命令書の破れ目
帝国軍の前線指揮官から、皇帝の命令に反したとする報告書が届いた。高台の東に小部隊を出すなという命令を無視し、三十名を進ませたという。兵は無事帰還したが、命令書が雨で破れており、指揮官は東への進出禁止の一行を読めなかったと弁明していた。
レオンハルトは書面の写しを取り寄せた。雨で破れたのは確かだった。しかし命令には同じ内容が別の項目にもあり、そちらは残っている。文字を読めなかったのではなく、読みたくない箇所を見落とした可能性が高い。
クラウスは厳罰を求めた。「命令違反を許せば、軍の骨が折れます」皇帝は同意しながらも、兵を無事に戻した副官の報告に目を通した。副官は進軍途中で危険に気づき、指揮官を説得して撤退させたという。皇帝は指揮官を更迭し、副官には追加の指揮権を与えず現職に留めた。部隊の者が上官を止められた仕組みを守りたかった。
この裁定に、将校団からは異論が出た。皇帝は「帰ったから正しいのではない。危険を知らせる声が残ったから救われた」と説明した。戦場では偶然の成功が命令違反を美化する。次も同じ結果になる保証はない。
副官が提出した地形の覚え書きには、撤退を説得したときのやり取りが記されていた。皇帝は副官が上官を罵倒したわけではないことも確かめた。規律を守る意見具申と反抗を混同すれば、次から誰も止めなくなる。
夕刻、破れた命令書が公文書庫に収められた。修復して一枚に戻すのではなく、欠けたまま透明な紙に挟んだ。どこが失われ、どこが残っていたかを後の者が確かめられるように。皇帝は戦報の端に、その判断へ署名した。




