丘に積もる噂
王国軍の兵舎で、セイルが帝国皇帝の隠し子だという噂が広まった。驚くほど根拠は薄い。敵が慎重なのはセイルの助言を聞いているからだ、互いを殺さないのは血縁だからだと、話す者ごとに内容が変わる。ダリオは厳しく取り締まろうとした。
「噂そのものを罰すれば、今度は本当の報告も止まります」とセイルは言った。彼は兵舎の食卓へ座り、自分が十歳のとき王国の貴族家から島へ送られたことを淡々と話した。ただし両親の名は挙げない。家族の過去を兵の暇つぶしに変えたくなかった。
兵の一人が「なら、なぜ王国のために働く」と聞いた。セイルは答える前に、運ばれてきた粥を見た。「この鍋を煮ている人が、王国に住んでいるからです」大義でも忠誠でもない返事だった。聞いていた兵たちは黙った。
噂はすぐには消えなかった。むしろ、彼が何を言わなかったかに興味を持つ者もいた。セイルは兵舎の壁に貼られた古い名簿を見つけ、戦死者と転属者の区別を直してから帰った。噂の男の仕事は、意外なほど地味だった。
噂を流した兵の一人は、セイルが顔を見せると杯を隠した。責められると思ったのだろう。セイルは杯ではなく、兵の濡れた靴を見た。翌朝の巡回に備えて乾かすよう伝えると、相手は拍子抜けした顔になった。悪意を問いただすより先に済ませる仕事があった。
夜、ダリオから「自分の名誉を守る気はないのか」と問われた。セイルは答えた。「誤った情報で兵が動くなら困ります。でも私がどう思われるかだけなら、急ぎません」将軍はしばらく顔をしかめ、それから軍報だけは真実を記すよう命じた。




