大聖霊?」
「白馬、と言った方が伝わりやすいかしら」
「え……でも、街までは一緒に来ましたが別れてしまいましたよ?」
あのお馬さんが全てを話したというのなら、事の経緯は全て腑に落ちる。
でも疑問として残ってしまうのは、完全に姿が見えなくなってしまうのを確認済みなこと。
速度も速度だから間違いなく街から遠ざかったと確信できるけど、いつの間に【精霊通心】を試みたのかな。
「いろいろと知らないみたいだから、全部教えてあげるわ」
「お願いします」
「あなたが封印していたダンジョンは特殊なものでね。それに加え、近くの領地は【精霊の森】という場所なの」
「聖霊の森ですか?」
「ええ。把握している人間は多くないけど、ギルドでも保護区として指定されている場所なの」
初めて耳にする話だけど、家を出てから聖霊との遭遇率を考えると納得するしかない。
「聖霊はモンスターが放つ魔素は有害なの。本来の能力を発揮できなくなるだけでなく、受ける攻撃の威力も増えるし体の弱体化もする」
ああ、だからお馬さんだけでなくエドとラグも弱そうなモンスターに負けてしまっていたのね。
でもダンジョンで暴れ回ってたけど……あれは?
「でもエドとラグはダンジョンで本来の力を使えていましたよ?」
「それは、あなたのおかげね。理屈も理由もわからないけど、聖霊にとっては神聖女様様ってことよ」
「なるほど?」
「さて、事は急を要するみたいね。どうする? 家を出てきた、というよりも追い出されてきたあなたの判断は」
「……」
あまりにもいろいろと唐突すぎて、1つ1つ理解するのに時間がかかってしまっている。
そんな中、今の私が求められている選択肢は故郷を助けるか否か。
育ててもらっていた、住ませてもらっていた、苦労せず生活させてもらっていた、そんな数々の恩があることは事実。
追放される前までは……いや、あの聖女マリナスが姿を現す前までは、ね。
でも私の力を把握している領主が、聖女マリナスも同等の力を有していると判断したから追放されたのだから、ダンジョン崩壊が起きた理由は何?
恩は感じるものの、後半は粗雑に扱われ続け――みんなと出会って自分の力を再確認し凄さ? もわかった。
だから、感じていた恩は既に返し終わっているどころか、むしろ騙され続けていた気持ちにすらなってしまう。
「あの場所には、私と同等の力を有した聖女マリナスが居ると思うのですが」
「その件に関しても報告を受けているわ。どうやら聖女マリナスという人物――彼女は聖女じゃないようね」
「え、え?」
「正確には、彼女はあなたと同様の力を有していなかった。だけど」
あそこまで自信満々に私を見下していたのに?
領主タレルも根拠があったからこそ、私を理不尽に追放したんじゃなかったの?
まさか……力も確認せず、容姿や恋愛感情とかいう曖昧なものだけで重要なことを決めたということ?
「正直、シルドフェルド領がどうなろうと今まで通り悲惨な末路を辿って辺りがモンスターが生息する区域に指定されるだけだ」
リインが言っていた、今もどこかでダンジョン崩壊が起きて地上へ影響を及ぼしている状況のことだと思う。
いろいろな説明を受け、数多くの冒険者の人たちを見たからこそ納得できる。
それに白いお馬さんを助けたときに、ダンジョンの外で始めて見たモンスターが全ての証拠となっていたわけだし。
「しかし選択を強いるわけではない。せっかく仲間を見つけたんだ、再びダンジョン封印の役目を果たすなんて嫌だったら拒否してもいい」
「それは許されることなのですか?」
「正直、大変なことになるのは確定事項ではある。人間の住処が狭くなる、とかそういう話ではなく、精霊の森を守るために人員を裂き続けなければならなくなるから。だが、逆に言えばそれだけだ」
「本当にそれだけですか?」
「まあ住んでいた人は生きて逃げられるかわからないし、間違いなく領地は全て廃墟と化すだろう」
「……」
私は恩を感じている人たちが死にゆく姿は想像したくない。
でもそれより、私によくしてくれた人たちが苦しむ姿はもっと嫌だ。
分け隔てなく話をしてくれた使用人の方々、機会は少なかったけど領地に住んでいる人が顔を合わせたとき笑顔を感謝を向けてくれたこと。
そんな些細な出来事は、私が神聖女として仕事を続けるうえでカテとなっていたことは事実。
正直、領主タレルさんに関してはいい思い出がないし、正体を知ってからはいい印象はないから反省してほしいとは思う。
でもやっぱり、私はあの土地に悲惨な末路を辿ってほしくない。
「――私、行きます」
「止めはしない。だがいいのかい?」
「できるかわかりませんが、別の方法を試してみます。せっかくみんなと出会えたので」
「参考までに聞いても?」
「はい。短い時間ですが、いろいろと体験して実感しました。なので成功する可能性の方が圧倒的に低いことを重々承知の上で――ダンジョンを破壊しようと思います」
「ほう。それは随分と大きく出たもんだ」
「ダンジョン最下層に居るラスボスを討伐すれば、ダンジョン崩壊を防ぐだけでなく抱え込んでいる危機も未来永劫防ぐことができますので」
「そんな面白そうな案、ぜひとも便乗したいところだが。残念ながら業務を放棄し、死地に向かうことはできない。すまないね」
「いいえ、お気になさらず。あ、それと」
「なんだい?」
「みんなには伝えずに出ようと思います」
みんなと行動したから、短い時間でもいろんな経験をしたからわかる。
私の案は無謀であること、みんなに話せば惜しみなく協力してくれること――そして、苦痛を伴うということを。
誰にも大変な思いをさせたくないし、誰も死んでほしくない。
そして、話をしてしまえば人数を集めての攻略になる可能性が出てきてしまうから、そこでも犠牲者が出てしまう。
だったら、私だけで挑戦してダメだったら封印の仕事を再開すれば安全を確保できる。
また退屈な日々に戻ってしまうけど、もう慣れたから辛くはない。
「選択も否定はしない。やりたいようにやったらいい」
「ありがとうございます」
「神聖女が選んだ道の結果がどうなるか、遠くから応援させてもらうよ」
「じゃあ早速ですが、行ってきます」
「ああ。出て行くときに挨拶ぐらいならしてやるさ」
「ごめんなさい。私、ここから行きますね」
「え、まさか」
私は窓まで急ぎガバッと開ける。
「エド、ラグ――行くよ」
『ワン!』
『にゃー』
「ははっ、随分と破天荒な神聖女だこと」
外を見下ろすと、さすがの高さに体がゾワッとしちゃう。
でも大丈夫。
「【ヒールリターンアーマー】」
なんてったって――私は女神様の力を授かっているのだから!
この日私は、転生前も含め初めて高所から飛び降りたのだった。




