橋を焼かぬ命令
皇帝レオンハルトは軍議の席で、王国の拒絶書を読み終えた。文面は礼を失っていない。むしろ双方に協議の道を残そうとしていた。しかし東岸の関所を譲らないという一点だけは、余地がなかった。皇帝は文書を折り畳み、国境軍へ進発命令を出した。
「宣戦布告は正午。使節が王都の門を出てから伝達する」
クラウスは河岸の古橋を破壊すれば王国の兵の移動を抑えられると進言した。橋は狭く、守りにくい。焼くなら簡単だった。皇帝は橋の下流に並ぶ水車小屋を示し、「渡り道をなくせば、製粉も止まる」と答えた。
「敵の麦ではありませんか」
「占領できたとき、飢えた民と壊れた水車しか残らん。渡河は別の手を考えよ」
作戦は変更された。橋を攻めず、その北の浅瀬へ工兵を送る。足場は悪く、車輪の通行に日数を要する。将軍たちは遅れを嫌ったが、皇帝は補給に必要な日数を帳簿の余白へ書き込んだ。戦で取り戻せない物と、時間を使えば戻せる物は違う。
軍旗が掲げられる前、皇帝は負傷兵を運ぶ馬車を検分した。寝台の幅が狭く、二人を並べると肩がぶつかる。軍医の申請で出ていた改修案をその場で承認する。廷臣は戦果の相談を期待していたが、皇帝は車輪の予備を確かめてから宮殿へ戻った。
橋の番人には、通行する家畜を数え続ける仕事があった。軍の検分が始まっても彼は一頭ずつ帳面へ記した。皇帝はその数字も軍の地図へ写させた。羊の群れが毎朝渡る道は、人の暮らしが途切れていない証であり、兵だけの道ではなかった。
正午、布告が帝都の広場に読み上げられた。群衆は勝利を叫び、商人たちは運賃を書き換えた。遠い国境では橋の上を、何も知らない羊の群れがゆっくり渡っていた。




