第二話「怪物は人を殺した翌朝に朝食を頬張る。」
「いや、いやっ、いやだ!!」
誰もいない夜中の裏通りに、女性の悲鳴が響き渡る。
彼女の名はカフェルナ。勇者パーティーの魔導士をしていた。
そんな彼女は頭を強く殴られ、血塗れのまま裏通りを彷徨っていた。
(なんで……なんで私がこんな目に遭わないといけないの!?)
カフェルナは痛みと恐怖で大粒の涙を流す。
(はやくっ、はやく逃げないと……っ!!)
カフェルナは走る。
後ろからゆっくり近づいてくるレザーから逃げるために。
「っ、」
しかし、逃げた先は行き止まり。
カフェルナの背後には既にヒーラーだったレザーがいた。
ニコニコと笑うレザーの肩には蝶……否、蛾が乗っていた。
「生き物達は正直に私に教えてくれる。
――いろんな情報……たとえば、君がピロクと喧嘩をして、頭を冷やす目的で一人で店に来た……とかをね。」
「な、んで私を――――」
カフェルナが口を震わせながら呟いた瞬間、レザーは目を丸くする。
「君を先に殺した方が、私の信用が上がるから殺しに来たんだよ。」
「だからさっき背後から頭を殴ったんだけど……痛みで可笑しくなっちゃったかな?」と、笑いながら近づいてくるレザー。
カフェルナは頭部から流れてくる血を抑えながら必死に杖を探す。魔導士は杖という媒介する道具がなければ、魔法を直接放つ事が出来ないからだ。
「もしかして、探し物はこれ?」
「っ、な、」
レザーが左手に持っていたのは、カフェルナの杖だった。大きさは十cmから十二cmほどであり、これは白き龍の牙から作り出された杖であり、カフェルナのお気に入りの杖でもあった。
何故、レザーの手元にそれがあるのかカフェルナが理解できずにいると、レザーは嗤う。
「昔から手癖は悪いものでね。さっき盗らせてもらったよ。」
そしてレザーは力ある限り、その杖をへし折った。
カフェルナは絶望した。
自分は頭を殴られ、血塗れになっている上に魔導士の力が使えない。
ただの、非力な存在に過ぎない。
カフェルナは咄嗟に叫ぶ。
「わ、私は反対したの……!で、でもピロクが気に食わないからって!わたし、逆らえなくて」
「……そうかい、カフェルナ。」
「れ、レザー」
次の瞬間、カフェルナの右腕が吹き飛んだ。
「あ、ああ?」
「やっぱり、ジャックが教えてくれた刃物。切れ味が良いね。」
カフェルナの思考が、脳内が、突然腕を切り落とされた激痛によって支配された。
「い、いやあああああああっ!!?わた、わたし、私の腕がぁぁぁぁぁ!!!」
そんなカフェルナの絶叫に、「うるさいな」とレザーは倒れ込んだカフェルナに近づくと髪を掴む。
「次、叫んだら舌を引っこ抜くよ?」
「ッ、」
「カフェルナ。私はね、パーティーにいる奴ら全員ぶっ殺してやりたいんだよね。……ああ、もしかして、復讐だと思ってる?」
レザーはニコニコと笑っている。カフェルナには、何の感情も抱いていない笑顔だと思ってしまった。
「そうかもしれないね君達は私という有力な人材を放棄したその事に私は怒りを感じているのだよ私は選ばれた存在なのに君達は捨てた私を蔑ろにしたんだ死んで当然だよね?」
レザーの詰め寄る言葉にカフェルナの恐怖で、身体が震える。
「カフェルナ。取り敢えずキミを殺すね。」
カフェルナは考える。
どうしてこんな事になってしまったのだろう……と。
自身は優秀で、優等生だったはずだ。
魔導士育成機関の学園を主席で合格、それから数々の偉業を成し遂げた自分は勇者パーティーの魔導士という地位を手に入れた。
それなのに、勇者が…… ピロクが駄目だった。
(アイツのせいだ。全部………アイツが……ッ!!)
カフェルナの脳裏に浮かぶピロクは酒好きで女好き。複数人の女と何股をする屑だった。
カフェルナにも手を出そうとしたが、それを断った事でピロクと対立し、レザーを追放するという話が出た時もピロクに何度も反対した。
レザーを追放すればパーティーのバランスが崩壊するとカフェルナが理解していたからだ。
でも、まさかレザーがあの屑の先をいく怪物だとは思わなかった……カフェルナの脳裏にはそんな言葉しか浮かんでこない。
「……ぁ、が……」
ゴッと何か硬いもので頭を殴られ、カフェルナの視界が赤く染まる。何度も、何度も何度も何度も何度も殴られ続けた。
彼女の視界に映ったのは、返り血を浴びてもなお、聖職者のように美しいレザーの顔だった。
「ひ、と……ごろ……し……」
カフェルナは最期まで絶望したまま、絶命した。
「人殺し……ああ、ピロクの事だね。カフェルナ。すぐに君の未練を晴らしてあげるからね。」
レザーは優しく、掌で彼女の瞳を閉じさせた。
まるで深い眠りを授ける、聖職者のように。
―――――
「うわっ、ひでぇな……これ……」
「ギルドに連絡したほうがいい。これは素人の仕業じゃねえ……」
翌朝、裏通りに人だかりができていた。
つい先ほど、複数人の冒険者達がギルドへの近道に裏通りを用いた際に女性の遺体を発見したのだ。
女性は無数に頭部を殴打された跡に、綺麗に切り落とされた右腕……しかし、静かに眠っているような表情をしている。
だからこそ、これは素人の犯行ではないと誰の目から見ても明らかだった。
場面は切り替わり、ジャックは香ばしい匂いに目が覚める。
(なんだ……?この、匂い……)
ジャックが泊まった宿の部屋はベットやトイレがあり、簡易キッチンが設置されている。お風呂は宿の離れにあるのだが……。
香ばしい匂いに釣られ、起き上がったジャックが見たのは簡易キッチンに何故かいるレザーだった。
「ああ、ジャック。おはよう。」
「…………はっ!?」
ジャックは思わず目を擦る。
その様子にレザーは「夢ではないよ」と笑いながら、皿に焼いた目玉焼きやベーコンを移していく。
「な、なななんでレザーがここに!?」
「ジャックが言ったんじゃないか。ここの宿に泊まるからって。宿のオーナーさんに話をしたらあっさり鍵を渡してくれたよ。」
「え……言ったか、そんなこと……じゃなくてギルドで落ち会う約束だったじゃねえか!!」
「それができなくなったから、こうしてここまで来たんですよ。」
「それって、どういう……」
レザーは目玉焼きや焼いたベーコンが入った二皿をテーブルに置く。
「昨日、勇者パーティーの魔導士カフェルナが殺されたからだよ。」
「……は、」
ジャックの思考が、一瞬で真っ白になる。
今、この爽やかな朝の光の中で、目の前の男が何を言ったのか理解できなかった。
「……殺された……? 」
「そうだよ、ジャック……可哀想に。裏通りの行き止まりで遺体になって見つかったと。今、ギルドはその話題で大騒ぎで、ギルドは暫くカフェルナ殺しに捜査すると思ったから、こっちに来たのです。」
レザーは淡々と、まるで今日の天気を報告するかのような落ち着いたトーンで続けた。
そのまま彼はジャックの返事も待たず、カップにポットに入っている湯気立つコーヒーを注ぐ。
「ち、ちょっと待ってくれ……話がついていけない。あの勇者パーティーのカフェルナが?」
カフェルナ。彼女は魔王の配下である魔族、その魔族殺しの魔法に大きく貢献した優秀な魔導士である事をジャックは知っていた。
そんな彼女が簡単に殺されるなんて――――
「……ジャック。あのね。カフェルナは、私を庇ってくれた人だった。」
ジャックがはっと我に帰り、レザーを見ると彼は泣きそうな顔をしていた。
「そんな彼女が………、」
「レザー……」
レザーの突発的な行動には驚いた……が、もしかしたらギルドでカフェルナの死を聞いた動揺で突発的な行動を起こしたのだろうとジャックは考えた。
「今は、朝食を……ああ、部屋に勝手に入ってすみません。」
「今更だろ。……謝ってくれたから別にいいさ。さ、ご飯食べるか。」
ジャックが後でこの出来事を振り返る。
「なんで俺が泊まった宿を知っていたのか」「なんで不法侵入の件を簡単に流してしまったんだ」と。
しかし、この時ばかりは泣きそうなレザーを見て、ジャックはそれらを流さざるを得なかったのだ。
カフェルナという名前は、執筆中にカフェオレを飲んでいる時に思いついた名前です。
さて、彼女が最初の犠牲になりましたが、終盤勇者パーティーはどのくらいの人数になっているでしょうか?
それはレザーの気分次第かもしれませんし、そうじゃないかもしれません。次回もお楽しみに。




