占領地の最初の訴え
高台を得た帝国軍から、民家の戸が破られたという訴えが帝都へ届いた。皇帝レオンハルトが軍の規律違反を疑ったのは当然だったが、報告には奇妙な一行があった。住人の老人が戸を破った兵を庇い、罰しないでくれと願っている。事情を調べると、兵は屋内で倒れた人を助けるために錠を壊していた。
「ならば善行として処理してよいのでは」と書記が言った。皇帝は首を振った。「救助は正しい。だが戸が壊れた事実も消えぬ」兵の処罰は見送り、修繕費を軍の支出に記載させた。占領地では、善意という説明があれば何をしてもよいという前例こそ危険だった。
別の書類には、王国側に残した家具を取りに戻りたい住人の申請が綴られていた。戦線は動いていないが、渡河路は軍用に制限されている。レオンハルトは申請者を通す代わりに、双方の許可を得た荷役人が持ち物を受け取る案を出した。勝手に王国兵へ近づけば撃たれる。許可を待てば、冬衣を手にする日が遅れる。
「すべてを許せば軍は止まります」とクラウスが言った。「止めるべき場面もある」と皇帝は答えた。工兵は橋を固める。衛生兵は患者を診る。占領地を預かる役人は、割れた戸の代金を払う。仕事の種類を混ぜてはならない。
修理に来た大工は帝国軍の制服を見て、最初は仕事を断った。占領前に息子を軍へ取られているという。役人が強制しようとしたので、皇帝は別の大工を雇うよう指示した。断る自由まで奪えば、明日の商売は誰も引き受けなくなる。
訴えを書いた老人には、修理の日取りと費用負担を記した書面が渡された。皇帝の印が遠い民家の蝶番まで届く。そのことをレオンハルトは勝利の報告書より重く見た。




