第三話「愚か者は聖人という名の怪物の手のひらで踊る。」
レザーが作った朝食をジャックが食べ終わると、宿を出て2人でギルドに向かう。
ギルドの入り口付近には、武装した門番や調査員たちが慌ただしく出入りしており、野次馬たちがひそひそと顔を見合わせており、ジャックは意味がわからず首を傾げた。だが、野次馬の会話で何故ギルドがこんなに慌ただしいのかが分かった。
「聞いたか? カフェルナ様の死体、右腕がなかったらしいぞ」
「魔導士にとって杖を持つ腕を奪われるなんて……恨みじゃなきゃ、あんな酷い殺し方しねえよ」
「勇者パーティーの中でカフェルナ様とピロク様が揉めてたって噂、本当だったんだな……」
無責任な憶測が、毒の霧のように漂っていた。
ジャックはそんな人々の様子に眉を潜めながら人だかりを掻き分ける。
「……ああ、やっぱり。まだ混乱しているみたいだね」
ジャックは野次馬を掻き分けながらギルドの中へと突き進む。背後には、レザーがぴったりと寄り添っていた。
ギルドのホールの中央では、異様な光景が広がっていた。
中心に立っているのは、勇者ピロク。その顔は青白く、それでいて怒りに赤く染まるという、ひどく不安定な表情で周囲を怒鳴りつけている。
「だから俺じゃないと言ってるだろう! 昨夜は宿で一人で寝ていたんだ!」
「……一人で、か。証言してくれる奴はいないんだな、ピロク?」
冷ややかに言い放ったのは、パーティーの盾役である巨漢のタンカーだった。
彼の拳は白くなるほど強く握りしめられ、その視線は蔑みを超えて、確かな敵意に満ちている。そんな二人を剣士アルリア、格闘家クルザが必死に止めており、その横で、見た事ない派手な格好をしている少女が、あまりの修羅場にガタガタと震えながら泣いていた。
「落ち着いて!二人とも!」
「お前達、いい加減にしろ……!」
「じゃあ説明しろ、ピロク! 昨夜、お前は酒場でカフェルナと激しく言い争って彼女が店を出た後、お前もすぐに後を追っただろう!その後宿に戻って寝ていた事を誰がアリバイを証明するんだ?えぇ!?」
「タンカー!それは鬼の証明だ。証拠が何もない!」
「黙れ!クルザ!コイツが……!!」
「やめなさいったら!!」
言い合いをする勇者パーティーの現状にジャックはため息をつくしかない。
元々勇者がピロクに決まった時点で終わっていたのだ。
それよりも、レザーにとって元でも、属していたパーティーだ。こんな言い合い、誰が好きで見たいものかとジャックはレザーを横目で見る。レザーもジャックに対して肩をすくめた。
「今日は帰るか、レザー。」
「そうですね。」
ギルドを出て行こうとした瞬間、「レザー!!」と怒号がギルド内に響き渡った。ジャックが後ろを振り返ると、その声の主は、顔を真っ赤にした勇者ピロクだった。
彼はタンカーの手を振り払うと、まるで救いの神でも見つけたかのような、あるいは自分を追い詰める元凶をなじるような、歪んだ表情でレザーを指差した。
「おい、お前……! お前、昨夜はどこにいた! お前が、俺たちを追放された恨みでカフェルナを襲ったんじゃないのか!?」
一瞬、ギルド内が静まり返る。
周囲の冒険者たちが、絶句してる様子の視線をピロクへと向ける。
だって、それは、あまりにも短絡的な言いがかりだったからだ。
「お前っ、」
ジャックが怒り心頭で声を上げる手前でレザーが静止する。
「…… ピロク、何を言っているのかさっぱりわからないよ。」
「恨みを持つお前ならやりかねないだろ!」
「あのね、ピロク。何で私が唯一パーティー内で私の追放を反対し、庇ってくれた人を殺さなくちゃいけないだい?」
「そ、そりゃ、俺に罪を被せるために__」
「何故、君なんかの為に人を殺さなくちゃならないんだい?言いがかりも大概にしてくれ。__ジャック、行こう。」
「あ、ああ、」
呆気に取られているジャックを他所にレザーはギルドから出ていく。
「待て、レザー! まだ話は終わってねえぞ!」
背後でピロクが見苦しく喚き散らす声が響くが、レザーは一度も振り返らなかった。その足取りは迷いなく、毅然としたものだった。
ギルドの扉が閉まり、喧騒が遠のく。
表通りに出ると、レザーはふう、と深く長い溜息を吐き出した。
「ごめんね、ジャック。嫌な思いをさせてしまった。」
「いや、俺は別にいいけどよ。あいつは勿論だが…………マジで終わってんな。」
ピロクに信用があれば、あそこまでタンカーの奴に責められなかっただろう。
だが、信用がなかったからあそこまでの言い争いになってしまったとジャックは思う。しかし、それにしても、あのパーティーの中でレザーを庇ったのがカフェルナだけ。本当に終わってるとジャックはため息をつく。
「……タンカーはね、カフェルナの事が好きだったんだ。」
「そう、なのか?」
「うん。だからかな、私の事が嫌いだったみたい。アルリアは純粋にピロクに恋をしていて、クルザは単純に弱い私の事が嫌いだったみたいだけど。」
「そうか。……ああ、あと泣いていた女の子いただろ?あの子、誰なんだ?」
「ああ、あの子はニャンリス。新しいヒーラーさ。」
「!」
あの泣いていた女の子が昨日レザーが話してくれた回復術師かとジャックは思い出していた。
(しかし、服装がかなり派手だったが……ヒーラーはあそこまで派手な服を着るものなのか?あれじゃあ、娼婦が着るような___)
そう考えていたジャックに対してレザーは付け足すように「あの子、ピロクの愛人なんだ。」と言う。
「は!?」
ジャックは思わず、道のど真ん中で素っ頓狂な声を上げた。
「あ、愛人……!?」
「うん。ピロクはそういう人だよ。使命よりも、自分の欲望に忠実なんだ。彼女、回復魔法の腕はそれほどでもないけれど…… ピロクを喜ばせることに関しては、私よりずっと『優秀』だったみたいだね」
「……最悪だな。」
ジャックの口から出たのは、それだけだった。
魔王が復活し、世界が危機に瀕しているこの時に。
勇者がやっていることと言えば、まともな神官を追い出し、自分の欲を満たすだけの"愛人"を仲間に入れることかと。
あためてジャックがため息をついた瞬間不意に何かがレザーの肩に止まった気がしたので、ジャックはレザーの肩に視線を向ける。
ジャックはレザーの肩に止まったものを見て、思わず後ろに飛び跳ねてしまい、レザーがその様子に目を丸くする。
「う、嘘だろ、蛾か?」
「ふふっ、そうだよ。……触ってみるかい?」
「遠慮する、やだ、マジで無理、俺に近寄らせないで」
「中々の食い気味だね。」
レザーは蛾を指先で撫でていて、ジャックは背筋が凍る。
昔、ジャックは知らない蛾を触ったせいで肌が痒くなり、痛い目にあったので蛾は苦手なのだ。
あとでジャックは知ったが、その蛾は毒蛾であり、毒針によって、皮膚炎を引き起こしていたらしいかった。
「生き物……特に蛾は好きだよ。彼らは嘘をつかないからね。」
「皮膚炎は引き起こしたけどな。」
「えっと、皮膚炎?」
「こっちの話だ気にするな、兎に角その虫を俺に近づけさせないでくれ」
「なんだか目が怖いよ。ジャック。」
呆れたようにジト目でジャックをみるレザーだったが、蛾はレザーから離れて飛び立っていく。
「それで、どうする?」
「今日は無理だ、明日またギルドに出直しだな。」
「そうだねえ」
「だが、これでお前の評価も晴れるんじゃないか?ピロクのやつが無理な言いがかりをしたのを他の冒険者たちも見ていたし。」
「……あのね、ジャック。民衆がそれを見てないから評価は晴れないし、信じない人もいるからね。ちゃんと実力で分からせないと。」
「そうだな。」
そう言いながら、ジャックとレザーは宿へと帰路についた。
はい。三話終わりました〜
ピロクとは、イギリス英語のスラングで「愚か者」「馬鹿者」「間抜け」を意味します。呆れ気味の悪口みたいな感じで、「このバカ」「間抜けだなあ」と、呆れて揶揄う時によく使われるやつです。
勇者ピロクは今まで自分が脅かす側だったという傲慢さもあったと思います。
だからこそ、よりによって自分よりヤバいやつに喧嘩を売ってしまったのです。馬鹿ですね。
さて、レザーはこの先どういう行動をするのか、皆さんの目で確かめてください。




