剣を抜かなかった橋
丘の北を巡回していた王国の二人組が、帝国軍の歩哨と古い水路橋の上で鉢合わせた。剣は抜かれなかったが、双方が同時に後退し、湿った板の上で一人が滑った。負傷者は王国兵だった。セイルが駆けつけたとき、帝国側の歩哨は橋の向こうから、助けを呼ぶよう手で合図していた。
王国の兵は罠を疑い、橋を渡るなと主張した。セイルは負傷者の呼吸を確かめ、橋の支柱と流れを見た。渡るなら一人ずつ、板の腐った中央ではなく手すり際を使うのがましだった。ただし敵の弓が向けば、最適な足運びでも防げない。彼は白布を枝へ結び、自分が先に進むと示した。
帝国の歩哨は剣を鞘に戻し、負傷者から離れた。セイルはその距離を見て、兵を引き取るよう仲間へ合図した。帰り道で負傷兵は「俺が先に足を滑らせた」と繰り返した。敵に助けられたことを認めるのが怖いのかもしれない。
本営でダリオは、接触した帝国兵の数と位置を細かく尋ねた。セイルは見た通りに答えた。敵が慈悲深いかどうかではなく、この橋がまだ偵察路として使われるかを判断するためだ。
橋の上に残った靴の擦れ跡を、双方の斥候が翌朝見つけた。帝国の歩哨が帰ったあとも、王国兵はそこへ矢を向けなかった。だからといって永久の安全ではない。セイルは巡回日誌へ「昨日は発砲なし」とだけ記し、「安全」とは書かなかった。
数日後、水路橋には双方の巡回隊が近づかない時間帯が生まれた。協定は結ばれていない。見張り同士が互いの足音を聞き分け、衝突を避けた結果だった。セイルはその沈黙を信じ切らず、橋の安全な代替路も地図に加えた。




