勝利の掲示
帝都の広場に、前線の戦果を知らせる掲示が出された。敵騎兵を退け、渡河設備を完成させたという内容である。皇帝レオンハルトは文案を読んでから、戦果の数字を修正させた。退けたとある騎兵は、追撃せず戻っただけだった。勝ったと記せば民は喜ぶが、軍の実態は変わらない。
広報官は「士気が下がります」と言った。皇帝は完成した橋の事実だけを明確に記すよう命じた。褒めるべき働きはある。工兵が雨の中で杭を打ち、馬丁が予備の馬を守った。それだけでも十分に知らせる価値があった。
リディアから、市場に傷病兵の噂が広がり、徴兵対象の家族が不安を募らせていると報告があった。皇帝は病院の連絡窓口を増やした。家族が消息を尋ねられるようにするためだ。軍の機密を守りながら、無事かどうかだけは知らせられる。
午後、皇帝は前線の攻撃計画を再確認した。渡河の先頭に立つ兵に、撤退の合図と道を伝えさせる。クラウスは攻撃前に退却を考えれば勇気が鈍ると言ったが、皇帝は逆だと考えた。帰る道を知る兵の方が、必要な場所へ進める。
広場の掲示は夕方に貼り出された。人々は橋の完成を喜び、商人たちは遠征の長さを気にした。皇帝は窓からその動きを眺めた。紙に書いた勝利と、兵が帰ってくることは同じではない。
掲示を読んだ老人が、娘の夫は工兵だと皇帝へ伝える手紙を送った。無事なら知らせてほしい、とある。皇帝は個人の名を軍へ照会した。国を挙げた宣戦の言葉も、家族の一人が帰れるかどうかという問いには代われなかった。
夜、戦況図の橋に細い赤線が引かれた。そこはまだ王国領だった。橋を渡れば戦争が進む。だがその先でどんな暮らしを残せるかは、これからの選択にかかっていた。




