破れた依頼書
王都に戻ったセイルが最初に見たのは、掲示板から剥がれた一枚の依頼書だった。国境近くの宿場村が、夜道を安全にするための灯油を求めている。依頼額は安く、戦の支度をする冒険者には見向きもされない。紙の端は何度も貼り直されて薄くなっていた。
ミレーネは王宮からの要請を見せた。「軍の相談役として、あなたを招きたいそうです」
「軍は専門外です」セイルは即答した。魔物の巣なら歩いたことがある。けれど何千人も動く軍には、命令系統があり、責任がある。自分が一歩を間違えれば他人が死ぬ。島で一人きりだった頃とは違う。
「断ってもいい。ただ、話だけ聞いてほしい」とミレーネは言った。彼女は国境に住む親族から届いた短い手紙を差し出した。小麦の畝を刈り終わる前に、村へ避難の触れが出たという。差出人は子供の冬靴をどうするか心配していた。
セイルは書状を返し、依頼書を綺麗に伸ばした。「この灯油の依頼、ギルドでまとめられますか」
「王宮の話は?」
「灯りが消える前に、できることがあります」
荷運びの冒険者と油商人に声を掛けると、半日で小さな隊列が組めた。セイル自身は道を選び、荷車がぬかるみに沈まないよう木の枝を敷かせた。宿場村の住人は、兵ではなく油桶が届いたことに驚いた。
宿場の女将は灯油を受け取り、「明日は裏口の灯りも点けられる」と笑った。泊まり客の馬を世話する厩番は、暗いと桶につまずくことがある。その話を聞き、セイルは余った灯芯の置き場を確かめた。
帰途、王都の門には王命を受けた伝令が待っていた。セイルは泥の付いた靴のまま、今度は書状を開いた。王宮は明朝、話を聞く席を用意している。逃げても国境の村は消えない。そのことだけが、紙の重さとして手に残った。




