弓ではない距離
王国の北丘へ、新しい魔法部隊が派遣されてきた。隊長は炎術の使い手で、長距離へ火球を送れると胸を張る。しかし試射を見たセイルは、射程の数字より風向きと着弾後の延焼を気にした。丘の麓には避難民の薪置き場があり、乾いた束が何列にも並んでいる。
隊長は「火球は敵へ向けて撃つ」と不快そうに言った。「敵が立つ場所まで風は止まりません」とセイルが答えた。試射の火は標的の布を焼いたあと、湿っているはずの草へ燃え移った。射手たちは消火の手順を覚えていたが、荷車一台が通路を塞ぎ、水桶の到着が遅れた。
別の魔術師が氷術で火を覆った。炎は消えたが、溶けた水が坂の土を崩し、観測台の脚を傾けた。属性が違えば安全とは限らない。隊長は腕を組み、魔力をどこまで抑えればよいのか尋ねた。
セイルは魔法の術式を使えない。十歳で得たのは《適正》という二文字だけで、火球を生み出す力はない。それでも術者の肩が動く瞬間から飛ぶ角度を予測し、遮る物を先に置くことはできた。隊長と相談して、無人の石切り場に別の射場を設けた。
炎術隊長は射場の近くに、焼け焦げた布を保存させた。火球が着弾した後も風で火種が動く様子を訓練で見せるためだった。セイルは布の大きさを見て、焼けずに済んだ薪束を思い浮かべた。術の威力より、何へ届いてしまうかを知る授業が始まった。
演習の終わりに隊長が口を開いた。「あなたが魔術師なら、もっとよい火を撃てるのでは」セイルは首を振った。「そもそも撃てません」彼の答えは拍子抜けするほど短かった。隊長は笑わず、翌日から兵に風を測らせることにした。




