皇帝と麦酒の勘定
レオンハルトが帝都の酒造組合を召したのは、軍への供出量を増やすためではなかった。酒蔵で麦を蒸す熱を、病院の消毒水に回せないかという提案が届いていた。組合長は設備の提供を申し出たが、その見返りに関税の免除を求めた。軍務官は戦時の協力に条件を付ける態度を非難した。
皇帝は酒蔵の帳簿を見た。麦の仕入れ値は二月で上がり、空樽の返却率は下がっている。関税を一律に免除すれば大規模商人だけが得をする。そこで熱を提供した日数に応じて輸送税の一部を減らす案がまとまった。酒造組合長は不満げだったが、無償で設備を奪われるよりよいと署名した。
会議を終えたクラウスが尋ねた。「皇帝陛下が直々に酒樽を数える必要があるのでしょうか」レオンハルトは机に残った空樽の図を示した。「軍医が湯を沸かす薪を奪えば、町の子供が寒がる。だから熱の出る場所を探すのだ」
夜、酒蔵から樽が届いた。中身は酒ではなく、洗浄に使うための湯だった。第一便は帝都の救護院へ回され、第二便から前線へ送られる。戦場に届くころには冷めるため、保温具の設計も新たな仕事となった。
酒蔵の職人は銅管の継ぎ目を自分で直したいと言った。軍の鍛冶屋は早く済ませられるが、器具の癖を知らない。皇帝は設備の持ち主に作業を任せ、軍には必要な材料だけを渡させた。知っている仕事を奪うのは、助けることとは違った。
皇帝は幼いころ、先帝に連れられて同じ蔵を見たことがあった。あのとき父は酒の味より職人の指を褒めていた。職人たちが働ける国を残そうとして戦いを始め、その指を別の仕事へ動員している。矛盾は数字だけでは埋まらない。




