勝利を早める商人
帝都の大商人が、皇帝レオンハルトへ戦費の貸付を申し出た。代償は王国との国境が動いた後の港湾運営権である。将来の占領地を担保にすれば、いまの軍費を容易に調達できる。商人は笑みを浮かべ、帝国軍の勝利を確信していると述べた。
レオンハルトは契約書を三ページまで読み、そこで閉じた。「王国の港はまだ王国のものだ。所有していない土地を抵当に入れられぬ」商人は先行投資だと言い換えた。しかし皇帝には、契約が結ばれた瞬間から早い進軍を要求される危険が見えていた。
リディアは国債の発行を提案した。財政を民に頼ることへの反発は避けられないが、担保を未来の領土にするより責任の所在が明らかになる。皇帝は戦費の用途を公開し、償還の原資を税収とする限定的な発行だけを認めた。
商人は去り際に「陛下の慎重さは敵を喜ばせます」と言った。レオンハルトは追い払わなかった。自分の用心が戦機を失わせることは、実際にある。だが商人が失うのは投資機会で、前線の兵が失うのは命だ。二つの損失を同じ机で足し算することはできない。
大商人が差し出した契約書は、紙も封蝋も上等だった。レオンハルトはその厚さではなく、違約時に誰が負担するかを確かめていた。条項の末尾には民間の損失を王国の住民へ転嫁できる文言がある。皇帝はその一行に赤い印を付けた。 金額が大きいほど、押印の前に読むべき行が増える。
夜、港湾地図が棚に戻された。まだ得ていない土地には、王国の商人が店を開き、王国の子供が船を数えている。皇帝はそれを敵の豊かさとして見ながら、奪った後の収支表を先に作る誘惑を退けた。




