第26話『生活拠点、賑やかな雰囲気で無音』
「ここが、私たちが生活拠点にしている宿だよ」
演習館とギルドの間ぐらいに位置している宿、という説明だけ受けて歩いた先で到着。
私が知っている宿は、転生前に画像で見たぐらい程度の縁がないものだった。
そんな数少ない記憶の中では古き良き木造建築な建物だったけど。
訪れた宿であるここは、外観から赤色や灰色の煉瓦となっていてホテルと呼んでくれた方がしっくりくる造りとなっている。
内装も煉瓦かと思いきや、焦げ茶色の木造となっていて。
落ち着きのある雰囲気な宿かと思いきや。
「随分と賑やかだね」
1階が飲食する空間になっていることは、複数のテーブルと椅子が視界に入ったから一目瞭然。
パッと見ただけでも、ほぼ満席で話し声は耳をどちらに傾けても聞こえてくる。
というか、そんな優しい話じゃない。
「ああ、これね。いつものことさ」
リインが苦笑いを浮かべながら答えてくれた内容も、最初と最後が上手く聞き取ることはできなかった。
それぐらい、どんちゃん騒ぎしている。
挙句の果てには、リインが顔を向けて何か言った後に進み始めたけど――完全に聞き取ることができず、ただ追うことしかできなかった。
どこに向かうかもわからない中、グラスを小突いて乾杯をする甲高い音、談笑に腹を抱えて楽しそうで仕方ない様子でテーブルをダンダンと叩く音、が響き渡り続ける。
席数があるから音が絶え間ないのは理解できるけど、何よりもみんな楽しそうで私もつられてしまいそう。
「――――」
空席を探して歩き続けているのかと思いきや。
奥の扉を開け、そのまま階段を昇っていく。
「あれ?」
昇り切った先の廊下で違和感に声が漏れてしまった。
「ああ、最初は私も同じ反応だったよ」
「全然聞こえない?」
あそこまでどんちゃん騒ぎをしていたのなら、耳栓をしていても上の階まで聞こえてくるのは事実として起きるはず。
でも、さっきまでの後継が嘘だったかのように静けさだけが私を包んでいる。
「扉が閉まることによって発動する、妨害魔法の一種ね」
「そうなの?」
「ええ。あたしの見立て通りで間違いないわ」
「確認はしてないんだね?」
「業務秘密情報って断られた」
「ちなみに割り振られている部屋は、次の階だよ」
再び廊下を進み始め、最中に外観を思い出す。
この建物は間違いなく2階建てだった。
だから今歩いている、この階が最上階のはず。
さらに上の階がある物言いだけど、どういうことだろう。
もしかしたら別の意味を示す言葉かもしれないから、素直に質問できない。
先ほどの説明を深読みすると、“外に情報が漏れないような宿”を意図的に選んでいる可能性があるからね。
私が不用意に質問して迷惑をかけちゃうわけにはいかない。
「ここから」
「え」
不自然に続いていた廊下の行き当たりへ到着したかと思えば。
リインが壁に手を当てた瞬間に扉が出現し、本当に3階へ昇ることができる階段が出てきてしまった。
足を止めていたからか、後ろを歩いていたハンノに「さあさあ」と背中を押されて前へ進む。
「ここまで来たら、もう安心」
「と言ってもボクたちが歩いていた廊下、あそこに差し掛かったときには認識阻害魔法が発動していたんだけど」
「他の人たちからは“裏の階段へ抜ける扉から外へ出た”という風に見えている感じだ」
「へ、へえ?」
説明をされても何がなんだかわからない。
「まあ、あたしにかかれば同様の魔法は扱えるけどね」
「おいおい。できるまで頑固になってたの、もう忘れたのか?」
「『師匠が編み出した魔法なんだから、あたしにもできる』ってね」
「う、うるさいわよ」
サーレとミィラの言葉は、たぶん本当だと思う。
だって、言ってそうだし。
「でもよかった、全部で6部屋なんだよ」
リインは部屋らしき扉の前で立ち止まり、みんなも。
「部屋の1つ1つにも認識阻害魔法が施されていて。万が一を考えて防御魔法も施されてるよ」
「凄い厳重? 強固? だね」
「わたしたちもそう思うし、ギルドの方にはその意志を伝えてある。でも、『最低限でも街に居る最中は』って念には念を押されちゃって」
「それほど勇者パーティーは貴重ってことだよね」
「ギルドにとっては、そうみたい。まあとりあえず、ここがルミナの部屋だよ」
立ち話をしていた扉の前が、私の部屋だったみたい。
リインが開けてくれた隙間から少しだけ除居見ていると。
豪華なホテル、とはお世辞にも言えないけど、不便なく生活できる空間ということはわかる。
「入ってみてもいい?」
「うん」
中に入ると、第一印象からはかけ離れるものではなかった。
右には壁際に設置してある鏡付きの机と椅子、すぐ隣には両扉のクローゼットと思わしきもの。
正面には窓が2つあるだけの何もない場所、左にベッドと備え付けの明かり付きの小棚、壁との合間に折りたたみの机と椅子が立てかけてある。
入り口側側面にはハンガーと壁掛け――で、終わりかな。
広さは……たぶん8畳ぐらい?
「一応、原則として退去時に処分するのであれば家具は増やしていいことになってる」
「わかった」
家具かぁ~。
この部屋と間取りだったら、いろんなものが置けそうだし飾るのも楽しそう。
転生する前は特にやったことがなかったし、挑戦してみるのもありかなって思う反面、物が増えると狭く感じそうで当分はこのままでもいいかなって。
「エドとラグも居るから、物は増やさない方がいいのかな?」
「そこら辺は要相談だね」
「1日ずつ全員の部屋を行き来すればいい」
「いいなそれ。エドとラグはどうだ?」
『ワンッ!』
『んなぉ~』
「そうかそうか、じゃあ決定で」
ペットと言っていいのか、聖霊との生活が初めてだからどうなるのかわからないけど、いろいろと大丈夫かな……。
ご飯は人間と同じものを食べられるけど、寝床とかはどうなるんだろう。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
「一応だけど。全部屋と廊下、階段にかけて完全に音が遮断されているから無音で過ごすことになるけど。窓を開けると外からは見えないけど、こちらからは景色は見えるし風も入ってくる。もちろん音も入ってくるよ」
「なるほど。中からの声も外に漏れちゃうってこと?」
「そういうこと。3階だからわたしたちの話声や独り言ぐらいなら気にしなくていいけど、エドとラグの声は届いちゃうかもだし、不審がられるから注意はしておいて」
「あぁ~、街中で動物の鳴き声が聞こえてきたら気になっちゃうもんね」
通行人の目線になって考えると。
頭上から犬と猫の鳴き声が聞こえたら、物凄く疑問だもんね。
しかも宿屋だから、なおのこと。
「後は、緊急事態とか連絡が入ると扉の向こうから声が聞こえてくるから」
「ん? どういうこと?」
「この妨害魔法、守る用途以外に連絡手段にもなっていてね。魔法を発動させている人が、ドアをノックして話しかけられるみたいな感じで別の場所から連絡してくれるの」
「ほえ~凄い」
「ちなみにその件、ハンノがめちゃくちゃ悔しがってる内容な」
「そうなの?」
「サーレ、なぜそれを今言うのかな。はぁ……そうよ。あたしにはまだできないからね」
魔法って凄い――そんな感想をずっと抱きっぱなし。
ハンノはいろいろな魔法を扱えて、攻撃・防御・妨害と多岐にわたる凄さを見せてくれていた。
でもハンノに師匠が居るという話を聞き、さらにはもっと凄そうな話も聞き。
見るもの聞くこと全てが新鮮で面白いと思う反面、転生してから16年間もの間に過ごした人生と経験の薄さを痛感してしまう。
「さて。ご飯の時間になったら呼び出しが来るから、それまで少し休憩しよう」
「あ。誰かの部屋に行くときって、どうしたのいいの?」
「一応、部屋に行く前にベッド横の子棚上にボタンが並んでいるから、そこを押しながら話すと連絡することができるよ」
「なるほど」
「わたしたちも部屋に戻るから、試しにかけてきていいよ」
「ありがとう。やってみるね」
みんなが去って行く背中を見送り、今更ながらにみんなが装備している鎧や武器が擦れる音が完全に消えてしまっていることに気付いた。
それほど重装備している人は居ないけど、ミィラが担いでいる大盾と足の鎧靴が無音で驚いてしまう。
ここまでの遮音を徹底しているということは、本当に勇者パーティーは特別視されているだけでなく守られてもいると実感した。
しかも、扉でさえも音がすることは普通だと思っていたのに全く音がしない。
少しでもキィーという音が鳴ってくれないと、逆に不安かも……。
「うわぁ……1人になると、本当に無音。慣れるまで怖いかも」
と、つい不安を吐露すると。
「あら、慰めてくれるの?」
話を聞いていて理解しているのだと思う。
いつものように吠えて返事はしないけど、私の脚へふわふわな体を押し付けて頬まですりすりしてくれている。
あまりにかわいいから、私も姿勢を低くしてエドとラグのもふもふを撫で回す。
「窓を開けていなかったら返事しても大丈夫よ」
健気でかわいい、もふもふでふわふわでかわいい。
あぁ~、撫で心地も気持ちいい~、最高~。
こんな至福のときが永遠に続いたらいいのになぁ~。




