砦から来た靴
国境軍の先遣隊が帝都に戻ると、皇帝レオンハルトは戦果の旗より先に兵の靴を集めさせた。泥の付き方を見るためである。浅瀬を渡った兵の踵は片側だけ削れ、革底には細かい砂が入り込んでいた。地図上では緩やかな傾斜なのに、現地では斜めの流れが足を押していた。
工兵長は、橋板を厚くすればよいと報告した。皇帝は靴の底を指でなぞり、「木を増やすだけでは馬が踏み外す」と言った。水の流れを弱めるため、上流に砂袋を置く案が出されたが、魚の遡上を止めれば流域の漁村が困る。
そこで工兵は、季節ごとに外せる杭列を試すことになった。完成は遅れる。それでも橋を焼く案に戻る者はいなかった。皇帝は理由を毎回繰り返さず、必要な資材の確保だけを命じた。
リディアは王国の政務について新たな報告を持ってきた。国王は軍の招集を進める一方、河畔の農民に麦の持ち出しを許したという。「戦場を空にして迎えるつもりでしょう」
「それでよい。王国の民が逃げれば、我が軍は彼らを食わせずに済む。問題は残った家畜と井戸だ」
クラウスは占領地の食糧徴発を進言した。皇帝は軍票による買い上げを原則とし、違反を記録する監察官を随伴させる命令を出した。戦場で命令通りに動かぬ者が出ることも承知している。そのための帳簿だった。
靴底の革を受け取った兵の一人が、新品よりも古い靴を直したいと言った。足に馴染んでいるからだ。皇帝は新品の支給だけを成果に数えていた軍需官へ、修理数も報告させた。使い慣れた物の価値は数量表に載りにくい。
夕方、靴は持ち主に返された。兵たちは皇帝が何を見たのか知らない。ただ翌日には、片減りした靴底を直す革が届いた。前線への道は、少しずつ変わっていた。




