第一話「ソロ冒険者から見た、レザーという聖人」
「――というわけ。どうしようかな、これから。」
「……いや、いやいやいや、駄目だろそりゃ。ピロクってやつ勇者にしちゃ駄目な人間じゃねえか。」
「声が大きいよ、ジャック。」
「いや、事実だろ!」
レザーにそう言ったのは"ジャック"。
金さえもらえれば何でもするようなソロ冒険者であり、ジャックの隣に座っているのはレザー。
勇者パーティーの回復役をしていた神官である。
ジャックの幼馴染の"ネフェケル"が営んでいる酒場にて突然「そういえば、勇者パーティーから追放されたんだよね」と、まるで「あ、髪切ったよ」みたいな軽いテンションで言ったので、ジャックは口に入れた酒をぶちまけて叫んでしまった。
「レザー、お前何他人事みたいに言ってんだ。お前勇者パーティーから追放されるって――――」
「まあ、何も知らない人たちからすれば……問題行動を起こした神官、ヤバい奴みたいな目で見られるよねえ」
「……」
この世界は魔王という存在により、世界は幾度もなく破壊され続けた。
そんな中、神は勇者という存在と、後継システムを生み出した。
後継システム。
勇者の力を相応しい人間に後継する事である。このシステムを使い、何度も蘇る魔王に人類は何度も対抗した。
そして、今代勇者を後継されたのが…… ピロク。
「後継した相手はよりにもよって……先代勇者たちが草葉の陰で泣いてるぞ。」
魔王が復活するっていう数年後の瀬戸際に、馬鹿が「勇者」の座を継いでしまうなんて、この世の終わりだと、せっかく神様が作ってくれたシステムも、受け継ぐ奴が馬鹿では意味がないとジャックはため息をつく。
(…… ピロクって、かなり猫被ってんな。)
前にジャックはチラリとピロクを見た事がある。周りに「勇者様!」と言われ、崇め奉られてるピロクは見るからに真面目で好青年だったが、まさか裏の顔が屑だったなんて誰も思わないだろう。
「ムカつくな、やっぱり……」
「誰に?」
「そりゃあ、皆様に崇め奉られてる勇者ピロク様にだよ。」
レザーを理不尽な理由で追放したピロクに苛ついたジャックはカウンターを叩いた。
酒場の店主であり、幼馴染のネフェケルが、奥から「騒がしい」と呆れたような視線を送ってくるが、今はそれどころじゃないとジャックはムッと睨みつけると、ネフェケルはプイとそっぽ向いた。
そんな2人の様子にレザーは困ったように微笑んでいる。
「君がそんなに怒ってくれるなんてね。意外だった。」
「あ?俺が怒らないと思っていたのかよ。」
「うん」
「はっ倒すぞ。」
「ふふっ、あははっ、」
「わ ら う な !!」
神官らしからぬ腹を抱えて笑うレザーを睨みつけながら、ジャックはふんと鼻を鳴らす。
思えば、出会った当初のこんな感じだったとジャックは思っていった。
今から一年前のことだ。
依頼が終わり、ネフェケルの酒場に呑みに来た際にカウンターの隅で一人、どこか虚空を見つめる男の姿があったのをジャックは見つけた。
(……あの服の紋章……神官か?何でこんな酒場にいるんだ?)
神官の男がたった一人、酒場にいる事を不思議がったジャックはつい、男に声をかけた。
『よ、神官サマがこんなところに来て何の酒も頼まずか?』
『……貴方は?』
『ああ、俺はジャック、ただの冒険者だ。
なあ、あんた、神官サマだろ? なんでそんな死んだ魚みたいな目でカウンターを眺めてんだ?ネフェケル様が怖くて注文できないのか?』
ネフェケルが奥から「誰が怖いだこのボケ」と言っているような視線をジャックに送ってくる。
男はゆっくりとこちらに視線を向けた。
(……コイツ、めちゃくちゃ顔良いな。)
同性のジャックでさえ顔がいいと思うほど、男は整った顔立ちをしていた。だが、その瞳には光が宿っていない。まるで深い深い、底の見えない深淵を覗き込んでいるような、そんな奇妙な錯覚にジャックは陥っていった。
無表情だった男はすぐにこりと笑う。
『私はレザーといいます。あんなに美しいレディを怖がるなんてあり得ませんよ。』
『なるほど、レザーね。……レザー、お世辞はやめとけ。アイツは何の酒も出してくれないぞ。』
『いえ、事実を言ってまでですが……それで、ジャックさん。……私に何か用ですか?』
レザーは不思議そうに首を傾げる。
『いや、用ってほどじゃねえよ。ただ、酒場まで来て何の酒も注文してないから興味出たんだ。』
『……いや、酒場に来るのは本当に久しぶりで……何を頼めば良いかわからなくて――――』
『なるほどなあ……おい、ネフェケル!』
『何よクソバカ脳筋』
『言い方あるだろ、言い方!』
ジャックは酒を運んでいたネフェケルを呼び止める。呼び止められたネフェケルは不機嫌だったが、気にせずジャックは告げる。
『この神官様に何か一、二杯出してやってくれ。――ああ、仕事中の神官様に酒はマズいか。だったらアルコール抜きの一番いいやつを。俺の奢りだ』
ネフェケルは目を見開き、「嘘でしょ……」と呟く。
『明日……まさか、世界が、終わる?』
『ネフェケル!お前縁起でもねえ事言うんじゃねえ!』
『だって、アンタが酒を人様に奢るだなんて前代未聞だわ!』
『言い過ぎだろ!お前がいないとこでは後輩に奢ってる!』
『はっ、どうだか!』
『……奢るのですか?私に?』
レザーが初めて、ほんの少しだけ眉を動かした。
『初対面の、どこの誰とも分からない私に?』
『あ?別に良いだろ?』
俺がぶっきらぼうに言うと、レザーは数秒間、沈黙した。
その間、彼は俺の顔をまるで未知の生物でも見るかのようにじっと観察していた。俺を何だと思ってるんだ。
やがて、ネフェケルが持ってきた、色鮮やかな果実水のカクテルを手に取る。
『……酒場にいることを注意しないのですね。
神官が酒場にいるなど、普通は不謹慎だと疎まれるのですが。』
『は?知るか。飲みたい奴が来るのが酒場だろが。』
ジャックが鼻で笑うと、レザーは一口、そのアルコール抜きのお酒を喉に流し込んだ。
『……美味しいですね。こんなに美味しいものを奢ってもらったのは、生まれて初めてです。
それに、貴方みたいな人、これまでの人生で二度目です。』
『おっ、そいつも良いやつだっただろ!』
『その方は盗賊でした。』
『俺盗んでねえわ!ちゃんと働いてるのにっ、全く失礼なヤツだな!』
『ふふっ、あははっ、』
そう言って、彼は本当に嬉しそうに笑った。
あの日の出会いをジャックは今でも鮮明に思い出す。
「――それで、レザー。お前、これからどうするんだよ」
ジャックはグラスに残った酒を飲み干し、努めてぶっきらぼうに尋ねた。レザーは暫くジャックを見つめると、静かにカウンターにグラスを置いた。
「勇者パーティーを追い出されたヒーラーなんて、そうそう再就職もできねえだろ。教会に戻るのか?」
「いやあ、あそこは窮屈だからね。しばらくは野宿でもしながら、あてもなく旅をしようかなと思っているよ」
さらりと言ってのけるレザーの横顔を見て、ジャックは何故か胸の奥がざわついた。
「はあ?バカ言え。お前みたいなひょろい神官サマが一人で野宿なんて、魔物の餌になりに行くようなもんだぞ」
「大丈夫だよ。パーティーにいた時も野宿は良くあったからね。」
「それは複数人いた話だろ?」
ジャックは、飲み干したグラスをカウンターにコトリと置いた。ジャック自身でも驚くほど、言葉は滑らかに出てきた。
「……だったら、俺と組まないか?」
「え……?」
「ソロでやってると、回復役がいなくて困ることが多くてな。お前さえ良ければ、俺の依頼を手伝ってくれ。報酬は山分けだ。どうだ?悪い話じゃないだろ?」
レザーは目を見開いていた。よほど驚くことだったのか、直ぐにくすりと笑う。
「いいのかい?
……私は、君の足を引っ張るかもしれないよ?」
「はっ、その時はその時だろうが。お前は俺の後ろで、しっかり俺を治してりゃいいんだよ」
ジャックがそう言って笑うと、レザーはゆっくりと、そして穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「……ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな、ジャック」
こうして、ジャックとレザーは手を組んだ。
「ジャック。また明日ギルドで会おう。」
「レザー。気をつけろよ。」
「ははっ、分かっているよ。じゃあ、また明日ね。」
「おう。」
店の外を出ると、酒をたらふく飲んでいたこともあり、酒で赤くなった頬が夜風が当たってジャックは気持ちが良かった。ジャックは、レザーに宿に一緒に泊まるかと誘ったが、今日はやるべきことがあるから無理だと断られてしまった。
(まあ、用事があるんだったら仕方ないか。)
ジャックは夜風にあたりながら、予約していた宿に向かった。
しかし、ジャックはこの時、まだ何も知らなかった。
人気のない、湿った路地裏。
レザーは立ち止まり、背後の暗闇にそっと声をかけた。
「……ああ、ようやく帰ってきたのかい?」
彼の肩に、一匹の蝶らしきものが止まる。
レザーはさっきまでの穏やかな微笑みを、まるで仮面を外すように、表情の消えた冷徹な顔へと塗り替えた。
ジャックは知らなかった。
「――――じゃあ、始めようか」
レザーが、殺人鬼である事を。
ジャックはこの物語におけるもう一人の主人公であり、レザーとは知り合い以上友人未満な関係です。物語の終わりでは友人になれるのでしょうか?
それはまだわかりません。ですが、見届けてくれると幸いです。




