居残った鐘守
国境の鐘楼に老人が一人残っているとの連絡が届いた。村は避難済みで、軍は鐘楼を敵の目印になるとして閉める方針だった。セイルが訪ねると、鐘守の老人は塔の階段に腰を下ろしていた。「鐘を止めたら、山の向こうの炭焼きが時間を失う」と言う。
炭焼きたちは谷の煙で時刻を知るが、雨の日だけは鐘の数を頼りにしていた。軍の測量図に炭焼き小屋は載っていない。セイルは老人から、どの鐘を何時に鳴らすのか聞いた。朝の二打と夕方の一打。大勢を集める鐘ではなく、山仕事の合図だった。
ダリオは敵の斥候が鐘を合図に使う危険を指摘した。セイルも否定できない。老人を塔から退かせたうえで、山道の途中に小さな木札を立て、炭焼きの家族へ新しい合図を知らせる案を出した。ただし雨で札が読めなければ意味がない。二日間は鐘を鳴らし、その間に山から降りてもらうことになった。
老人は鐘楼の鍵をセイルへ渡すと、空になった村を見下ろした。「親父の代から守ってきた鐘だ」と呟く。「盗られませんよ」と言いかけたセイルは口をつぐんだ。戦の火がここまで来れば、塔も残るとは限らない。
炭焼きの長は、鐘がないと炉を開く時刻を間違えると心配した。老人は砂時計を持っていなかったが、灰の温度と空の明るさを読む方法を伝えた。若い炭焼きは何度も問い返した。鐘を失った後に残るのは、誰かに教わった手つきだった。
最後の夕鐘が谷に響いた夜、炭焼きの男たちが背負い籠を持って現れた。老人は彼らを一人ずつ数え、ようやく塔から離れた。軍の見張りは鐘の鳴らない谷を新たな地形として覚え直すことになった。




