泣かなかった使者
丘の本営に、帝国から小さな封書が届いた。川の近くで見つかった王国民の遺体を引き渡したいという。セイルはダリオとともに受け取り場所を確認した。書面に名はなく、身元不明と記されている。衣服の端に青い刺繍があるとだけ分かった。
使者として来た若者は、遺体の話を事務的に述べた。声が平らなので、兵の一人が冷血だと囁いた。セイルは使者の指が細かく震えているのを見た。仕事を終えるまで気持ちを抑えているのだろう。相手を慰める言葉は選ばず、受領するまでの手順を確認した。
遺体は川下の小道で受け取った。青い刺繍は、避難した染物師の家で使う模様に似ていた。連絡を受けた女性が来て、縫い目を確かめ、ゆっくりと首を振った。「うちの子のではない。でもこの刺繍を教えたのは私です」彼女は村の別の家の名を挙げた。
身元が分かるまでに一日が過ぎた。亡くなったのは橋番の老人だった。逃げ遅れた理由は不明で、誰が最後に会ったかも分からない。セイルは確認できなかったことを記録に残した。
橋番の妻は亡夫の持っていた小さな金具を見て、堰の鍵だと分かった。セイルは鍵を受け取り、村の水路を閉める役がいなくなったことを知る。葬儀の準備と並んで、堰の管理を引き継ぐ人も探さねばならなかった。死者の不在は日々の仕事へ残る。 妻は鍵をしまう前に、夫がいつも吊していた釘の位置を教えた。明日からは別の人が、その釘を使うことになる。
引き渡しを終えた帝国の使者は、橋を戻る途中で一度だけ足を止めた。泣きはしなかった。セイルも声を掛けなかった。互いの仕事が終わっても、引き受けたものがなくなるわけではなかった。




