消えない市壁
帝都の古い市壁を壊し、軍用倉庫を建てる案が出された。レオンハルトが図面を見ると、市壁の基礎は地下の排水路と繋がっている。担当官は問題ないと断言したが、過去の工事記録は大洪水で失われていた。皇帝は破壊の許可を保留し、地元の石工を集めさせた。
石工の一人は、子供のころ市壁の下で川魚を捕ったという。排水路は地面を三度曲がり、古い住宅街の井戸と繋がっていた。図面にはない経路だった。倉庫を急いで建てれば、次の雨で住宅街が浸水する可能性がある。
クラウスは代替地を求めた。皇帝は廃止予定の騎兵演習場を指定した。運搬距離は増え、倉庫の完成も遅れる。しかし洪水が起きれば、物資も兵も街から失われる。単に建物を守るためではなく、見えない流れを残す選択だった。
石工たちは壁の古い紋章を調べ、先帝のさらに前の時代の修復跡を見つけた。幾度も直された石組みは見栄えが悪い。だが継ぎ足した部分があるから、今も市壁は立っていた。
古い石工は市壁に刻まれた年代の一つを、先帝の歴史書と照らした。数字が食い違っていた。レオンハルトは修繕の年と完成の年が違うのではと尋ね、石工は頷いた。二つの記録はどちらも正しかった。違いを誤記として消さず、何を記録した数字なのか添えさせた。宮廷の書記はそこで初めて、壁の歴史を読み直した。 石の年代には、暮らしの年代が重なっていた。
夜、皇帝は窓から町の灯りを眺めた。城壁の内側で生まれ育った人間は、それを空気のように扱う。国境の先でも、王国の民は同じように自分たちの古い物を見ているのだろう。壊せるものと、壊した後に戻せるものは違う。




