まだ残る冬
帝国皇帝レオンハルトは、捕虜交換が終わった報告を聞いて、すぐ次の攻勢へ進まなかった。前線の橋板には修理が必要で、兵糧の備蓄も減っている。高台を得たことは確かな成果だが、王国は次の丘に守備を整えていた。
クラウスは攻撃の勢いを失うと憂えた。皇帝は地図から目を離さず、「勢いで越えられる川なら、工兵を三日も働かせてはいない」と答えた。王国軍が退いた道には、避難民の暮らしが残っている。先へ進めば進むほど、その保護にも兵が必要になる。
リディアが冬の支出をまとめた。軍費だけでなく、家を離れた民への救援金、橋材の購入、医療品の輸送。戦前の予算とは別の項目が増えている。皇帝は帳簿を閉じず、それぞれに責任者の名を記させた。誰の仕事か曖昧な支出から先に滞る。
夕刻、帝都から来た使いが、先帝の誕生日に予定されていた小さな追悼会について尋ねた。皇帝は予定通り行うよう告げた。ただし豪華な宴は開かず、救貧院の子供に温かな食事を配ることにする。父ならその方を喜んだだろう。
夜、皇帝は王国の相談役セイルに関する記録を読み返した。判断は的確だが、失敗もしている。だからこそ、相手が人間であることを忘れずに済む。自分も誤ることがある。
王国の丘でも、兵の寝床を整える槌の音が鳴っているはずだ。皇帝はその音を聞けない。それでも地図の向こうに仕事をしている人間がいることは分かる。敵の準備を止めたいという願いと、その者たちが無事に夜を越えるべきだという思いが、胸の内で並んでいた。
窓の向こうでは、帝都の屋根に霜が広がっていた。戦争を始めてから、まだひと冬も越えていない。国境の変化は小さい。けれど二つの国の人々は、すでに冬の過ごし方を変え始めていた。




