見張り台の子守歌
王国の前線に近い宿場で、乳飲み子を抱いた母親が眠れずにいた。夫は橋の守備隊におり、夜ごと軍の鐘が鳴るたびに子を起こしてしまう。セイルは宿場の主人から相談を受け、鐘の音を止めるよう頼まれた。しかし鐘は火災と敵襲を知らせるため、簡単には止められない。
母親は「音さえなければ眠れる」と言う。セイルは部屋の窓を確かめた。壁の隙間から冷気が入り、外の音も響いている。古い毛布を隙間に挟むと、鐘は遠くなった。だが外の合図を聞き逃せば危険だ。宿場の主人へ、廊下に必ず夜番を置くよう頼んだ。
その晩、鐘は一度だけ鳴った。火事ではなく、前線から来た伝令の到着を知らせる短い音だった。母親は起き上がらず、子の背を軽く叩いた。歌を口ずさむ声が隣室へ漏れた。セイルは廊下で聞いていたが、何の歌か知らなかった。
島では人の歌を聞かなかった。鳥の声や岩に当たる波が夜を区切っていた。いま聞こえる低い声には、誰かを眠らせようとする意思がある。彼は夜番へ毛布の貸出記録を残し、宿場を後にした。
宿場の主人は夜番へ余分に払う金がないと言った。セイルは軍が借りている宿の部屋数を確かめ、夜番の費用を軍の滞在費に含められないか相談した。無料の善意へ頼れば、数日後に誰かが倒れる。支払いの決裁が出るまで、交代で休めるよう廊下の椅子を増やした。 廊下の床板は軋み、夜番は歩く場所を覚え直した。子供の眠りを守るため、見回りにも静かな手順ができた。
翌朝、母親は眠れたと礼を言った。ただし夫からの便りは届いていない。セイルは軍の連絡係に名を伝えた。眠れる場所を作れても、待つ時間を短くすることはできなかった。




